第7話 逃走の結末

 足腰に力が戻ってくるとアジサイ娘はすぐに酒場に駆け込んだ。


 息切れして喋れなくなった彼女に酒場のマスターは水を差し出す。まだ昼過ぎなので、客は早めに切り上げてきたハンターたちが数人いる程度だった。


 それでもアジサイ娘は、守護天使の呪いや、フリージアがストーカだったこと、そしてとんでもない変態だったことをぶちまけた。そして、その変態に買取屋の行方を教えてしまったと泣きわめいた。


「何だってそれは本当ですか!?」


「マジかよおっさん大丈夫か?」


 そこにいたのは、偶然にも亀の甲羅を売った長髪の男と火炎球をもらったトレイン男だった。ふたりとも買取屋と深い関わりがある人物だった。


 いや、最近大きな利益を出したふたりが仕事を早く切り上げるのは必然だったのかもしれない。


「まてよ!? 召喚した場所を感知だって!? 俺のせいじゃないか!」


 おっさんが守護天使をわざと呼び出してドラゴンを退治させたことで、居場所がバレてしまったことに気がつくと男は頭を抱えてうなだれた。


 実際は、連続殺人犯が最初なのだが、そんなことは彼は知る由もない。


「よし助けに行くぞ! おっさんを見つけてかくまってやろう!」


 買取屋と浅からぬ関係の3人は共におっさんの後を追うことにした。


 まずは、移動に欠かせない馬車を手配したはずだと、そこから調べることにした。


 3人は馬車の乗り場にいくと、そこの管理人に話を聞いた。買取屋の見た目が説明しにくいというか説明しても別の人物な可能性があるので、とても苦戦した。


 しかし、背負カバンに肩掛けカバンを二つ、それとトランクを持っていると、持ち物の特徴を言うことでやっと買取屋の足取りが掴めた。


「よし! おっさんは大陸の反対側の街まで逃げたみたいだ!」


 3人は長旅になる覚悟を決めて頷きあっていた。すると、大きな斧を担いだ頭の毛が寂しい男が走り寄ってきた。


「そこの3人! ちょっと待ってくれ!」


 3人はその男に見覚えがあった。買取屋によく生皮を買い取ってもらってると話していた男だ。


 きっと酒場で話を聞いて駆けつけてくれたんだな……買取屋も意外と人望があるなと感心した。


 そして長旅が4人になると勝手に思った。


 しかし、斧男が話した内容は肩から力が抜けるものだった。


「おい! 今さっき買取屋とダンジョンで取引したってやつが帰ってきたぞ!」


「「「なんだって!?」」」


 すっかり大陸の反対側までいく気だった3人は、どこにぶつけたら良いかわからないモヤモヤを抱えたまま酒場へと舞い戻った。


 酒場に戻ると、一人の女が椅子の上に立ち上がり大声で話をしていた。


「その部屋で見つけたのはなんと! ガチガチに岩がくっついたドロゴンの卵だ! くっそ重かったけど運良く隣の部屋に買取屋のおっさんがいたんだ!」


 その話を聞いて3人はハハハと乾いた笑いが出た。そして、ひとりだけ座っている端っこのテーブルに相席する。


「でもな! ここからが凄い! あのおっさん卵に付いてるクソ重たい岩をなにかの液体でペリペリと剥がしあっという間に簡単に持ち運べる重さにしちまったんだ!」


 話の続きを聞くと、その手際から買取屋本人だと確信する。


「間違いないですね。買取屋は、偽の情報を流して追手の方を遠ざけたのか」


 長髪の男は腰につけた魔法具の短剣をひとなですると、フーっと一息ついた。


「そうみたいですね……」


 アジサイ娘は、逃走のダシに使われたことが、少しだけ気に食わなかった。


「はぁ~危なく俺たちも大陸の逆側までいくところだったぜ」


 トレイン男は、化け物を呼び寄せた一端の責任から開放されて、ぐでーっと力が抜けテーブルにもたれ掛かった。


 3人は、相席している中年男を気にも掛けず、酒を注文する。そして、今回の騒動についてグチグチと話し始めた。


「それにしても、買取屋はあなたが喋ってしまう事を想定済みで仕掛けたのですかね?」


 長髪の男はグラスを持った手の人差し指だけを伸ばし、アジサイ娘を指差す。


「プッハァ! あのおっさんならやりかねないな。準備は万端で、下処理は完璧だもんな」


 トレイン男は出された酒を一気に喉に流し込むと、完全に仕組まれたものだと推理を披露する。


「はぁ……私は生きた心地がしませんでしたよ。ふたりは化け物と化け物の本体を見ていないから笑えますけど」


 そんなふたりに呆れながら、自分だけ怖い目にあったと、愚痴をこぼしテーブルに頬を付けてもたれかかる。そして、コップをテーブルに置いたまま顔を近づけ手を使わずに酒をすすった。


 その姿を見て怪物との遭遇時のアジサイ娘が指でされた痴態を思い出し、美女と美女が作り出すその光景を想像してしまった。


 男二人は、そろそろ帰ると言って宿屋がある地域とは逆方向の夜の街へと消えて行った。


「ひどい、置いて帰りやがった。あのふたり!」


 愚痴りたりなかったアジサイ娘は、酒の勢いもあって相席した中年男性に絡みだした。


「ねぇ! あんたも話を聞いていたでしょう? ひどいと思わない!?」


 今まで黙っていた中年男は、渋々酔っぱらいの相手を始めた。

 

「ああ、災難だったな。これは俺の奢りだ一杯やりな」


 そう言って透明な強い酒と柑橘を渡す。


「ありがとう、あなただけよ。私の話をしっかり聞いてくれるのは」


 そう言うとアジサイ女は、強い酒をぐっと飲み干し柑橘にかぶりつく。


 くっは~! と声を上げテーブルに突っ伏すとそのまま寝息を立て始めた。


 すると、中年男性はひとりごちる。


「ふう、やっと静かになった。さて家も引き払っちまったしこれからどうするかな」


 そう言って席の後ろにおいてある荷物を見つめる。大きな背負いカバンと肩掛けカバンふたつ、それにトランクケースが一つ。


「はぁ、とりあえず宿を取るか? それとも本当にダンジョンに住んじまうかな? ハハハ」


 一騒動あったが酒場の風景は、いつもと変わらない。


 話題の中心は買取屋のおっさん。それに、その場にいるのに全く気が付かれない話題の主。


 これからもこの日常は、しばらく続きそうだ。



 一方、大陸の逆側の街では名物が生まれていた。


「フフフまさか魔法で先回りしているとは思わないでしょうね。さぁ私の胸に飛び込んできてください。そして精を与えてくださいね、フフフ」


 魔法で空を飛び先回りしたフリージアが買取屋のおっさんを待ち構えていた。昼夜問わず開門している時間は街の門の側でじっと待ってる。


 はたから見れば、健気に最愛の人を待つ美女だ。その姿は心を打つもので、皆が彼女を応援している。


 この名物が消えない限り買取屋の日常は続いていくのだろう。


 そう……。誰かが肌をふれあいながらを並べなければ……。

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ダンジョンにいる買取屋のおっさんの謎 タハノア @tahanoa

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