第6話 守護天使

 買取屋は、恐怖心を抑え込み無理やり睡眠をとった。これからの逃走劇には体力が必要だ。完全に特定されていない今こそ休める最後のチャンスであった。


 目覚めた買取屋は、家中のものをいつものカバンにつめこむと、家を飛び出した。


 不動産を管理する役所に行き賃貸契約を解除すると、急いで街を離れる準備をする。馬車の手配と食料の買い込みだ。


 買取屋が保存食を買っていると女が声をかけてきた。


 覚悟を決めて振り向くとそれはフリージアではなかった。声をかけてきたのは、アジサイ娘と名付けた金髪の美人だった。


「朝なのにもう仕事終わりですか?」


 買取屋はなんで自分が買取屋だと分かったのか疑問に思ったが、そういえばこの娘とは一緒に行動し、カバンをパンパンにして歩く姿を見られていたと思い出した。


「いや。おっ俺は、この街を離れる……」


 アジサイ娘は考え込む。フリージアの熱烈な噂を耳にしていたので、何故逃げる必要があるのか、探しに来てくれた恋人と共に過ごせば良いのでは?と思ったのだ。


「恋人さんが迎えに来ていますよ?」


 買取屋がフリージアのことを知らないのではないかと思い親切心から教えてあげた。しかし帰っていたのは驚くべき言葉だった。


「ちがう! あいつは頭がイカれたストーカーだ! 付き合ったことなんて一度もない!」


 アジサイ娘は困惑する。女なら憧れるか、嫉妬に狂うかしそうなキレイで強い女性と、ストーカーという言葉がどうしても結びつかなかった。


「あいつは俺に、守護天使の魔法とかいう、ヤバイ呪いをかけたんだ」


 アジサイ娘は、買取屋のことが信じられず、迎えに行ってあげなさいよと説得を試みた。すると買取屋はこっちへ来いと、人がいない路地裏へと手を引いていった。


 路地裏は人通りがなく、買取屋とアジサイ娘しかいない、他にいるのは残飯を漁るネズミぐらいのものだった。


「お前に守護天使を見せてやる」


 買取屋はそう言うとアジサイ娘の手を握りこうささやいた。


「お前が好きだ……」


 突然の告白であるアジサイ娘は意味がわからず、うろたえだした。こいつはただの女たらしではないかと疑問が頭をめぐりだしたとき、買取屋は続けて言葉を吐いた。


「ネズミ……」


 買取屋は、アジサイ娘を見てはいなかった、彼が視線と言葉を向けていたのは残飯を漁っているネズミだった。


「イヤァアアアアアア! ホロッホロベベエエエエ!」


 アジサイ娘の前に突然耳を覆いたくなるような叫び声をあげている女が現れた。


 その見た目は、伸ばしっぱなしのピンク色のボサボサ髪、ボロボロの白いワンピース。そして裸足……。時折髪の隙間から見える目は瞳孔が開き血走っている。


 その目を背けたくなる女は、ヒタヒタとネズミににじり寄ると大きく手を振り上げ黒い塊を生み出した。そしてそれをネズミにものすごい力で叩きつけ地面ごと陥没させた。


「ヒィイイイイ!」


 世にも恐ろしいものを見たアジサイ娘は握っていた買取屋の手を放した。悲鳴を上げると同時に腰を抜かし地面に座り込んだ。


「こいつが守護天使だ……。誰かと肌をふれあいながらを並べると、現れて名前の主を叩き殺す……名前が正確でないと半殺しにする……」


 買取屋が連続殺人犯を半殺しにした噂も、ドラゴンを倒した噂も、フリージアがヤバイ女だという事も一発で理解した。


「俺が街の外に逃げたってことは絶対に内緒にしてくれよ」


 腰を抜かしたまま首を激しく縦にふるアジサイ娘を見ると、買取屋は安心して急ぎ足で去っていった。



 腰が抜けて立てなくなったアジサイ娘は、ネズミだった血溜まりが視界に入る度に、あの化け物を思い出す。


「何なのよあれは……」


 しばらくしてやっと恐怖心が薄れてきて、立ち上がることが出来たが、もう遅かった。


「あんたが、ギルムの浮気相手?」


 後ろから掛けられたドスの効いた女の声に恐る恐る振り返える。


 そこにいたのは、ピンク色の髪をした美しいお嬢様のような女性だった。プロポーションもよく噂以上の美人で妖艶も兼ね備えている。この女は、買取屋のストーカーであるフリージアだ。


 アジサイ娘は、あの守護天使のあるじだと知ると、自然と体が震える。


「あら? あなた、震えちゃって……私の守護天使を見たのかしら? 私ね……愛の力でついに守護天使が召喚された場所がわかるようになったの。 だからね……隠し事をしても全部わかるのよ!」


 そう言うとフリージアは突然アジサイ娘の口に指を突っ込んだ。


「にゃにをするの!」


 アジサイ娘は、抗議の声をあげたが、フリージアは全く反応しなかった。


 そして、フリージアは、彼女の口に突っ込んだ指をベロベロと舐め始めた。


「ヒェ!」


 奇妙な行動にアジサイ娘は、小さく悲鳴を上げた。


「彼の味はしないわね……ならこっちかしら?」


 そう言うとフリージアは、アジサイ娘のパンツに手を突っ込むと指を器用に動かす。


「あんっっつ。いったい何をしている!?」


 アジサイ娘は手を振り払いの抗議の声を上げるが、またもや無視をされる。


 そしてまた指をベロベロと舐め始めた。


 その気色悪い行動を見てアジサイ娘はまた腰が抜けた……。守護天使もヤバイが本人も相当ヤバイ……。


「ふふ、どうやら浮気はしてなかったみたいね、嬉しいわ」


 フリージアはしばらく恍惚の表情をしてギルムとの行為に思いを馳せる。その妄想が終わると真顔に戻り恐怖に震えるアジサイ娘を見下ろした。


「ギルムがどこに行ったか知ってる……よね?」


 アジサイ娘は、買取屋と目の前の化け物の要求を天秤にかけようとしたが、目の前の化け物がそのイメージの天秤を叩き壊した。


「お仕置きが必要かな?」


 アジサイ娘は、泣きながら買取屋と会っていたこと、彼は街を出ていったことを洗いざらい話してしまった。


「ふふふ、もうすぐね……。また私達の愛の巣で、一晩中あなたの精を受け続けられる日も近いわぁ」


 アジサイ娘は恐怖の根源が消えても、その場にうずくまり動けずにいた。


 

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