6.急転
『この人物、』女がことさら余裕を見せ付ける。『二つ名を聞けば思い出す向きも多いはずだ』
「くっそ……!」セル・モータを回す曹長に歯噛み。「タイミング・ベルトか!!」
『いかん!』〝アルファ1〟が手、後部ハッチ。『伏せろ!!』
思い出す。爆破処理。一も二もなく床へ這う。
『即ち――』低く、鋭く女の声。『――〝密輸王〟その人に他ならない』
爆発――。
高性能爆薬が〝ゴスホーク1〟の機体ごと軍事機密を灰へと変える。高温に晒された空気が膨れ上がり、爆風となってティーグルの尻を蹴り上げる。
後部ハッチを熱が灼く。装甲が軋む。シャシィに悲鳴。つんのめり、前転しかけ、ほぼ頂上――で踏み留まる。
ティーグルの尻が、ゆっくり後方へと傾ぎ――着地。
『曹長ッ!!』〝フォックストロット1〟から悲鳴にも似た問いが飛ぶ。
「〝フォックストロット〟!」突き放して曹長。「こっちはまだ無事だ! 第1分隊を送り届けろ! 〝ゴスホーク2〟、我々を待つな! 離陸用意!!」
『つまりエマノン暫定政府は、』嘲笑うかのように女。『世界の敵と手を携えているわけだ』
『やって――ます!』無線の向こうで〝フォックストロット1〟が歯を軋らせる。『現在、放送局前! 迎えに出ます、持ちこたえて下さい!!』
「油断するな!」曹長から叱咤。「狙撃兵が先だ! 位置を……!!」
と――そこへ。
甲高い、金属音――が無線に乗った。
『もちろん、』女が見せて鷹揚。『これが手の内の全てではない』
『左エンジンが!』〝ゴスホーク2〟に悲鳴と警告音。『圧縮翼破損! 出力低下!!』
「まだだ!」曹長から檄。
オスプレイは構造上、エンジン単発でも左右のロータを回すことはできる。「あきらめるな! 出力は!?」
『――まだ何とか!』機長の答えはしかし甘くない。『ですが出力は低下中、収まりません!!』
『さて、』女が小首を傾げて一言。『興味が湧かないかね?』
「くそ!」曹長が計算を巡らせ――途中で放棄。右エンジンを撃たれれば、いずれ保つものでもない。
「周辺警戒!」曹長が飛ばして指示。「狙撃を止めろ! 〝ゴスホーク2〟を撃たせるな!!」
そこで――さらに金属音。
『いい取り引き先が見つかれば、』頷き一つ、女に苦笑い。
『食らいました!』〝ゴスホーク2〟に悲鳴。『また左です!!』
「早すぎる!?」曹長に歯軋り。
狙撃銃として主流のボルト・アクション式では、一撃ごとに狙点を合わ直す手間が要る。だが――、
「セミ・オートか!」
オートマティック式なら、次弾の装填で狙点が外れることはない。結果として狙撃の間隔は短くなる。
『もちろん喜んで応じよう』そこで女が肩を一つすくめ、
『曹長!』無線から〝ホテル1〟。『銃火! 狙撃兵!!』
曹長が噛み付く。「黙らせろ!!」
『無茶です!』〝ホテル1〟の声が差し迫る。『向こうはこっちより上に!!』
曹長に舌打ち――ビルの下からでは、相手の姿が壁に隠れて圧倒的に不利を見る。
『ただし――』悪党然と女。
「RPGだ!」曹長に断。
『焼いちまいますよ!?』〝ホテル1〟の語尾が跳ね上がる。
「外せ!」即答。「相手の頭を下げられればそれでいい!!」
女が声をひそめて、『――急いだ方がいい』
『また寸止めかよ!』〝ホテル1〟に身動きの気配――と。
噴射炎。照り返し――たと見る間にも着弾、壁を灼く。爆音。
『情報とはナマモノだ』誘うように女。
『帰ったらタカりますよ、曹長!!』〝ホテル1〟から快哉。
「徹夜コースだ!」曹長の声も誘われる。「好きにしろ!! ――〝フォックストロット1〟!!」
『生きてま……!』
と、そこへ。
またも甲高い――金属音。
『解る向きには解るだろうが、』思わせぶりに女が――間。
「どこだ!?」曹長の声に緊張。「どこをやられた!?」
『こっちです!』鋭く〝フォックストロット1〟。『またラジエータに!!』
「くそ!」曹長が吐き捨てる。「ティーグルは!? まだ動くか!?」
『まだエンジンは生きてます!』返して〝フォックストロット1〟。
「動け!」曹長。「狙撃の暇を与えるな!!」
『了解!』異音混じりの声が返る。
咆哮。ティーグル。着弾の嵐を縫って覗き見る――来る。
『この情報が価値を保てる時間は――』女に悪い笑み。
「移乗用意!」曹長が声を張り上げた。「〝ホテル1〟! もう1発だ、ぶちかませ!!」
『用意よし!』応じて〝ホテル1〟。
外、甲高くタイアが吼える。近寄り、減速――そして。
「撃て!」
タイアが沈黙、すぐ近く。曹長がかざして掌、呑んで息。
爆音――。
もったいつけて女が間。『――長くない』
「行け! 行け! 行け!!」
『着弾!』それだけ〝ホテル1〟。『確認!!』
〝アルファ1〟が後部ドアを蹴り――抜けない。
『歪んだか!?』〝アルファ1〟に舌打ち。
「前から!」曹長に一言、運転席からドアを開け放つ。地へ飛び込み、AK-47を構えて周辺警戒。
気付いて頭目も助手席側。
『少なくとも我々は、』女の声が粘る。
「撃つな!」曹長が頭目へ釘を刺す。「連中を我に帰してやる義理はない!!」
言う間にも〝エコー2〟が曹長の横へ。
「先導しろ!」狙点ごと視線を巡らせながら曹長。「見届けてから追う!!」
ゴールで張る段幕も要る。だが第1分隊の装備で交戦させるわけにはいかない。
顎先で行き先を示しながら続く1人を見送り、助手席側から脱出した味方2人をまた見送る。
女が舌に声を絡み付かせて、『――この情報を、』
『これでラストだ!』横から〝アルファ1〟。
「ケツを守ります!」曹長が断言。「全員先に!」
頭目が部下を連れて地を蹴った。その背中を見届けて曹長も駆ける。
『墓まで、持って行くつもりなど――』
〝アルファ1〟の背中がハッチに呑まれる。続く頭目が横へ警戒の眼。そこへ――、
銃声――。
頭目がつんのめり――踏ん張った。追い付き曹長、支えて腰。
転倒寸前、ハッチへ手。頭目がティーグルに足をかけ――たところへ。
『――ないのでね』
想い出したかのような、弾幕――。
装甲に着弾、立て続け。ハッチ寸前、曹長の耳元にも擦過音。
「出せ!」叫ぶ。曹長。
エンジンに異音。なお吼える。曹長の手がハッチへ届く、その寸前――。
『情報の価値は、』マイクに近く、女。『知る者の数に反比例する』
発進。ティーグル。急加速。その背が曹長を追いていき――、
手が伸びる。頭目。乗り出して半身、その掌を――、
左手。掴む。駆ける。引きずられるようにひた走る。掌に力、頭目が曹長を引き上げにかかる。
『だが、時には――』一転――女が軽やかに、
跳んだ。曹長。足がハッチの底を捉え――かけて滑る。落ちかけ――なお地を蹴って跳ぶ。
上半身、ハッチをくぐる――が、そこまで。落ちかかる下半身。踏ん張れない。頭目が歯を軋らせ――すんでで〝エコー2〟、掴んで右手首。そこへ。
『広く、開示することで――』瞬時の高揚を女が見せ――たかに思わせて。
擦過音。後ろから。弾丸が車内へ飛び込んだ。装甲の裏で跳弾、破片もろとも跳ね回る。
反射行動。その場で伏せる。全員が頭を腕で護り――、
そこで女が低めて声。『――威力を示すこともある』
結果、支えが消え失せた。曹長の重心は未だ外、摩擦を残してずり落ちる。
『秘めたくば――』女に挑発の色。
床に這う。摩擦一つで生を手繰る。だが勝てない。重力が足に絡みつき――、
女が誘うかのように、『――取り引きに応じよう』
急制動。スピン・ターン。遠心力が身体を剥ぐ。投げ出され、地へ落ち、受け身――もままならず地を転がる。
『田舎放送局などより、』女がトーンを上げる。
コンクリートの感触、暗い空、照明の光が曹長をかき回す。身を丸め、ただ耐え、衝撃をひたすらやり過ごし――、
思考が飛ぶ。時が止まる。平衡感覚が失せ、その果てに――、
『世界規模のネットワークに乗せたければ』不敵に女。『それもまた手というものだ』
『――長! 曹長!!』
声を認めた。意味を呑み込む。忘れた感覚が戻らない。
『曹長!!』視界に顔。記憶を手繰る――〝エコー2〟。
『だが――』さらに転調、女が突き付ける。『――こちらにも都合というものがある』
全身に――痛覚。
脚が、臀部が、腕が痛みを思い出す。肺を膨らませようとして――咳き込む。酸素を求める胸に熱。
『曹長!』〝エコー2〟のトーンが少しばかり落ちた。『生きてますね!?』
思い出した――痛みは生の証に他ならない。頷きつつもなお咳込み、肺の中身を絞り出す。
『相手と対価は』高飛車に構えて女。『こちらで選ぶ』
脚は折れていない。腕も繋がっている。尻は痛いが腰は無事。結論――五体満足、打撲は多数。まだ動ける。
「あいつ……」そこで曹長が思い当たる。「……まさか、保護目標のデータを? ――まずい!!」
『出し惜しみはお互いに慎もうではないか』
「――〝ゴスホーク2〟、〝ゴスホーク2〟!」曹長が噛み付いた。「離陸急げ! 上空退避!!」
『停戦命令!』そこへ割り込み――公用周波数。『こちら有志連合!!』
曹長の双眸に――焦燥。暫定政府を支持する有志連合が、曹長と利害の一致を見る可能性など――まずあり得ない。
『停戦命令! 停戦命令! 〝ENB放送〟マルガナ支局! 周辺に展開中の全勢力に停戦を命ずる!!』
銃声が細り――止んだ。
「そっちに届いた、か……!」太く息、曹長が吐き捨てる。「くそ……!!」
『時間切れだ』心なし女の声が硬い。『では、ことの真相を洗いざらい発信しようか。〝エマノン独立評議会〟の公式ページには元データも掲載するとしよう』
『ただいまCNNに届きました映像です。エマノン共和国の〝ENB放送〟マルガナ支局占拠事件、監視衛星の実況映像が……』
『この映像は世界中継で配信しております。ただいま有志連合が……』
『こちら〝ゴスホーク2〟!』切羽詰まった声はオスプレイから。『CNNに映像! これは、偵察衛星の……!!』
「……偵察衛星?」
知っている。今ここの状況を衛星から捉えるのは、アドリブでできることではない。
「てことは……!」曹長の声に希望が兆す。「……本国が――動いた!?」
『〝ゴスホーク1〟並びに〝ゴスホーク2〟へ、』味方の回線に声。『こちら〝ゴスホーク3〟および〝ゴスホーク4〟』
『後続が?』〝エコー2〟に呆れ声。『俺達にも隠して?』
あらかじめ作戦前に進発していなければ、このタイミングで現れることはあり得ない。
「慎重なのさ」曹長も苦く笑む。「道理でバクチに強気なわけだ。我々が死に物狂いで働くと踏んでたろうよ」
『〝野良犬〟を回収する。繰り返す、〝野良犬〟を回収する』嫌味を聴いたとも見せずに〝ゴスホーク3〟。『〝バックステージ・パス〟は持ってるか?』
『こちら〝ゴスホーク・マスタ〟』続いて味方回線に女の声。『〝バックステージ・パス〟確保、〝バンド・メンバ〟を追加招待。繰り返します。〝バックステージ・パス〟確保、〝バンド・メンバ〟を追加招待』
『こちら〝ゴスホーク3〟、了解』苦笑を乗せて答えが返る。『ライヴはこれでお開きだ。苦情が殺到する前にずらかるぞ』
「〝ゴスホーク3〟、こちら〝エコー1〟」曹長から疑問符。「無事に帰り着ける保証は?」
『〝エコー1〟、全部ぶちまけていなくて助かったな』諭すように〝ゴスホーク3〟。『残りがバックステージ・パスってわけだ。詳しくは生き延びてからでもいいだろう、それとも死神と踊る趣味が?』
「了解」曹長は頬を歪めて、「どちらかと言や女神の方が好みなもんでね」
『先ほど、〝エマノン独立評議会〟が声明を発表しました。主要メンバは政府に対して亡命の意思を表明、正統政府の樹立を前提に……』
『エマノン共和国暫定政府が声明を発表、暫定大統領の辞任と1年以内の国民投票を……』
「却下だそうですよ」女が声を腐らせた。「殊勲章」
大事を取って――との口実で曹長が送り込まれた病室内。サイド・テーブルのカレンダに曹長が6つ目の×印を書き込んだ。
「まあ、そう言うな」曹長は眼を上げながら、「悪いばかりの話じゃない」
「あれだけの功績を上げたのに!?」女が怒らせて声。
「余計なお荷物を抱え込んで?」曹長の片頬に苦笑い。「回収するはずだったデータも公にぶちまけて?」
「最悪の事態を回避したまでです! それに、」女がいきり立つ。「公開したデータも全部じゃありません!!」
「局長は茹で上がってたがな」肩をすくめて曹長。「とばっちりがないだけ見っけもんだ――この先の保証はどこにもないがね」
「まさか、」女が奥歯を軋らせた。「私達ごと握り潰すつもりじゃ……?!」
「だったらどうする?」曹長が小首を一つ傾げて、「局長室にでも殴り込むのか?」
「他にどこへ!?」女の鼻息が荒い。「ああ、上はもう大統領でしたね。何なら直接……!」
そこへ――ノック。
女が眉を跳ね上げた。肩越しに入り口を一瞥、それから曹長へ向き直る。
「見舞客が?」女が声を潜めた。「私の他に?」
「確かにここの機密レヴェルは高いがね」曹長は肩をすくめて、「誰も入って来れないわけじゃない――どうぞ!」
ドアの開く音。女が振り返り――かけて固まった。
「失礼、外まで聞こえていたよ」客が小さく苦笑い。「傷はどうかね、曹長?」
女に反応。一挙動で正対、直立不動。
「お気遣い、痛み入ります」余裕を保ちつつ、曹長も直立、最敬礼。
その向かう先、屈強な護衛が二人と、その間に――。
「今日はこれを渡しにね」貫禄の所作。「功績すら機密扱いだが、せめても感謝は受け取ってもらいたい――名誉勲章として」
■Operation 〝No Name〟 in Emanon■
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