第128話 上映会終盤。そして、エンドロールは終わる

 春乃が勇気を振り絞り、ついに実の母親との対面を果たす。


 お互いに緊張した面持ちで、厳かな雰囲気だけが辺りを取り囲む。


 直輝は本題へと話を進めるため、例の写真を取り出した。


『この写真を送ったの、貴方ですよね?』


 直輝が問い詰めるように質問しても、保月ほつきの母は何も語ろうとしない。


『お母さん、本当のことを彼女たちに話してあげてください。彼女たちには、知る権利があるはずです。だから、保月と春乃はるのがどういう関係であるのか……あなたの口からしっかりと話してくれませんか?』


 感情的に説得すると、保月の母は、観念したように深いため息を吐いた。


『わかったわ』


 それから、保月の母は懐かしむように昔のことを話しだす。

 当時、経済的に苦しく、二人の子を育てあげるのは不可能であり、友達夫婦に頼み込み、春乃を手放すことになってしまったこと。

 条件として、春乃と二度と顔を合わせることはないようにすることなど、すべてを打ち明けてくれた。


 真実をすべて話し終えた保月の母親が、嗚咽おえつじみた声を出しながら泣いていた。

 保月が慌てて立ち上がり、母の元へと向かって行く。そして、背中をさすりながら、母をなだめる。


『私たちは大丈夫だよ。本当のことを話してくれてありがとね』


 すると、保月の母親は涙ぐんだ顔を上げて、春乃へと向きなおる。


『春乃さん。真実を隠していて……今まで黙っていて本当にごめんなさい』

『いえ……』


 そう言葉をこぼした後、すすり泣く本当の母を前に、春乃は何も言わずに沈黙していた。

 しかし、何か意を決したようにふっと息を吐くと、顔を保月の母親へと向けて、柔らかい言葉を発した。

『顔を上げて、お母さん』


 その『お母さん』という言葉を耳にして、驚いたような表情で顔を上げて春乃を見つめる保月の母。


 その先にいる春乃の表情は、目に涙をため、今にも頬を伝ってこぼれそうになりながらも、口角を上げてにっこりと笑みを浮かべていた。


『私を生んでくれてありがと、お母さん』



 その映像を見ながら思い起こされるのは、藤野の父親である敏樹としきさんへ説得しに行った際。

 俺が癇癪を起しそうになった時に言い放った西城さんの言葉。


『私をこの世に生まれさせてくれて、ありがとうございます。私は今、色んな大切な人が出来て、とても幸せに生きてます!』


 敏樹さんを俺があの場で叱責していたら、西城さんの心を傷つけることになっていた。

 そんなことも、俺は気づくことが出来なかったのだ。


 だから、西城さんの言い放ったあの一言で、敏樹さんにとっては色々と報われた部分もあっただろう。むしろ西城さんから罵倒された方が余程楽だったかもしれない。

 けれど、彼は彼女を生んだことを決して後悔していない。

 だって、そのおかげで、こうして西城さんは今の今まで生きることが出来たのだから。


 この映画のように現実も優しい世界が広がっていたら、どんなに良かっただろうか。

 現実に人を納得させて説得するというのは、容易いことではないことを肌身で感じてきた。


 敏樹さんの一件でもそう。

 そして……月子つきこさんの説得のときも……。


 今思うと、次のクライマックスシーンの撮影時。

 かなり修羅場だったんじゃないかと思う。

 俺が呼び出した藤野を月子さんは見て、敏樹さんの子であることを知っていて、その場に事情を知らない西城さんも同じ空間にいて、俺が告白をするというシーンを撮影しているという何ともカオスな状況。


 あんな経験、二度と出来ないと思う。


 すると、その時、ふと西城さんの手が椅子の下で触れ合った。

 見ると、西城さんはにっこりとこちらへ微笑みかけてきている。


 その間にも、クライマックスシーンは流れている。


『お母さん……その……保月さんを僕に頂くことは出来ないでしょうか!』

『えっ……えっ!?』


 保月がびっくり仰天と言ったような反応をしている。


 物語の中で、保月に主人公の直輝なおきは、一度も好きだと本人に伝えたことはない。

 俺も西城さんも、問題が解決するまで、その言葉を明確に口にすることは一度もなかった。 



『それはつまり……あなたたち、交際してたってこと』

『いやいやいや、私も今初耳なんだけど……』


 こんな混乱した状況。普通だったら考えられない。


『順番が逆になっちゃって悪い。でも俺は、保月。お前のことが好きだ。だから、俺と付き合ってくれませんか?』

『ふふっ……私は反対する気はないわ。あとは保月次第ね』

『お母さん!?』

『ダメ……か?』

『べっ、別に……ダメと言ってない……』


 こんな風に、俺の方から西城さんに告白できればよかったんだろうけど……。


「私と、お付き合いしてくれませんか?」


 西城さんの家の中、俺達は互いに向き合った状態のまま、西城さんが優しい微笑みを向けながら言ってきた。

 俺は思わず、ゴクリと生唾を飲み込んでしまう。


「お、あっ、えっ……あぁ……」

「ふふっ……羽山くん焦りすぎ」


 俺のきょどりっぷりにクスクスと笑う西城さん。

 そりゃそうだ。

 本当は俺の方から言おうと思っていたことを、まだ心の準備が整っていないときに西城さんの方から言われてしまったのだから。それはこんな情けない反応にもなるだろう。


「えっ……本当にいいの? 本当に俺でいいの?」


 自分を指差しながら確認すると、西城さんはくすっと笑って頷く。


「うん、私はずっと、羽山弥起くんのことが好きでした。だから、今こうして少しでもわかり合えた今なら、上手くやっていける自信がある」


 にこやかな笑みで言い切る西城さんを、不覚にもカッコイイと思ってしまった。

 だからこそ、俺も誠実に答えなくてはならない。


「お、俺も……西城さんのことが好きだよ。だから、その……よろしくお願いします!」

「えへへっ……よろしくね羽山くん」

「うん」


 こうして、手を合わせて何をするでもなく、お互いに顔を見合わせて笑い合った。


 気が付けば、お互いに見つめ合ったまま、エンドロールが幕を閉じた。

 教室内から、温かい拍手が送られている。


 俺ははっと気が付いて、西城さんと握っていた手を離して、照明の電気をつけた。

 西城さんも慌てて、教壇の前へと向かい、見てくれたお客さんの前で礼を述べる。



「本日は、ご来場いただきまして、誠にありがとうございました! この後も、文化祭を楽しんでいってください!」


 人々には、出会いと別れ、そして恋焦がれるものと、嫌うもの。

 様々な感情が入り混じって出来ているのが人間という生き物である。


 人はこうして、様々な出会いと別れを繰り返しながら、日々後悔を抱きつつも、日々成長して大人になっていく。

 例え大人になったとしても、それが正しいとも限らない。


 時には喧嘩して、仲違いになってしまうかもしれない。

 相容れないことが発端で、険悪な関係になってしまうかもしれない。

 だとしても、そこで諦めてしまえば、そこまでの関係でしかない。


 これから人生を歩んでいく中で、少しでも人生を後悔がないように、自分の思ったことは伝えて、ひたむきに考え抜いて関係性に答えを導き出していってほしい。


 あと、一つ言えるのであれば、一度でも好きになった女の子たちは、少しでもこれからも笑顔でいて欲しい。

 それが、俺からの最後の言いたいメッセージであることに変わりはない。


 完

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大学で、片思いしていた女の子たちに次々再会した さばりん @c_sabarin

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