第127話 上映会中盤

 主人公の直輝は、様々な条件から考えて、一つの可能性を頭に浮かべていた。


 講義が終わり、二人で食堂へ来た保月と直輝。


『ちょっと飯食っていいか?』

『ご自由にどうぞ』


 相変わらず保月の態度は素っ気ない。

 あれから、何かあったことは明白だ。



『いらっしゃいませ……って、直輝くん。こんにちは』

『こんにちは、お願いします!』


 俺は食堂のお姉さん役の藤野に食券を手渡す。

 ちなみに藤野とは、直輝が食堂をよく利用しているうちに仲良くなったという設定になっている。


『彼女さんと何かあったの?』

『はい?』

『いやっ、随分と不貞腐れてるようだから』


 藤野が視線を向ける先には、頬杖を突いて窓の外を見つめている保月の姿。


『いやっ……喧嘩という訳では……ってか、まだ付き合ってませんし』

『”まだ”……なんだね』


 からかうように言ってくる藤野。


『そ、それは……』


 俺が挙動不審になっていると、藤野がてきぱきと頼んだ定食を用意してくれる。


『はいっ、お待たせしました』

『ありがとうございます』

『それじゃ、直輝君! 頑張ってね』

『はい! それではまたっ……!』


 後押しされて、トレイをもって去っていく俺を見て、藤野はもう一度意味ありげに呟いた。


『……頑張ってね』


 今から保月に大事な話をする直輝に対しての後押しだけでなく。

 現実の世界でも藤野はこの直後に、両親の再婚の話を聞かされることになる。

 それを思うと、何か最後の一言にも、予兆が現れているように思えてならない。

 さらに言えば、カメラを回している先には姉である西城さんがいるわけで……。


 このときには既にお互い顔見知りではありつつ、血の半分つながった姉妹だということに誰も気が付いていないという事実が、何ともはがゆい。


 席に戻った直輝は、保月に話し出す。


『なぁ、保月ちゃん……最近、何かあった?』

『……別に、直輝くんには関係ないでしょ』


 突き放された態度を取られるけれど、直輝は勇気を出して尋ねた。


『間違ってたらごめんね……ここ最近でさ、家族間に何か問題が起こったんじゃないの? 例えば……お母さんから最近、実は妹がいることをカミングアウトされた……とか……』


 直輝の言葉に、保月は目を見開いて瞬かせる。

 その動揺する様子を見て、俺は確信した。

 保月が春乃の姉であることを……。


『なっ……だから関係ないって言ってるでしょ!』

『ちょっと……聞いて欲しい事があるんだ』


 図星を突かれて、狼狽して自制を失いつつある保月の腕をつかみ、俺は真っ直ぐな眼差しで保月を見つめた。

 俺の真剣な表情に気圧されたのか、保月はもう一度大人しく向かい側の椅子に腰かけた。

 そして、俺は保月に、幼馴染がもしかしたら保月の妹かもしれないということを直輝は保月に伝える。


『その話……本当なの?』

『あぁ……だから、会ってみ見ないか? 春乃に』



 そう言えば、この日の撮影後、津賀が何やら俺に用事があったように呼び掛けてきたけれど、結局何でもないともったいぶられてしまった。

 もしかしたらあの時、津賀は既に俺に告白する覚悟を持っていたのかもしれない。

 けれど、既にこの時点で、俺の気持ちは決まっていたから、どっちにしろ津賀を悲しませていたことに変わりはないだろう。


 教室内のスクリーンへ視線を戻して映画の続きを眺める。


 映像では、直輝が春乃を大学に呼び出して、保月と会わせているところだった。

 スクリーンに映っている春乃と保月役の津賀と浜屋は、顔つきの違いはあれど、醸し出している雰囲気からどこか姉妹に似通った部分があるように、モニター越しからだと思えてくるから不思議だ。

 驚いた表情や反応が所々似ているのが影響しているのかもしれない。まあ、反応も似せるように演じてるからなんだけどね。


 今まで保月に対して思っていた既視感は、二人が実の姉妹だったからなのだということを、直輝は納得する。


 これまた現実世界で、俺が藤野を呼び出し、撮影後にファミレスで西城さんが藤野の写真に写っている姉であるとカミングアウトした時が思い出される。

 状況は少し違えど、この映画の中で行動している主人公と同じように、家庭の事情に首を突っ込んでいる自分を改めて比較すると、ぶわっと嫌な汗をかいてきた。


 そして、ここで直輝はとんでもない提案を持ちかける。


『春乃。実の母親に会ってみない?』

『へっ!?』

『ちゃんと会って、色々過去を清算した方が良いと思う。別に何か変わるわけじゃないとしても、会って話して、自分の心の中で思ってる気持ち。ちゃんと伝えた方が良いと思う』


 俺の助言に、春乃はうーんと唸って悩んでいたけれど、保月が優しく言葉をかける。


『私も、会ってほしい。多分、お母さんもそうしたいと本当は願ってるから』

『わ、分かったよ……』


 春乃は半ば諦めたように頷いた。しかし、納得したようには見えなかった。



 現実では、藤野と西城さんの両親の再婚問題について、心の内に思っていることをお互いに打ち明けて、そこからお互いの両親に説得するという結論に二人は至った。

 そこで、俺が自分の家族も多少なりとも首を突っ込んでいたことや、二人をこうしてめぐり合わせたことへの責任も兼ねて、説得に同席することを選んだ。

 家庭の問題に、自分から積極的に絡みに行ったのは、これが初めての体験だった。

 多少なりとも、西城さんと俺の価値観のすり合わせが出来た瞬間だったのかもしれない。



 こうして、直輝たち三人は、保月の母親へ会いに行くため、福島へと移動していた。


 待ち合わせの喫茶店の前で、春乃は立ち止まってしまう。


『春乃?』

『やっぱりいいよ……私が今さら会っても迷惑なだけだし……』


 ここにきて、怖気づいてしまう春乃。

 直輝は、視線を春乃に合わせてにこやかに微笑む。


『大丈夫だよ春乃』

『何が大丈夫なの?』

『ここで逃げでもいいんだ。でも、ここで勇気を振り絞って会っておいた方が、今後の春乃のためになる』


 何も確証のないただの虚言。それでも、ここで春乃が一歩を踏み出さないと、何も得られないと感じていた。

 だから、俺はなんとしても春乃を本当の母親に合わせる必要があった。


『……』

『いこう、ね?』


 直輝が優しく手を差し伸べると、ゆっくりと春乃は手を乗っけてきた。

 春乃の手は冷たくて、少し恐怖で震えているように感じる。

 だから、直輝はその儚い春乃の手を、両手で包み込むようにして掴んだ。


『さ、行こうか』

『うん……』



 直輝に促される形で、春乃はようやくその場から一歩を踏み出した。

 ここから、物語は終盤へと続いていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る