第126話 上映会序盤
始めは、主人公である俺が歩いているシーンから映像がスクリーンに映る。
そして、ナレーションが入る。
『俺の名前は、直輝。』
『おはよ』
『おはよう、直輝くん』
『何してるの?』
『ん? スマホゲーム。今日のイベントが後10分なの』
『そ、そうか……』
最初にクランクインで初めて撮影したシーン。
緊張ガチガチで、今見ても下手くそな演技だなと恥ずかしくなってくる。
お客さんの様子を見やれば、演技力に失笑している人はおらず、皆真剣にスクリーンを見つめて映画を観賞している。
だが、真ん中より少し前方に座っている我が妹だけは、口元をおさえて、肩を震わせていた。
あの野郎……身内が演技してて面白いのは分かるけど、上映中に噴き出すなよ?
そんな心配をしつつ、俺は再びスクリーンの映像へと戻る。
映像内では、授業終わり、スマートフォンの画面を見て顔をしかめる保月役の津賀の姿が映っていた。
『どうしたの?』
『ううん! 何でもない! それじゃあ、私バイトだから、先に帰るね!』
『おう、それじゃあまた明日』
『うん! また明日』
こうして、保月と別れて、シーンが切り替わる。
西城さんの家のアパート。
直輝がインターフォンを押して出てきたのは、幼馴染の
『よっ……』
『おっす!』
部屋に上がった後、二人仲睦まじいじゃれ合いをしているところに、再びナレーションが入る。
『彼女の名前は
『なぁ、春乃』
『ん? なぁに?』
『春乃ってさ、今好きな人とかいたりするの?』
『いないけど、どうして?』
『い、いやぁ……最近そういう色恋沙汰の話、お前から聞かないなぁっと思って……』
『何だそういうこと。今はいいの、仕事で手一杯だし』
春乃は既に社会人。
仕事に勤しんでいる設定だ。
『そう言えば、手掛かりは見つかったか?』
『何が?』
『母ちゃん』
『……ううん』
きっかけは、20歳になったとある日。
一通の手紙が届いたのがきっかけだった。
差出人不明の手紙には、『親愛なる春乃へ』と書かれた『母親』と名乗る者からの直筆の手紙だった。
春乃はそこで、両親から始めて本当の肉親ではないことを告げられた。
彼女自身、ここまで知らなかった事実に驚き、そして傷ついてきただろう。
『もういいの。その話は!』
寝転がっていたベッドから立ち上がった春乃は、俺が手に持っていた手紙をぱっと取って自分のポケットの中へ突っ込んでしまう。
春乃は自分を見捨てた真の母親のことなんて、覚えてすらいないのだから、今さら掘り返したところで、何も意味がないだろうと思っているのかもしれない。
しかし、どこか遠くを見る春乃の表情は寂しそうでもあった。
翌日、大学へと向かうと、保月の様子が可笑しかった。
どこか落ち着きがないというか、いらいらしているようにも見えた。
『どうかした?』
『なんでもない』
『……』
むすっと不貞腐れたような表情で、俺の方へ視線を合わせようともしない。
『私、バイトだから』
そう言って、授業が終わるなり、とっとと出て行ってしまう保月。
結局何が起こったのか分からず終いで、この日は過ぎていった。
しかし、事態は急展開を迎える。
春乃の家に向かうと、春乃が居住まいを正して俺に向き直ってきた。
『直輝……やっぱり私……ちゃんと本当の母に会ってみようと思う』
『そっか……でも、どうやって?』
『それがね……この手紙にも書いてあった『返事がないけれど、元気かしら?』って書かれているの。もしかしたら、実家のどこかに隠してあるのかもしれない』
つまり、春乃の実の母親は、定期的に春乃に対して近況を送り続けていたことになる。
『それなら、行こう!』
『へっ? 行くってどこに!?』
『いいからついてきて!』
『えっ、あっ、ちょっと!』
向かったのは、電車で30分ほど行った春乃の実家。
丁度両親は旅行へ出かけており、家を空けていたので、早速何か手紙などがないか物色する。
俺達は物置やらタンスの中を探し回り、何か実の母親の手掛かりがないか探った。
すると、クローゼットの下あたりを調べていた春乃が固まって動かなくなる。
俺が様子を窺うと、顔面蒼白の春乃が一枚の封筒を握りしめて震えていた。
『春乃? どうした?』
『直輝……これ……』
春乃が手に持っている茶封筒の中には、手紙と一枚の写真が入っていた。
手紙には、『親愛なる春乃へ』と書かれていた。
『これ……もしかして……』
『うん……多分これが、私の母親』
写真の中身を覗くと、数年前に送られてきたもののようで、近況報告代わりなのか、春乃によく似た一人の少女の写真が添付されていた。
『保月も元気に成長しているわ、あなたのお姉ちゃんとして、いつか会わせられればいいのだけれど……それは難しいかもしれないわね』
手紙を時系列順に読んでいくと、 衝撃的な事実が浮かび上がった。
春乃は双子であり、もう一方の子の名前が、保月という女の子で、春乃の姉であること。
保月も都内の大学に通うため上京するという述べが書かれていた。
しかも、通っている大学は、俺が通う大学。
『名前は……保月』
上京、保月、俺達と同学年で同じ大学……。
俺は、その時点で嫌な予感がしていた。
その予感が、的中することになる。
映画を見ていて、藤野の家で見た写真を思い出した。
藤野も西城さんと映る幼少期の写真を持っていた。そして、自分の姉であることを俺に告げてくれた。
その写真に写っている姉が、まさか西城さんだとは、当時の俺は夢にも思っていなかったけれど、今思えばこの映画も、一枚の写真から物語が動き出す一つのきっかけとして付随していたのかもしれない。
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