「存在しない」という選択

またたび

「存在しない」という選択

 死にたがってた頃に、とあるサイトを見つけた。


『存在意義を見出せない方々へ』


 クリックして開いてみる。

 ——するとただそれだけ書いてあった。


 ・ ・ ・


 あなたはどうしますか?

 →存在する

 →存在しない


 ・ ・ ・


 どうせ胡散臭いサイトだ。ならば思いのままにこの指を動かすのも構わないだろう。


 存在しない。


 そういう選択をしてみる。


 すると寝て起きての生活のくせして、急に眠気が襲ってきた。意識が遠のいていく……ああ……心地いい……いや……少し寂しい……?


 〜


 〜


 目が覚めた。自分の部屋の間取りと一緒なそこには、何もなかった。

 とりあえず部屋を出ると、リビングで、そこにはちゃぶ台が一つ、テレビが一つ、そして……母親が一人いた。


「ははは、そこでそうするのか」


 テレビを見て笑ってる

 ——幸せそうだ。こんな母親を俺は見たことがない。いつも疲れてて、いつも眠たそうで、いつも無理してた。


 俺がいないだけ、俺がいないだけでこうも変わるのか……。


 庭を見ると、ミニトマトがたくさん実ってた。小学生の頃に気まぐれで育てたミニトマト、でもすぐ飽きて結局育てるのに失敗したミニトマト。なるほど、俺がいないだけでこのミニトマトは生き残り、こうして世代を紡いでいけてたのか……なんかつらいなあ。


「散歩に出よう」


 どうやらこの声は聞こえてないようで、更に言うなら姿も見えてないらしく、まあその方が都合がいいかあ……などと思いながら、俺は街へ出て行った。


 相変わらず、この街は騒がしい。


 人がたくさんいる。

 あっ、あいつは中学の頃の親友……なんか幸せそうだな、隣にいるのは彼女か? まさか俺と親友にならなかったおかげで?

 ——いやそれはないか、流石に思い込みが酷すぎる。


 だが、あながち間違ってない。


【世界は自分がいなくても変わることなく回ってゆく】


 そんな不安を抱くことがあるだろう。だが、それは希望的観測である。実際には


【世界は自分がいないと少しだけマシになる】


 だ。


 影響力がない、という点は正しいが決してそれだけではない。

 一人いなければ、二酸化炭素の排出も減り、ゴミも減り、苦しむ人間も減るのだ。


 悲しいが、現実である。


 家に帰る。

 部屋に入る。

 一人何もないところで横になる。

 こんな世界であろうと俺は変わらない。


 夕日が沈む。

 父親が仕事から帰ってくる。

 みんな幸せな世界だった。

 でも俺は一人泣く。


「こんなの……耐えきれるか……!」


 俺は自己中で、ワガママで、私利私欲にまみれている。そんな自分がらしいっちゃらしいけれど、やはり嫌いである。

 でも、そんな俺だからこそ、この世界を心から憎める。


 みんな幸せ……? 俺が幸せじゃないのに……? そんなの、間違ってる。認めない、決して認めてたまるか。認めないぞ。


「うわああああああぁぁぁっ!!」


 走る。

 夕日に向かってただ泣きながら走る。


「う、ぐ、う、ぐ……」


 そして叫ぶ。


「変わりだぁぁい……変わりたぁいよ……」


 俺を嘲笑うように、世界は回る。

 それが許せなくて。そして、幸せが、他人が、心から羨ましくて。俺は夢中で何かを追い求めるように走り続けた。


 しばらくして疲れ果てた頃。

 ふらふらしながら、また俺は強い眠気に襲われて、夕日を見つめながら瞳を閉じていったのである……。


 〜


 〜


 目を醒めた。すると目の前には、例の画面が。


 ・ ・ ・


 あなたはどうしますか?

 →存在する

 →存在しない


 ・ ・ ・


 あれはきっと夢で、俺以外誰も知らないストーリーに違いない。ならば思いのままにこの指を動かすのも構わないだろう。


 存在する。


 そういう選択をしてみる。


 そして寝て起きての生活から抜け出すように、俺は部屋から出た。リビングには母親がいる……疲れた様子で。


「母さん」


「ん? どうしたの?」


「俺はいない方がいいと思う?」


 嫌な質問だと思う、でも聞かざるを得なかった。母にとってはなんとも悲しい言葉だが、母はそれを表情に出さずただそう言った。


「私はいた方が嬉しいけどね、すっごく」


 先ほどの話をまたしてみる。

 一人いなければ、二酸化炭素の排出も減り、ゴミも減り、苦しむ人間も減るのだ。

 しかし、一人いなければ、たとえ悲しむ人はいなくても、何かしら喜びが減ってしまう人は少なからずいるのだ。


 あの世界の母は実に幸せそうだったが、おそらく……自惚れでもなんでもないが……俺がいないことで手に入れられなかった幸せもあるのだろう。


 そんな微かな希望や期待を添えて。


「ありがとう……母さん……。俺さ、変わるよ。これからさ、全力で頑張って……」


 そう呟いたあと、俺は心の中でその誓いを何度も繰り返し、この狭い世界から抜け出した。





 § § §





 あれから、会社に就職し、相手にも恵まれ、無事結婚することに成功した。

 母にも孫を見せることができ、あの世界の母と似た、いやそれ以上の、笑顔を見ることができた気がする。


 ようやく、楽をさせてあげられる……そう思うだけで、心の重荷は軽くなった。


 ふと仕事を思い出し、パソコンを開いてみると、とあるサイトが知らぬ間に開いてあった。


『存在意義を見出せない方々へ』


 クリックして開いてみる。

 ——するとただそれだけ書いてあった。


 ・ ・ ・


 あなたはどうしますか?

 →存在する

 →存在しない


 ・ ・ ・


 今度は迷わずに


 存在する。


 を選択した。すると


 ありがとう


 という言葉だけが表示されたのである。


「なんか、気分が変わっちゃったなあ……」


 仕事をする気が失せた俺はその、ありがとうの文字をただ見つめて、心から安心して決意する。


「俺の世界はここじゃないな」


 パソコンを閉じ、リビングにいる妻と子供の元へ向かう。


「こちらこそ、本当にありがとう」


 昔のように、ついまた、独り言を呟いてしまった。でもまあ、悪い内容じゃないし良しとしよう。


 俺が思うに。

 人は死ぬことを許されてないし、自分だって本能的に死にたくないのだと思う。特に比較的生きることができるこの国では。だからこそ、逆に悩むのかもしれない、苦しむのかもしれない。


 存在する、ということに。


 だが、俺は、幸運かどうかは知らないが、存在しないということを体験できた。そうすることでようやく気づくのだ。


 存在する、ということが……


 どれだけ幸せで恵まれてて、素晴らしいことなのかを。


 忘れない、泣きながら走ったあの瞬間を。

 忘れない、人を笑顔にさせたあの瞬間を。

 忘れない、今も流れるこの幸せな瞬間を。


 そう思いつつ、今日も俺は迷いながら悩みながらも、存在し続けるのであった。


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