第262話 ヘスぺリデスのりんご


 私は部屋に戻ってみんなに会いたいと心の中で呼んだ。


 みんな転移してきてくれて、抱きつかれた。



「エリー、ごめんね。ぼくがついていたのに」

「あんな罠があるなんて私も全然わからなかったもの。仕方がないよ」

「それでもごめん」


 私はみんなを抱きしめた。

 彼らのぬくもりが心強く、今は一人で頑張っているロブのことをかえって思い出させた。

 また涙が出そうだったが、

「心配かけたね。私は大丈夫だから」



 しばらくそのままでいて、落ち着いたころにドラゴ君が言った。

「エリー、シーラに会いにいこ」


 私が了承すると、モカが叫んだ。

「わが庭よ開け、シークレットガーデン」

 私たちはモカのシークレットガーデンの中にいた。



「あのね、シーラはエリーに片目を上げちゃったから、体がすっごく小さくなっているの。だからびっくりしないでね」

「わかった」


 モカにはわかったって言ったけど、そんなにびっくりするほどの変貌してるの?

 私の分体フィシャンは本当にうまくいったんだろうか?



 モカの案内はずんずん進んでいく。


「エリー。今シーラがいるところはこのシークレットガーデンの中でも一番大事な木が生えてるところなの。

 その木のことは誰にも知られちゃいけないの。

 だからお兄さんの力で簡単にたどり着けないようになってるの」


「じゃあ、モカと一緒じゃないとシーラちゃんに会いにいけないんだね」

「そうよ。この庭の鍵はあたしと、ユグドラ様しか持っていないと思う。

 でもそれだけシーラが安全に休めるから」


「モカ、シーラちゃんをよろしくね」

「もちろんよ。元気になったら外に自由に出られるし、会いに行けるわ。

 ただお兄さんから、ここに入るのはあたしたちとお兄さんとルードさんだけにしなさいって言われてるの。

 今回は結局ロブを招かなかったけど、入れなくてよかったって言われたんだ」


「新しい卵の子もダメかな?」

「エリーの従魔なら大丈夫。

 お兄さんが言うには、あたしがこの庭に招待したものはいくつも偶然が重なればシーラの木までたどり着ける可能性があるの。

 だから狩りのときに魔獣をここに入れるのもダメって。

 その代わり、あたしたちに別の空間魔法を教えてもらえることになったの」


 そ、それは……。みんな魔力すごいもんね。ちょっとうらやましいです。



「ソルちゃんも入れるけど」

「ソルはいいの。あの子が木をけがすようなことするわけないじゃん」

 それは間違いない。


 ソルちゃんは穢れを祓う聖獣様なのだから。

 あっ、モカもそうだった。

 モカが親しみやすすぎて、つい忘れちゃうけど。



「ここよ」


 目の前には1本のりんごの若木が立っていた。

 その根元にちいさな、思っていた以上に小さな胞衣えなに包まれたシーラちゃんがいた。


「本当は埋めて木の根に触れている方がいいの。その方が早く力が行き渡るから。

でもシーラが無事なことをエリーに見せてからがいいと思ったの」

「ありがとうモカ」



 私はシーラちゃんに近づいた。

 透明な胞衣の中で前と同じ白銀に輝くうろこに蝙蝠の薄絹の羽なのに、前とは全く違うとても小さなとぐろを巻いていた。


 あの3メートルもあったシーラちゃんがここまで小さくなるなんてどれだけの魔力を私につぎ込んだんだろう?

 本当に命がけで私を助けてくれたんだ。



「触れても大丈夫かな?」

「エリーなら大丈夫。ぼくが触ってもいいくらいだから」

 それはドラゴ君は未来の旦那様……候補だもの。


 片手に余裕で乗る小さな胞衣の中でシーラちゃんは眠っていた。

 私がそっと胞衣に頬ずりすると、ウトウトしていたシーラちゃんは一瞬だけ目を開けた。

 シーラちゃんは私だと気づいて安心したようにまた眠った。



 右目は前と同じ3色にくるくる変わる瞳だったけど、左目は紫色だった。

 私にはその目に見おぼえがある。

 ロブの色だ。

 まさかそれ、ロブの目なの?

 ロブ、目の片方を失しちゃったの?


 私の心臓にシーラちゃんの片目があるからだ。

 どうしよう……。



「エリー」

 ドラゴ君の声で我に返ると、モカがりんごの木の根元を小さなスコップで穴をあけていた。


「エリー、そのままシーラをこの穴に入れるよ。

 大丈夫、この胞衣はぼくとウィル様の特製だから。

 ちょっとやそっとの攻撃じゃ破れないよ」

「うん……」


 私はモカの穴にシーラちゃんをできるだけ優しく置くと、リンゴの根が伸びてきて、シーラちゃんの胞衣を守るように包んだ。


「ちょっとしばらくは会えないけどね。この木は『へスぺリデスのりんご』と言って不老不死になるりんごの実がなるんだ」

「不老不死?」

 そ、そんなすごいのここにあっていいの?



「でも食べちゃダメだよ。これは神様への捧げものなんだ。

 食べると不老不死にはなるけど呪われちゃうからね。

 ここに植わってるのはモカの庭師根性のせいなんだけどさ」

「珍しい植物を見るとつい植えたくなっちゃって」


 モカはてへぺろとしてかわいかったけど、うむむ。

 そんな大切な木を絶対簡単に植えちゃいけないはず。

 苗木をもらえるとは思えない。


 まさか、泥棒? 

 許可取ってないのによその庭の枝持って帰るヒト、たまにいる。

 でもマスターがご存じだから大丈夫かな。



(モカおねーちゃんはちょっとよくばりなの。

 おかーさんがしんぱいするから、これからはやめてほしーの)

「ミラ、わかってるってば」

(モカおねーちゃんのわかってるは、あやしーの)


 あれっ?今のは?



「ねぇミラって私のこと、おかーさんって呼んでるの?」

「そうだよ。ミラはエリーの目とミラの目が同じ色だから、おかーさんだって思ったんだよ。

 エリーもしかして、ミラの言葉聞こえるの?」


「ミラ、もうちょっと喋ってみて」

(おかーさん、ミラの言うことわかるの?)

「わかるみたい」


(ミラ、おかーさんがミラの言うことわかったら、言いたいことがあるの)

「なぁに、ミラ」

(ミラ、おかーさんがだいすきなの。

おかーさんのところに生まれてきてよかったの)

「ああ、ミラ。私も大好きよ。私のところに生まれてきてくれてありがとう」


(シーラおねーちゃんのことはだいじょうぶなの。

 ドラゴおにーさまも、モカおねーちゃんも、モリーも、ミラも守るの)

「うん」

 ドラゴ君って、おにーさまって呼ばれてるんだね。


(おかーさんはミラが守るの。ミラはそのために生まれてきたの。

 だからなにがあってもミラだけはおかーさんのそばにいるの)

「ミラ……」

 私はミラを抱き上げて、彼女のなめらかな毛皮に顔をうずめた。


「ミラだけじゃないよ。今回は失敗したけどぼくもいるよ」

「そうよ、あたしだってやるときはやるわよ」

 モリーもフルフル多めに揺れた。



「みんなありがとう。

昨日はつらいこともあったけど、ミラの言葉がわかるなんて本当にうれしいわ」

「きっとシーラのおかげだね。シーラは心話が得意だったから」

 ああ、シーラちゃん。あなたの愛を感じます。


「もうちょっと心話が育てばモリーの言葉も分かるよ。モリーはまだ幼いから心話のスキルが育ってないんだ。エリーに同調することが出来ればいいはず」


 がんばります!と言わんばかりにモリーは飛び跳ねた。

 私も頑張るね。



「ドラゴ君、シーラちゃんの目の色……」

「あっ、気づいたの?

 あの目はロブが自分の目をシーラにあげたんだ。

 シーラが二つとも目を外したら見えなくなってしまうから。

 彼らはエリーのために自分たちの命を捧げようとしたんだ」



 私が気づくまで黙っているように、ドラゴ君はロブにお願いされていたそうです。

 今、ロブの目にはマスター特製の義眼が入ってるんだって。

「むしろ前より見えるから、くらくらするって言ってたよ」


 人間の目に合わせるのって難しいそうです。

 マスターは何でもお見通しだもんね。



 ヴェルシア様、私は本当に幸せ者です。

 ロブのことは悲しくて寂しいけれど、また再会できることを願ってみんなと生きていきます。


 どうかロブの無事と幸せを。

 そしてシーラちゃんが早く魔力を取り戻せますように。







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モカがヘスぺリデスのりんごを入手したいきさつは、こちら↓


「Holy night」

前編)


https://kakuyomu.jp/works/1177354054893085759/episodes/1177354054893085991

後編)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893085759/episodes/1177354054893086337



ミラが生まれた時に思った話はこちら↓


「ミラの使命」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893085759/episodes/1177354054894167432


リンク修正しました。間違えて申し訳ありません。

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