第231話 モカ、お届け物をする


 エリーの判断で、あたし自らレオンの元にタリスマンを届けることになった。


 大丈夫かなぁ。

 エリーはレオンのこと信じてるけど。

 まぁあたしもレオン好きだけどさ。



 エリーが小さな持ち手付きの籠に、あたしにタリスマンと手紙を持たせて入れてくれた。

(じゃあ、エリーいってくるねー)

 ソルがエリーに挨拶する。

「ソルちゃん、モカをよろしくね」

 エリーたちが手を振る。


 あたしはソルに確認した。

「ソル、これからは心話だけだからね」

(わかったー)



 するとソルは籠の持ち手ではなく、あたしの首輪にくちばしをひっかけて転移した。

 そこ、ちが~う!


 よかったぁ、タリスマンと手紙抱えてて。

 フッ、デキるクマは違うからね。



 転移場所がわかっているせいか、レオンの家にはすぐについた。


 まだ2月なのにバラが咲いている。

 樹魔法を感じる。

 ここは精霊に愛された家なんだ。



 ソルは何の許しもないのにそのまま家の中に入っていった。


「ソレイユ様、またいらしてくださったのですか?」

 あっ、レオン。

 今日も美人だな。



 ソルは黙って、嘴にひっかけたあたしをレオンの前に差し出した。


「モカ? モカなのか?」

 レオンは思わずあたしを受け取ってしまうと、ソルはそのまま帰ってしまった。

 あたしは手紙とタリスマンをレオンに差し出した。




 エリーの手紙はこうだ。



 レオンハルト様


 事情はソレイユ様から伺いました。


 これまでの感謝の意を表すため、お兄様に病気快癒のタリスマンを差し上げたかったのですが、私も名前を明かしたくありません。

 それで私の大親友に託したこのタリスマンはお貸しします。

 タリスマンはお兄様の、大親友はレオンハルト様のお心を慰めることでしょう。


 大親友は迎えをやりますのでご心配なく。


                         あなたの生徒より





 エリーの読みは見事に当たった。



「困った子だ。しかしモカを無視するわけにもいかないし。

 そうだ。これはもらったのではなく、借りたのだ」


 まぁレオンの心の中で折り合いがついたならいいか。



 レオンは私をキュっと抱きしめて、タリスマンを持ってお兄様の元に向かった。

 レオンのお兄様のいる2階はもうすでに瘴気が立ち込めていた。

 やだー、なんかヤなこと思い出した。


 あたしがちょっと身構えたのにレオンは気が付いたようだ。


「すまない、モカ。我がミレイ家は水属性の精霊様が宿る家柄なのに。

 精霊様には庭のバラ園にしばらくいてもらうようにお願いしたのだが、もしかしたら我が家を嫌って出て行かれるかもしれない」

 ああ、だからバラが咲いていたんだ。



 レオンがドアをノックしたが、誰も返事しない。

 瘴気で聖属性をもつレオンしか近寄れないのだという。


「兄上、レオンです。今日はわが友より素晴らしいお守りをお借りしました」

 熱病だと聞いていたのに、ガリガリに痩せている。

 呪いのせいで命を吸われているんだ……。


 そしてレオンのお兄様が息も絶え絶えに返事をする。

「れ、レオ……。わた……のこと、もう……いい」

「ダメです。兄上が元気でいて下さらなければ、私は教会に戻れないではありませんか?」

 レオンがわざと茶目っ気たっぷりに話す。


 もちろんレオンが教会に帰りたいのは本当だけど、お兄様に生きて元気になってほしいと思っていることがよくわかる。



 大丈夫よ! レオン。

 このタリスマンはあたしに、エリーに、ソルに、モリーに、あたしの甥っ子まで関わった最高品質だからね!

 神レベルよ!!!



「さぁ、兄上。首に掛けますよ。紐が長いので、きつくありませんからね」

 レオンは椅子にあたしを座らせて、お兄様の首にタリスマンを掛けた。



 すると、効果は覿面てきめんだった。


 レオンのお兄様の陰に潜んでいた呪いが叫び声を上げて、どこかに飛んで行ってしまった。

 そしてその直後、別の部屋から女の叫び声が聞こえてきた。


 地獄の鬼にでもあったのかと思うくらいのすごい声だった。


 レオンのお兄様は意識を失ったようだが、呼吸は安らかだった。

 穢れが、呪いが去ったのだ。



 ちょっと神レべル、すごくね?


 レオンはお兄様が眠っているのを確認して、お兄様の汗を拭き始めた。

 ねぇレオン、さっきの叫び声いいの?


 でもレオンは我関せずと言ったていで、お兄様の面倒だけを見るのだった。



 しばらくして、この部屋のドアがノックされた。


「なんだ?」

「レオンハルト様、ご友人と申す、その……薄汚い男が来ておりますが」

「名は?」

「オスカーと」

「通せ」


「あの……しかし」

「オスカーはグロウブナー公爵家より神の道に入られた尊いお方だ。無礼は許さぬ」

「かしこまりました。それと若奥様のことなのですが」

「ああ、兄上の呪いはあの女だったのか」

「そのようです」


 どういうこと? レオンは呪いのこと知ってるの?


 するとこの部屋にオスカーという、確かにどろどろの格好をした男が現れた。

 頭から薄汚い真っ黒なフード付きローブを被り、口元も布で覆っていて怪しい気配を漂わせていた。

 この姿で聖職者って無理じゃね?


 でもよく見ると持っている杖、長めのメイスだ。

 このヒト、バトル・プリーストなんだ。

 てことは祓魔士エクソシストかな?



 そしてフードと顔を覆っていた布を取り去ると、なぬ~!


 な、なんという美形!

 し、しかも紫と金のオッドアイだとぅ~!!


 さらりとしたストレートの銀髪を後ろで軽くまとめただけなのに、首筋から漂う男くささと色香にハートを鷲掴みにされた。

 こ、これは鼻血ものだわ。

 誰よこれ!

 こんなヒト、『アイささ』にいなかったよ!



 今のリカルドやサミーがまだ子供だから醸し出せない男の色気に、あたしは……もうノックアウト。

 ごめん、2人も大好きだよ。

 でもねー、男はやっぱ色気だよねー。



 するとその後、もっと最高のことが起きた。


「オスカー」

 レオンが見たことのないほどの笑顔で彼にハグを求めたのだ。


 2人は抱き合って、微笑み合っていた。

 キュウ~、バタン。

 あたしは椅子の上に倒れ込んだ。

 鼻血モノではなく、失神モノでした……。


 でも何でバタンキューなんだろ?

 心臓がキューっとなるから、バタンと倒れるのにね。



「それで? どうなったんだ?」

「実は教え子から聖属性のタリスマンを貸してもらってな」

「教え子のタリスマン?」

「それを使ったら、兄上の呪いが掛けた本人に返っていった」

「なるほど、だからこの部屋でなく瘴気が1階の奥から感じるのか」


「聖属性である私が呪いの存在に気が付かないと思うなんて、愚かしいにもほどがある。だが私には撥ね返す能力がない。

 だから祓魔士ふつましである君に来てもらったのだ」

「俺の仕事はもうないのか?」

「いやあの女を司法に掛けねばならないし、この家にあのような穢れた存在を置いておくことなどできない。悪いが片付けてくれないか?」

「構わんが……」

「どうした?」

「あそこでぺしゃんこになっているクマが気になるんだが」


「ああ、モカという。私の教え子の従魔だ。私が一度彼女のタリスマンを返したので受け取らせるためにモカを一緒につけてきたのだ」

「ほう、彼女とな」

「おかしな風に思うな。まだ10歳、いや11になったのかな。

 それくらいの幼い子だ」

「女の原型は出来るころだ」

「そうだが、普通の少女ではない。ラインモルト様はもしかしたら称号が現れるのではないかとお考えで、私に音楽を教えるようにご命令された」


「そうか、ならば楽器が違うのではないか?

 レオンもパイプオルガンに出会うまでは普通の祈りしか込められなかった」

「そうかもしれない。だがフルートの上達がとても早くて1年も経たないのにホーリーナイトでソロを任せられるほどなんだ」

「それはすごい」


「しかも聖女ソフィアと親しいそうだ」

「なるほど、同じあるいは近い使命を負っている者同士は惹かれ合うからな」


 なんかエリーの話、ヤバい感じ?



 するとあたしはレオンに抱き上げられた。

「モカ、来てくれて本当にありがとう。名乗れない私の生徒にも礼を言ってくれ」

 あたしは頷いた。


「やっとモカのお腹にスリスリできる」

 そう言ってオスカーという人の前なのに、レオンはあたしのお腹に顔をくっつけてスリスリした。

 あたし猫じゃなーい!



 そうなのよ、レオンのところにお泊りした時もコレされちゃったのよ。

 でも気持ちいいよね。お腹って。


 うっうっ、あたし前世でも男の人にお腹なんか触れらたことなかったのに~!


 もうお嫁に行けないかも……。

 レオンに責任……取れないじゃん! 聖職者。



「お前、マジでそのクマ好きだよな」

「ああ」

 レオン、お腹堪能中。

 あたし、されるがまま。


 やっぱお嫁いけない!

 でもクマと結婚? ちょっと考えられない。そこまで魔獣化してない。



「せっかくお前に会うからクマ型のクッキー買ってきたんだが」

「なんと! では穢れを払ってから、いただくとしよう」


 レオンのお腹スリスリが終わったのであたしは解放された。

 ふたりは出て行った。

 悪人の穢れを払いに行ったのだろう。



 フフフ、このあと2人の愛のティータイム……楽しみ♡



(モカ~)

 えっ? ソル?


(どうしたの?)

(おわったみたいだから、むかえにきたー)

(これからがいいとこなのよ)

(モリーがね、はやくつれてかえってって~。

 なんかミラちゃんが、モカがワルイことかんがえてるって、いってるからーって)


 なんなの? ミラのBLセンサー、神なの?

 こんなに遠くにいるのにわかるなんて!


(だめよ、あたしには見届ける使命が!)

 というのと同時に、ソルに転移されちゃった。


 うっうっ、タリスマンの回収、忘れちゃったよぉ。



 エリーがにこやかに、

「お帰り。お疲れ様、モカ」と抱っこしてくれた。


「あのね、エリー」

「うん」

「あのね、レオン大丈夫だったよ。

 それにレオンの友達が来て、後始末もしてくれるの」

「そう、よかった」

「でもタリスマン忘れちゃった」

「いいよ。元々レオンハルト様に差し上げるつもりだったし」



 もう~~~! オスカーの話がしたいのに、BLセンサーが神なミラがいるところじゃはなせないよぅ~。


 でもいいんだ。

 今日は楽しい夢が見れるもん。



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 レオンとオスカーのハグはただのあいさつ程度で、普通の人が見たらBL要素皆無です。

 二人は同期の幼馴染で大親友です。 


 モカのお腹に顔をうずめるのは、ぬいぐるみのお腹に埋める感じです。

やらしくないです。むしろ元人間って知ったらレオンハルトのショック甚大です。



 モカの思い出していたヤなことのお話は、SSの「Holy night」の後編に載っております。

 英語タイトルですが、本編にホーリーナイトという題名を使いたかったので、この表記になっただけでかっこつけではありません。


 まだお読みでない方は前後編でお読みくださると嬉しいです。


(前編)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893085759/episodes/1177354054893085991


(後編)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893085759/episodes/1177354054893086337






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