第232話 代替わり


 モカの活躍のおかげで、レオンハルト様のお家騒動は無事済んだ。



 女子寮の休憩室ではこの話で持ちきりだった。

「何でも妻の仕業だったそうですわよ~」

「でも男爵夫人から伯爵夫人になると伺いましたわ。よろしいじゃありませんか」

「夫が死ねば、あの、国教会で最も美しいレオンハルト様が還俗して帰っていらっしゃいますもの。その妻の座に収まるつもりだったようですわ」


「まぁ何てこと!そんな汚らわしい女とあのレオン様が?」

「でもレオン様には親友のオスカー様がいて、助けに飛んできてくださったそうなの」

「オスカー様って、グロウブナー公爵家の方でしたかしら?」

「そうですわ。光と闇の祓魔士ふつましのお名前で呼ばれていらっしゃる、大変お美しいお方だそうですの」


「あら、でもレオン様ほどの方はなかなかお見えにならないわ」

「それが並び称されるほどの美貌だそうよ。戦いに身を置いてらっしゃるから、身なりは構われないそうだけど」

「それでしたら、お二人が並んでらっしゃるところをお目にかかりたいですわ。

 もちろん盛装でね」

「わたくしも」

 うふふと令嬢たちが含み笑いをする。



 それ以上、詳しくは聞けなかったけれどモカの話とほぼ一致する。

 私のタリスマンの話が出ていなければそれでいい。



 私がこの場にいたのは、リリー寮長から紹介したい人がいるからここにいてと声を掛けられたからだ。

 しばらく待っているとリリー寮長はいつものお姉様方と、1人知らない騎士学部ではなさそうな、でもきりりとした女性を連れてきた。



「トールセンさん、紹介するわ。彼女はステファニー・メイナード伯爵令嬢よ」

「エリー・トールセンと申します」

 普通は身分の高い方に低い方を紹介すると思うのだがといぶかしんでいたら、

「ファニーでよくってよ。わたくしは来年からこの寮の寮長になりますの。よろしくね」


 ああ、そうか。リリー寮長たちはご卒業されるのだ。

 うむ、それならば身内の方を紹介するな。



「あなたのことは先輩方やニコルズさんから聞いているわ。いろいろ大変みたいね」

「ご迷惑をおかけしないよう日々努めますので、どうぞよろしくお願い致します」

「そうしていただけるとありがたいわ。

 わたくしは文官学部で宮廷女官を目指しています。わたくしの仕切る寮で問題が起こると将来に差し障るの。お判りいただけるわね」

 私は再度、努力するというしかなかった。


 苛めは自分ではどうすることも出来ない。

 転校したくても出来ないからだ。

 そして勉学を怠ることは出来ない。

 従者として雇われているクライン家の名誉を傷つけることになるし、『常闇の炎』の役に立つという目的も遠ざかるからだ。



「もうファニーったら、そんなに言うと威圧的よ」

「きつかったでしょうか? リリー先輩」

「トールセンさん、この子こんな感じだけど、悪意はないの。慣れない人間にはいつもこうだから。女官を目指すなら、もっと好感のもてる態度でいなきゃ」

「なかなか難しいですわ。

 私としては花形官僚になりたかったのですが、性別が阻みますもの」

「あなたがもう少し戦えたなら、是非騎士学部で戦略科に入ってほしかったのに」

「運動能力の低さは今に始まったことではありませんわ」



 リリー寮長とファニー様のやり取りを見ると、さほど悪いヒトとは思えなかった。


 ドラゴ君から珍しくファニー様にご挨拶する。


「ぼくドラゴ。エリーの従魔だ。後ろにいるのはモカとミランダ。

 もう1匹いるけど、ソレイユのお気に入りだからそこにいる」

「あなたたちのことは伺ってますわ。大変すばらしい従魔たちだと」

「ありがと。リリーは寮長じゃなくなるの?」

「そうなの。わたくしは卒業して王宮で騎士勤めよ」



 リリー寮長は前評判通り、姫騎士になられるのだ。

 王妃様付と聞く。


 他の方々も、傍流の王族や上位貴族に仕えることになったらしい。

 なぜか皆様ご結婚はすぐにはされないという。


「ドラゴ君に会えなくなるなんて、寂しいわ」

「ぼくからは行けないから、学校にきてよ。ぼくはエリーの側にいる」

「忘れないでね」

「多分、人間の方が忘れる。人間は忙しいから」

「忘れたりなんかしないわ!」


 リリー寮長が目を潤ませている。

 ドラゴ君、大好きだもんね。



 ファニー様はモカとミランダをじっと見て、

「触ってもよろしくて?」

 私が二匹に確認して、いいと伝えると初めはモカをキュっと抱きしめていた。

 うん、モカはすごく抱きしめたくなる。


 でもミランダが「みぃ」と椅子の上で長々と体を伸ばしたままこちらを眺めると、

「ヤダこの子、かぁいい~」

 あれっ?

「おいでおいで」


 でもミラが近寄ったけど、フンっと言わんばかりに尻尾でファニー様の足をぴしりと叩くとこっちに戻って来た。

「つれな~い」と悶えた。



 ああ、リリー寮長の同類だったんですね。


 ファニー様は、どうやら冷たくされると燃えるタイプだ。

 何だかミランダが自分の求愛者を翻弄する美女に見えてきたわ。

 つれなくしながらも、決定的に嫌だというそぶりはしない。

 勉強になります!


 次の寮長さんもいい人そうでよかった。

 ファニー寮長、よろしくお願いします。



「それでね、わたくしたちのラストティーにあなたと従魔たちを招待したいの。

来てくださる?」

「でも普通は皆さま方だけでされるのでは?」

 最後のお茶会は気の置けない友人同士でするのが一般的だ。


「ドラゴ君にどうしても来てもらいたいの」

 あっ、はい。私がオマケなんですね。

「わかりました。それなら伺います。ドラゴ君、モカ、ミラ、いい?」

「ぼくはエリーの行くところに行く」

 モカもミラも頷いてくれたので、決まりだ。



 それで、リリー寮長たちのラストティーに行くことになった。

 でも皆様が卒業されるなんて、ちょっと寂しいです。





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