赤い薔薇

@sdaiki

2つの指輪

「ごめん! また明日から入院することになっちゃった......」

「わかった、待ってるよ」

「うん! すぐ戻ってくるね」


そう言うと、沙耶は小さく手を振って小走りで家に向かった。僕は反応できず、小声でさよならを告げた。しかし、彼女はそれに気づかなかった。


それから二ヶ月後、蝉が鳴き始めた頃に彼女は亡くなった。通夜には沢山の人が参列した。彼女は決して人気があったわけではない。寧ろ、その逆である。入院と退院を繰り返すうちに、彼女は学校行事に顔を出すことが次第に難しくなり、内気な性格も相まって、多方面の人々に嫌われていた。それなのに、涙する者さえもいた。


彼女が入院するようになったのは2年前の夏だった。その日も今日ぐらい暑かった。当時は彼女に質問攻めをしたが、結局、病気のことは一切僕に教えてくれなかった。彼女なりの優しさだったのだろうか。


「圭ちゃん、今日は来てくれてありがとう、きっと沙耶も喜んでるわ」


後ろを振り返ると、沙耶の母親がいた。頰がこけてやつれた姿は、以前の彼女とは別人のように見えた。


「お久しぶりです。二ヶ月ぶりですね」

「そうね......。あの子とも二ヶ月ぶりね」


会場の最前列に置かれている棺に青白くなった沙耶が入っていたことは、お焼香の際に確認した。


「沙耶がどうしても、圭ちゃんに渡してほしいって言ってたの......」


突き出した彼女の右手には、少し錆びた赤色の指輪があった。


一瞬、何のことだ、と呆気にとられたが、すぐにその見覚えのある指輪に視線を落とした。


「これって、あの時の指輪か......? 」

「心当たりがあるの......? 」

「はい、この指輪は、小学生の時の宝物だったんです」


そう、この指輪は沙耶と小学生の時に夏祭りの屋台で貰ったものであった。


「......坊主、この指輪は二つで一つだ。青色は未来、赤色は過去に、二回ずつ行くことができる、どうだ、買うか? 」


オレンジのバンダナを巻いたオッサンは、調子良くセールストークを始める。


「やけに胡散臭いな......」

「ガハハ、全然信じてねえみたいだな 」

「いいじゃん、買ってみようよ」

「えー、しょうがないなぁ」

「よし、そうと決まれば、持ってけドロボー、嬢ちゃんに免じて無料でやるよ! 」


オッサンは青色を沙耶に、赤色を僕に渡した。


「まいどあり! 」


そう言って、僕たちの背中を押して大きな通りに追いやった。少しして振り返ると、オレンジのオッサンはいなくなっていた。


「圭ちゃん、おばさん、これから忙しいから行くね」

「指輪ありがとうございました」


僕はおばさんに軽く会釈をして、家へ帰った。

ベランダに出て、月に照らされてキラキラ輝く指輪を手のひらでコロコロ転がしていた。

 そして、一つの疑問が頭に浮かんだ。

「そういえば、なんで沙耶が赤の指輪を持っていたんだろう」

それを考えながらベッドに戻り、僕はなんとなしに左手の薬指に指輪をはめた。二、三分ほど経っただろうか、急な眠気に誘われ、そのまま意識を失った。


次に目を覚めた時は、朝になっていた。そして、デジタル時計には一年前の日付が表示されていた。


「嘘だろ......、本当に戻ったていうのか!? 」


僕は、今起こっていることを到底信じることが出来なかった。しかし、これがもしも現実なら、沙耶と会って話してみたい。そう思うと居ても立ってもいられなかった。


自室から出て、玄関に向かった。一年前から履いていたお気に入りのスニーカーを探したが、見つからなかった。仕方がないので、小汚いランニングシューズを履いて、急いで家を出た。


「すみません! 沙耶は今日来ていますか? 」

「いらっしゃいませ! ってあれ? 圭ちゃんじゃん、......どうしたの? 」


厨房から出てきた中華服を着たおじさんは、驚いた顔をしていた。このお店は、沙耶と小さい頃からよく来ていた中華料理屋だった。


「それで! 沙耶は今日来ていますか!? 」


声を荒げて、もう一度聞いた。怒っているわけではないが、ここまで、必死に走ってきたせいで声のコントロールは出来なかった。


「まだ来てないよ。でも、君たちは......」

「そうですか、ありがとうございました」


おじさんの言葉を遮って、店を出た。この店にいないとなると、沙耶はどこへ行ったんだろうか。


「よし、手当たり次第探してみるか......」


そこから僕は、沙耶が居そうな場所を1つずつ回っていた。図書館、ゲームセンター、喫茶店、ショッピングモール、どれもが僕と沙耶の二人で、

出かけた場所だ。


しかし、どれだけ探し回っても沙耶の姿は何処にも見当たらなかった。もう既に、辺りは夕日に染まっていた。


「くそっ! どこに居るっていうんだ、あと何処か行きそうなところは......、あっ! 」


大きな声を出してしまい、周りの目を引いた。しかし、そんな事を気にしている場合じゃない。そして、僕は目的地へと一目散に走っていった。


気づくと、僕は中学校の前にいた。そう、僕と沙耶が通っていた学校だ。外からでも部活をしている人たちの声が聞こえた。


「......伊藤圭君? いや、ご兄弟の方ですか? 」


後ろを振り返ると、中一の時に担任だった渡辺先生が不審そうな目でこちらを見ている。すぐに都合の良い返事を考えて言った。


「こんにちは、先生。いつも弟が世話になっています」

「あっ、やっぱりご兄弟の方でしたか。こんにちは。ところで、本校に何の御用ですか? 」

「山本沙耶さんはおられますか? いるなら呼んできて欲しいです」


しばらく返答を待っていると、彼女は不思議そうな顔をして首を傾げた。


「えっと、中学三年生は、今朝から修学旅行なんですけど......。もしかしてご存知なかったんですか? 」

「え......」


理解するのに少し時間がかかった。そういえば、確かに去年の今日、修学旅行で東京へ行った。それなのに、今まで全くもって気づかなかった。


「そうでしたね、今、思い出しました。ありがとうございました......」


覚束ない足取りで、僕は先生の前から静かに遠ざかっていった。先生は後ろで何か言っていたような気がしたが、僕は聞こえないフリをした。


しばらく歩いていると、見慣れた景色が目の前に現れた。


「この公園は......」


端にあるベンチ以外は特に何もない、殺風景な公園だ。でも僕にとっては、いや僕達にとっては大切な、大切な公園だ。


「学校帰り、よく沙耶とベンチに座って、たわいもない話をしてたよなぁ」


ベンチに腰掛け、独り言を放つ。行き場の無い声は、静かな公園に寂しく響いたような気がした。


修学旅行は、3泊4日だ。だから少なくともあと4日は沙耶と会えない。それまで、どうやって過ごせばいいんだろう。無一文でこっちに来たので泊まる場所も、ご飯を食べることもできない。


「一体どうすりゃいいんだよ」


重ねた手を額に当てて両肘を膝に置いた。首はだらんと垂れて、なんとも情けない男の姿が公園にあった。そして、どれだけ考えても良案は出てこなかった。


「もしかして、圭ちゃん? 」


聞き覚えのあるような声がした。頭をあげると、そこには少し幼い沙耶がいた。


「なんで......。修学旅行に行ってるんじゃ......」

「そうだね、一年後の私達は、修学旅行に行ってるみたいだね」

「何を、言ってるんだ? 」


呆気にとられて、状況が飲み込めず、口を開けたまま数秒が経った。しばらくして我に帰り、彼女の左手の薬指を見ると、なんと青色の指輪がはめられていた。そして、彼女は恥ずかしそうに手を胸の前にやり、指輪を優しく撫でながら話し始めた。


「私ね、明日から入院で、余命が半年って、お医者さんに言われたの」

「それで一年後、圭ちゃんはどうしてるんだろう、て心配になって、見に来たの」

「そう......か」


目の前で淡々と話す彼女を見て、ようやく声を出すことが出来た。そして、自分は一年後から来たということを彼女に話した。すると、彼女は悲しそうな顔をした。


「2年後の圭ちゃんか......。て、ことは私、本当に死んじゃったのね」


 彼女は悲しそうな顔をした。


「でも、凄くない? 余命半年って、言われて2年間も生きたんだよ」


 彼女は笑顔で言った。そして、それが強がりだということは、すぐに分かった。


それから、自分達の近況を互いに話した。彼女が知らない2年間の出来事と、僕が知らなかった病気の話をした。しばらくすると、二人は沈黙を続けた。そして、彼女はある事に気付いた。


「どうやって帰るの? 」


彼女の言葉で気づいた。帰ることなんて、毛頭考えていなかった。それから、しばらく二人は考えた。すると、同じタイミングで顔を見合わせた。


「「そうだ! 」」


二人は、向かい合った。


「昔から、ずっと好きだったんだ」


今まで、ひた隠しにしてきた想いをのせて、自分の薬指にある赤色の指輪を外して、彼女の指に通した。

 

 「えへへ、私も圭ちゃんのこと、だいすきだよ」


そして、彼女も同じように、はめていた青色の指輪を僕の薬指にはめた。


「なんだか、結婚式みたいだね」


彼女の赤い頬には、一筋の涙が伝った。すると、段々、彼女の姿がぼやけてよく見えなくなっていった。


そして、目の前が真っ暗になった。


「......うぅ」


気づけば、自室のベッドで目を覚ました。時計に目をやり、ひとつため息をついた。


さっきまでの事は現実だったのだろうか。それとも、彼女欲しさで見た夢だったのだろうか。赤ではなくなった薬指の指輪は、月明かりで蒼く輝いていた。


「あぁ、そういうことか」


僕はニヤリと笑った。







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