重夢

ko_ki

第1話 店主

「夢を探しに行くよ。」

彼はそう言って街を出た。通い慣れたあの道も、よく缶コーヒーを買った自販機も全て捨てて。

でもいい。大切な彼の夢が叶うのなら。

いいや、もう叶ったのか。

夢を探したい一心で大学へ行き、バイトへ毎日のように行ってお金を貯め、そして夢を探しに行ったんだ。

彼はその後どこか知らない場所でまた夢を見つけ、夢を叶えたのだろうか。

知らない。誰も。物知りだった先生だって、私の何倍も歳を重ねた喫茶店のおじさんでさえ。

でも一つ、彼に感謝しないといけない。

私に夢ができたのだから。ひっつき虫のように誰かについて行くのではなく、私に思考というものをくれた。

私はとてつもなく彼に会いたい、もう絶対会えない彼に。


四月四日。

彼がこの街を出て行った日、私もこの街を去ることにした。

今年でもう二十六歳になる。と、いうことはつまり彼がいなくなってもう四度目の春が来たのだ。早く、遠かった。

あの道、今はもう無くなってしまっているし彼の家だって。私の大好きだった喫茶店は二年前に閉店するし。

時間は新しい。人はモノを失いながら時間を感じている。「あれはもうない。」「確かにいたね、そんな人。」保存することは可能だが雨のように時は秒を刻む。新しい記憶が過去を消していってしまう。

だからこそ人は時間を常に見ているのだ。忘れる前に、残っている間に成し遂げられるように。

だから私は今日、彼を探しに行くのだ。

四年前、時を止めた彼に。


終わりを探そう。


いつだろうか、あまり覚えてないということはその時は興味がなかったのだろう。

なんでも、夢を叶えてくれる店が存在するらしいのだ。

胡散臭い話だが彼ならそこに向かうのだろう。そう考えながら見慣れない道をひたすら歩いた。


「ここ?」

朝出たはずが日はもう暮れかけていた。

住宅街から少し離れた線路沿いにその店は営われている。

少し古びた木の看板に『夢屋』と書かれている、あからさまと言えばそうなのだがこんな所にあるのだ。有名になるはずもない。

入ってみるだけの価値はあるな。

年季の入った木の取手に手をかけ、ゆっくりと横にスライドさせた。

ドアの開けづらい音。

埃っぽい匂いとコーヒー豆の香りが同時に私を包みこんでいった。

「すみま、せん。」

体を屈まさせて小さくそう言ってから店に入った。

ドア沿いに吊るされた季節外れの風鈴が静かに音を立て、それと同時に店主らしき人がこちらに気づいた。

「いらっしゃいお嬢さん。夢屋へようこそ。」


四年前彼はこの世を去った。

誰にも言わずに。

何も残さず。

いや、残った。残された人がいた。

それが私。

私という人間だったのだ、


「なるほどねぇ。辛かっただろうに。」

慣れた手つきでコーヒーを作ってカウンターテーブルに置いた。

「あの、私、コーヒー頼んでないです。」

すると店主はぎこちないウィンクをして見せた。

「今日は嬢さんにサービスだよ。」

五十代くらいの男性。この人が店主らしいのだがそれといった特徴が無かった。

店主の様子を伺いながら軽く会釈をした。

夢を叶えてくれるというのだから私のイメージでは、

長く伸びた顎髭。

八十歳くらい。

怪しげな雰囲気。

それに比べてこの店主は、

黒いチョビ髭。

ひょろい。

信じがたい。とても信じがたい。本当にこの人は夢を叶えてくれるのだろうか。

「夢が叶う、か。嬢ちゃん。そんなズルい話があると思うかい?」

店主か鼻で笑う。

いや、どちらかと言うと失笑に近いのか。それこそ夢を叶えてくれそうな不思議な雰囲気を見せた。

不思議。否、恐怖か。

確かに馬鹿げている話だ。どう考えてもフィクション小説、ファンタジー映画でしか聞かないような内容だったからな。

「それこそ君は夢を見ていたのだよ。」

上手いこと言った、風だ。店主が言う夢は叶える夢ではない。ノンレムではなくレムの方だ。

なら夢を叶えてくれるなんてデマ、一体どう流れたのだろうか。『夢屋』という名前だけが一人歩きしただけなのか。

いや、そうじゃないよ、嬢ちゃん。と、言いたげな顔をした店主は口を開いた。

「ドラえもんだと考えてくれたらいい。」

ドラえもんだと考えてくれ?このおじさんをそう見る事は難しいね。

いや、無理な話だ。

外見をそう見ろと言っている訳ではないことは承知している。しかし猫型でも狸型でもロボットでもない、お腹にポケットが、いや、横から手を入れる系のポケットは付いているが何かを取り出せるはずがない。

「違う違う。そうじゃない、そういう事ではなくてね?お嬢ちゃん。キャラクターで考えるのではなくて、ストーリーで考えて欲しいのだよ。」

と言うとつまり。ドラえもんで考えず、クズ男のび太、金持ちスネ夫、ガキ大将ジャイアン、マドンナしずか、全てひっくるめて考えるという事か。

「でもわかりません、店主。どういう事なんでしょうか。」

質問をするとあたかもそう聞かれるのがわかっていたような顔をした。いや、もう決まっていたのか。きっとここに来た人は皆同じ会話をしているんだ。

いや、そうなるとこの会話は会話では無く台本のあるような芝居になるのかな。

「難しい話だからねぇ。しかしわからない話なのかもしれない。ある人にはドラえもんがのび太達の夢を叶えているように捉えるのかもしれん。だがあくまで私はのび太達が自分で夢を叶えているように見えるのだよ、便利な道具を渡された登場人物本人がね。」

なるほど、とはならない。でも理解はできた。それは、例えば国語の勉強、答えはいくつかあるのだが先生が言ったこと、模範解答に書かれている事を信じるかのよう。

簡単に言うと夢を叶える手伝いをしてくれるのだ。それはほとんど夢を叶えてくれる事に等しい、だから夢を叶えてくれる店だと広まってしまったのか。

「お嬢ちゃんにはこれを渡そう。」

店主が手に取った物は勿論秘密道具なんかではなかった。

『バク』

と書かれた一冊の本であった。

簡潔に言おうか。

店主は親愛なる隣人であった。

そう、単なる。

お人好しだ。

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