「彼女が“戦死”を連れてくる」

低迷アクション

第1話

「やっぱりあの話は本当だった…」


もう、何か“凄く絶望です”って感じの、正にJAPANの漫画ばりの戦慄顔ですね。

そんな顔で、私の同僚“桃子さん(とうこさん)”が呟きます。


おっと、紹介遅れました。私の名前は“ペイチェック”勿論、偽名。自身の“傭兵稼業”

での通称です。出身国くらいは言っても構わないでしょう。


スイス生まれです。第2次大戦の時から中立で有名な我が国ですが、

傭兵稼業をやってる人は意外と多いです。まぁ、中立という立場柄、緊急時は国民総動員で戦う訳ですから、マイホームには自動小銃やら、無反動砲が常駐してます。


ですから(?)私がこの稼業を選んだおおよその理由も察してくれると幸いです。


と言っても、これを読む皆さんが想像してる、アニメやゲームに出てくる、酒場で葉巻を吹かし、ナイフを弄っているような傭兵像と、私達は全く違います。


(余談ですが、私が日本のゲーム、漫画が大好きですので、たびたびこう言った表現を用いる事をご容赦です)


私達は“PMC(民間軍事会社)”に所属しています。これは過去の薄汚れた酒場で、

手配師達が前金と、死んでも一切の責任を雇い主が負わない紙きれ1枚で、

即戦線投入のような“エクスペンダブルズ(使い捨て)”のようなモノではなく、


きちんと雇用契約を結び、ボーナスや労災などを完備された。会社組織の傭兵部隊です。

近年の中東戦争などで、目立つようになったPMCですが、同業者が起こした

犯罪行為が多発し、オマケに軍法で裁けない事などが大きく報道された事もありました。


例え、会社管理されたとしても、所詮は傭兵。死亡率を少しでも軽減したい正規軍の弾避けポジは相変わらず変わりませんし、その大半が食い詰めモンの集まり。この辺りは昔から

同じです。


とは言え、正規軍が撤退しても、テロや戦闘行為が継続する地域においては、私達が必要であり、職に困る事はありません。これは混乱続く中東での仕事中に起きた出来事です…



その日、市街での外国企業の会合を護衛する事になった私達は、

半袖のTシャツに軽めのボディアーマーと短機関銃という、ラフな出で立ちで街角に

立っていました。


テロリストに武装勢力は、一般市民と何ら変わりない出で立ちで、突然の“攻撃”を仕掛けてきます。これには、どんな熟練の兵士でも対応出来ません。


いつ死が訪れるか?戦場と何ら変わりない空間で緊張する私の隣で

香りの良い匂い黒髪がなびきました。


「ペイチェック、会議は後10分で終わる。護衛車輌をビルの前へ誘導!ヨロシク。」


「了解!」


とても音色の良い声で話す日本女性、桃子さんの声に、私は元気に返答し、

移動を開始しました。


この稼業では珍しい日本人です。白く柔らかそうな肌に、まだ若そうな外見、総合して

何処か華奢な印象を見せる彼女ですが、


(概ね東洋人は皆、小柄で若く見えますがね)


過去の戦闘では、護衛車輌に搭載された12.7ミリ機関銃を操作し、敵車輌を退けた実績もあり、非常に便りになる傭兵です。


私個人としては、日本のアニメキャラのコスプレを是非してほしい事もあり、加えて

非常にGOODなプロポーション&容姿なので、何度も、それ込みの求婚を行っていますが、


氷のように冷たい視線で(その顔も非常に良いです!ご褒美です!)


「死ね、このОTAKU!野郎!」


との罵声を浴びせられています…


話を戻しましょう。無線で味方と連絡がつき、通行ルートの安全を確かめながら、桃子さんに視線を戻した私の動きはそこで止まりました。


彼女の傍に金髪の髪をなびかせた、ヨーロッパ系の少女が立っています。

(スイス系の私が見るに、東欧系の美少女です。)


相対する桃子さんは、まるで棒のように突っ立っていました。そんな様子の彼女を

見るのは始めて事です。


軽い砂嵐でザラつき、乾燥した町の中で、一際異彩を放つ、雪のような白い服を纏い、

おまけに裸足の彼女は、私の視線に気付いたのか?


桃子さんの耳元に一生懸命背伸びという、マジキュートな姿勢で何かを囁き、

そっと彼女の耳たぶを甘噛みし(不覚にも、この時、非常に興奮してしまいました。)


最後に素敵な笑顔とウィンクを見せ、人込みでごった返す通りに消えてゆきました。


私が駆け寄る音で、桃子さんは正気付いたといった感じになり、その後の業務を淡々と

こなします。ですが、一緒に働く私にもわかるくらい動揺していた彼女は、


ちょっとした手違いから利き腕を怪我し、ギブスの固定と三角巾を首から通す結果となりました。


勤務を終え、宿営地に戻った私は、冗談と本気半々の台詞をお見舞い手柄に、

彼女に送りました。


「桃子さん、隅におけません!あんなロリロリ金髪の彼女がいたなら、私に言ってくれれば

いいのに!そうしたら、プロポーズではなく、代わりに“二人は百合!百合!”フォトを

キボンヌしたものを~ですよー!」


そのおかげで、私の腹に、無事な方の左手でボディブロー(ご褒美です!)をしこたま

喰らった後、怒りと怯え浸透面の彼女から、


「あの子が見えたの?」


という質問が繰り出され、最初の台詞、


「やっぱりあの話は本当だった…」


に繋がりました。以下は彼女が私に語ってくれた内容になります…



  私(この私は桃子さんを指します。)の家は代々“兵隊”の家系でね。古くは

幕末の動乱から始まって、現在の私のように、何等かの形で皆、戦争に関わっている。

先祖代々ね。


あれは1922年の事だった。世界初の共産主義国“ソビエト”の発足を阻止しようとした、旧ロシア貴族と列強諸国の連合軍は“シベリア出兵”と呼ばれる派遣作戦を行った。


しかし、それは列強側の敗北に終わり、一緒に参戦した日本も随時、撤退を開始したのね。

私の何代目かのおじいさんも、その作戦に参加し、部隊最後のトラックに乗っていた。


後方から迫るソビエト側の赤軍を監視するように、鋭い眼差しを向けていた、おじいさんは、雪積もる白銀の大地の中で反射するように光る金色の光を見つけたの。


「車を止めろ!」


叫ぶ、彼の声に運転兵が慌てたようにブレーキを踏んだ。突然の急停止に同乗していた

兵士達が車内を転がり、中には携えていた銃に頭をぶつける人もいた。


「何事だっ!?」


部隊長がおじいさんに怒り心頭と言った顔で詰め寄ったわ。そりゃ、そうよね?

敗残兵を狩る敵はすぐそこまで迫っている。隊長としては、早急にここから離れる必要が

あった訳だし、何より、とても敵に怯えていた。


「隊長殿、民間人です!」


おじいさんが指さす方向には金髪のロシア娘が、この寒い雪の大地を、

裸足と白い寝間着一枚で、こちらに向かって走ってきていた。白い息と涙で汚れた顔を

両手で何度も拭うのと、こちらに手を振るを交互に繰り返し、一生懸命“助け”を

求めていた。


「白系ロシアの生き残りか?」


隊長の顔が曇った。白系ロシアってのは所謂、白軍。

列強側に味方した元貴族の人達ね。戦争の敗色が濃くなると皆、

ロシア国外に脱出したけど、一部は残って戦ったり、逃げたくても、逃げれなかった者達も沢山いた。


そういった人達の大方は赤軍に捕まり、拷問と虐殺で始末されたの。

彼等、彼女達に対する殺害方法は凄惨を極めたわ。当時の共産勢力にとって

(それ以降のソ連は知らないけどね)


宝石や金貨はまるで価値のないモノ、石ころ同然だった。おじいさん達が見てきた戦場では、お腹の中身を全部、掻き出され、代わりに宝石や金品を溢れんばかりに詰め込まれた晒し者にされた死体を多く見てきたそうよ。


女も子供も関係なく、同じように殺される。おじいさんは、それをよく知っていたわ。

だから、赤軍から逃げる彼女を助けようとしたの。だけど、隊長の言葉はそれに反するモノだった。


「運転兵!車を出せ!」


「ハッ、隊長殿!」


再び、エンジンを吹かす駆動音を聞きながら、おじいさんは血走った目に怒りを加え、

隊長に詰め寄った。


「ハッ?今、何とおっしゃいました?隊長殿?」


「車を出せと言ったんだ!あの子を乗せる事は出来ん!」


「何故です?彼等は同盟軍です!我が国へ連れていくべきです。

私は、そう言った例を多くみてきました。」


「それは、戦線がまだ、こちらに“優勢”だった頃の話だ。我々は負けた。一刻も早く、この国から脱出しなければならん。あの子を乗せてみろ!赤軍は追跡を諦めなくなるぞ?」


「しかし!…」


「タスケテ……タスケテクダサイ…オネガイ…」


部隊長とおじいさんが言い争う間に、トラックに追いついた少女が、車体後部にしがみつき、

か弱く細い手をこちらに伸ばし、片言の日本語で哀願した。

おじいさんが手を掴もうとする横で部隊長が悲鳴のような声を上げたわ。


「馬鹿者!何をしとるか?オイ、お前達、その子をひっぺがせ!」


部隊長の命令に、周りの兵士達が即座に行動し、華奢な彼女の手を振り払い、固い雪の地面に叩き落とした。おじいさんの怒りは頂点に達したわ。元々、義に熱い会津武士の家系、

幕末は五稜郭の戦いにまで参加し、最後まで幕府を守った血筋だったからね。


牡牛のような怒声を上げ、同僚の兵士達を投げ飛ばし、少女を引っ張り上げようとしたの。


「いい加減にしろ。」


冷たい声と一緒に、彼の頭に冷たい銃口が突き付けられたわ。振り返れば、部隊長が自前の

回転式拳銃をおじいさんに向けている。だけど、そんな事で怯む人じゃなかった。


「これが、天皇陛下の恩命賜りし、大日本国の軍隊ですか?年端もいかない娘っ子1人救う事も出来ない。弱き、もののふの、慣れの果てか?」


「彼女は日本人ではない。理解したまえ。隊長の責任として、祖国の兵を1人でも多く救出する事で、今作戦を完遂したい。どっちにしろ、トラックの定員を超えとる。

あの子を乗せる余裕はない。」


保身に走る事見え見えの隊長の言葉に(だって、そうでしょ?子供1人乗せる余裕のない輸送トラックなんてある訳ない。)おじいさんは一瞬目を伏せた後、何かを決めたという

表情で顔を上げ、部隊長“キッ”と見据えた。


「よくわかりました。隊長殿!要は子供1人を乗せる余裕が無いため、彼女を見捨てるという事ですね?」


「その通りだ!」


「なら、これで文句はありますまい。今の言葉、ゆめゆめお忘れなさるな!」


そう言うが早く、おじいさんは雪の大地に身を躍らせ、少女を救い上げると、


「もう、大丈夫だ。」


と笑いかけ、彼女をトラックに乗せた。


自分が身代わりになって、少女を救ったという訳ね。

周りの兵達はおじいさんを止めようとしたけど、その時にはトラックが発進していた。


彼は多分、助からなかったと思う。そのすぐ後を間髪入れずにトラックの居た場所に

敵の砲弾が何発も撃ち込まれ、いくつもの爆発を起こしたからね。


日本に帰還したトラックの生き残りから、おじいさんの息子、私のひいおじいさんで、

いいのかしら?その話を聞いたの。助けたロシア娘は、港に着いた時に、船からいなくなっていたそうよ…

  


それから、23年の時が経って、息子だったひいおじいさんは成長し、軍人になった。

彼は“太平洋戦争”に参加したの。場所は中国大陸、満州国所属の関東軍に入っていたわ。


終戦を迎えたのも、そこよ。敵はソ連軍。最も、撤退中の軍はほとんどの抵抗をせず、

民間人を置き去りにして、逃げていたみたいだけどね。


しかし、おじいさんの部隊は違ったの。まだ日本軍の手が及ぶ港に留まり、逃げ遅れた人達を1人でも多く、撤退する船に乗せ、後続を守っていた。あれは大方の任務が終わり、

残るは自分達の番になった時の事よ。


「軍曹殿!(ひいおじいさんの階級ね。)後方に避難民の一隊を確認。数およそ、12名」


長年の戦友でもある部下の声に双眼鏡を覗けば、こちらに走ってくる一団が見えた。

防災頭巾にモンペ姿の避難民の群れ。女に子供に老人、煤と垢に塗れた顔は、

後方から迫る敵に怯えていた。


ひいおじいさんは頭の中で目算を始めたわ。

元々、漁船を改造した船には、避難民で溢れかえっている。事実上、この大陸から逃げる

最後の便だったそうよ。


自分達も含め、恐らくギリギリ…完全に定員オーバーだけど、多分、何とかなるって所まで計算した彼は、突然、驚愕!?と言いった感じで目を剥いた。その様子に驚く部下の隣で、覗き込む双眼鏡がガタガタと震え出したそうよ。


「馬鹿な!ありえない…」


ひいおじいさんの絞り出すような声に、部下が避難民の群れを見た。

そこには見慣れた服装の日本人の中で一際目立つ。異常と言っていい。


金髪のロシア娘がいたの。白き衣服を纏い、裸足の少女。それは23年前、彼のお父さんが

助けた女の子、同僚の人が伝えてくれた容姿と一寸も違わない、全く同じ姿だった。


「軍曹殿…」


部下の人はひいおじいさんから、この話を聞いていた。だから、驚く彼の気持ちがよくわかったし、自分自身も驚いていた。確かに、この時代、白系ロシアの生き残りが中国大陸に

居た事はあった。


彼等は共産勢力を嫌い、関東軍や蒋介石の国民党軍に協力する動きを見せていた。だから、避難民の中に虐殺を恐れ、国外に脱出する人の中に紛れている事だって、

別段おかしくはないの。


でも、あの時は違った。実際に姿を見た事はない。だけど、聞いていた話と全く同じ容姿の

少女。確信はないけど、何処か運命的なモノを感じさせる少女の存在…


偶然?もしくは必然?全然わからない。そして、混乱するひいおじいさんの前を避難民達が通過し、問題の少女が傍を通った時、チラッと彼を見据え、呟いた言葉を、部下もひいおじいさんも聞き逃さなかった。


「マタ、タスケテクレマスヨネ?ヘイタイサン…」


立ち竦む彼等の前で少女は薄く、だけど、とても可愛く笑い、二人にペコリとお辞儀すると、船内に消えていった。出港を告げるエンジン音に、我に返った部下は、ひいおじいさんが

船を下りるのを見て、とても慌てたわ。


「軍曹殿!何をっ?」


その声に振り返った、ひいおじいさんの顔、後に私のおじいさんにその様子を話した部下の人は、忘れる事が出来ない程の“無表情”だったそうよ。

ボンヤリとした表情のまま、だけど、口調はしっかり、淡々と、ひいおじいさんは

彼に告げたわ。


「撤退する同国の臣民、そして、共に戦った同盟国人のため、自分は残る。後は任せたぞ。」


出港する船から飛び降り、手元の軍刀を抜いた、ひいおじいさんはゆっくりと歩いていった。

船が港を離れ、彼の姿が豆粒くらいになる頃、上空を通過した、ソ連のツポレフ爆撃機が

港を跡形もなく吹き飛ばしていったそうよ…



 ここで、一息を入れるように、額に手をやった彼女に、私より早く(悔しい!)飲み物を差し出す者がいました。桃子さんの話は、狭い宿舎内にたむろする同僚達を呼び寄せてしまったようです。


「実に興味深い話ですね。トーコ。そう思いませんか?“サージ”」


眼鏡をかけた細面のイケメン野郎“AⅮ”が同僚達に話を広げていきます。彼は、元々

何処かの海軍にいたようですが、傭兵に転職したインテリ軍人、その癖、腕も良いし、

お得意先の多国籍軍や国連軍と深いパイプを持つ嫌味な野郎です。


「戦場ってのは、不思議な事で溢れかえってる。ニカアラグァで一緒に戦った男は

自分が死ぬ日と何処に何発、弾が当たり、くたばるのかを予言していた。そして、それは

俺の目の前で実現した。」


神妙そうに語るブルドックみたいな強面と全身筋肉の塊ボディーを持つ男は、私達の上司

“サージ”です。アメリカ海兵隊、諜報機関の不正規戦部隊、フランス外人部隊と言った

数多の戦場と部隊を網羅した強者で、幾度も同僚達の危機を救ってきた信頼のおける上司です。


「奇異な話ではありますが、トーコが言うのなら、間違いはない。そうでしょう?ペイチェック?」


どんな立場の人間にも敬語を使うのは、長年の軍歴からでしょうか?同僚内で最年長者の元グルカ兵“フィッシュ”が浅黒い肌に逞しいヒゲをなびかせ、こちらに聞いてきます。

グルカ兵と言えば、英国空挺部隊所属、最強の山岳民族部隊ですが、


近年では、軍隊を離れた彼等の職がなく、PMCや危険地域での仕事を強いられているという事がニュースになりました。しかしフィッシュがPMCにいるのは、そう言った理由ではないようです。


「グルカ兵は町には馴染みません。生まれも、終わりも戦場であります!」


矍鑠たる様子で、そう話す彼は、グルカナイフの名手で、白兵戦では右に出る者はいません。

(グルカナイフとは、鎌よりは曲がっていない小型の山刀風のモノです。)


以上が私の同僚であり、頼れる仲間達です。全員が、いつの間にか桃子さんを囲み、

話の続きを待っていました。元兵士というのは、元来、この手の話が好きなモノです。


彼女もその空気がわかったのでしょう。飲み物を一口で空けると、静かに話を

再開しました…



 私のおじいちゃんは“ベトナム戦争”に参加したの。えっ?戦後の日本は戦争しない国になったんじゃないかって?ふふっ、表向きはね。でも、おじいちゃんは違ったわ。


彼が配属された“自衛隊”の“冬戦教隊(冬期戦術教育隊)”は当時、自衛隊最強の部隊と

言われていたわ。式典の時にドクロマークを付けた黒いベレー帽を被って、国内で問題に

なった部隊でもあるけどね。


当時はソ連や北の連中の脅威が強くあったし、米国からの要請もあったらしいけど、

日本政府自体が近代戦の“実戦経験”を持った兵隊達を必要としていた。国防を担う現場と指揮官達の育成を求めていたのね。


だから、ベトナムでの“裏派遣”が行われた。“不自然な依願退職届”を出した数名の自衛隊員が便宜上は日系人として、米軍傘下の作戦に数回参加したそうよ。


その中に、私のおじいちゃんもいたの。彼はとても優秀で、米軍がベトナムから事実上の

撤退を行った73年か、75年の“ダナン発最終便”の脱出機の護衛任務まで引き受けた。


当時、北ベトナムに負けた、南ベトナムとそれを支援していたアメリカ軍は

負け戦の大地から続々と脱出していた。最後の地に定められたダナン空港には

彼等に協力していた市民や政府関係者達が殺到し、


数少ない輸送機に乗ろうともがき、警備する米兵達に機内から引きずり出されていた。

おじいちゃんは、眼前に繰り広げられる地獄絵図の中で、忠実に任務をこなしたわ。


味方の兵士と共に避難民達から輸送機を守り、空や人々の足元に向けてM16自動小銃を

発射していた。


そこに“あの子”が現れたの。ベトナム人に中で異質な白い肌と金髪の少女。自身の父を

満州で奪ったロシアの娘がね。彼女はゆっくりと輸送機のタラップを上がってきた。多分、

おじいちゃんは30年前に聞いた話を思い出したんだと思う。


話には聞いていた。だけど、忘れていた。そんな事はあり得ないと思っていたから。常に

生死の中を進む軍人なら、当然だと思う。現に私もそうだったし…


ましてや、ここはベトナムの戦場。大局的には共産圏と資本圏の戦争、関係ない訳じゃないけど、アジアの街でロシア人の少女なんて、見かけた事もないって安心していた。


だから、心底怯えたおじいちゃんは後ろに下がった。そんな味方の中に隠れようとする彼の背中に、あの子が飛びついたの。まるで、懐かしい人に会ったかのように、嬉しそうな笑顔を浮かべ、


彼のうなじに頬をゆっくり、こすりつけていく少女は白い歯をおじいちゃんの首に

這わせ、甘噛みした後、こう囁いたわ。


「アイタカッタ…ズット、ハナサナイヨ。ヘイタイサン」


それからの彼の行動は異様だった。これ以上乗せる事は出来ないと叫ぶ味方の兵士達の

真ん中で手榴弾の安全ピンを引き抜き、自爆したの。勿論、少女は先に機内へ入れてからね。

爆発で吹き飛んだ警備の者を見て、慌てたパイロットは機体を発信させ、ベトナムから脱出した。


軍としては、目撃者のほとんどが死亡した事から、脱出字の事故として、この件を片付けた。そうするしかなかったんだと思う。実際の所…


私のお父さんが、どうして知る事が出来たかって?それは、おじいちゃんの戦友の米兵で、ダナンでの自爆に巻き込まれながらも、生きていた人から、臨終の間際に呼ばれ、話を聞けたからなの。


当時は自衛隊のベトナム派兵なんて、表だって言えない話だったけど、その人はおじいちゃんから、我が家に伝わる話として、やっぱりロシアの話を聞いてたから…


それが、現実になった事に驚き、どうしても話しておきたいって言っていたそうよ。

お父さんの代になって、ようやく、この話は“本物の脅威”として認識されたの。


代々、戦場で死ぬ家系。それも同じ少女によって、原因は1922年のシベリア…この共通点と確実に訪れる死を理解した時、お父さんは戦場に関わる仕事に就くのを回避する事を

決めた。


戦後の平和ボケした日本では、そんな事は容易。父は一般企業の商社マンとして勤務し、

紛争地域や混乱とは無縁の日々を過ごしていたの。


だけど、“あの子”から逃げる事は出来なかった。2001年、9月6日の事だった。

ニューヨークに出張していた父から、私の母に電話があった。当時、私は7歳。母の持つ

受話器が震えていたのを、今でも、覚えている。


父は、しきりにこう繰り返していた。


「あの子にあった。あの子に。金髪のロシア娘、通りでいきなり出会い、震える私の袖を掴み、とても冷たい笑顔で言った。“ドウシテ、タタカイカラ、ニゲタノ?モウ、スクッテクレナイノ?”


何も言えない父の頬を詰めたい手でなぞり、ニコリと微笑んだ彼女は“ダッタラ、コッチカライクネ”と言った。もう終わりだ。終わりなんだ。」


母の声かけも空しく、錯乱した状態で音信普通になった父は、それから5日後、貿易センタービルに突っ込んだ自爆テロに巻き込まれ、戦場とは違う場所で“戦死”したわ…



 父が死んだ時、私は運命から逃げられない事を悟った。我が家が逃避すべき“兵隊”にも、

いつの間にかなっていたしね。


だけど、今までの先祖達とは共通しない事もある。私は“女”。それに母親似。我が家に

“戦死”をもたらす少女が見つけられないんじゃないかな?そう思ってね。可笑しいかもしれないけど、こっちは真剣。命がかかっているからね。


そう思っていたけど、今日、町であの子が、こっちに楽しそうに走ってきた時、わかった。やっぱり逃げられない。耳元で彼女は言っていたよ。


「ヤット、アエタ。ゼッタイ、ニガサナイ。ズーット、ワタシヲスクッテネ!」


あの子の冷たい歯と舌の感触が残っているんだ。死の予告もされた。

もう逃れられそうにもない。


半分、自嘲気味に話しを終える桃子さんに、私は思わず叫びました。まだ、あるじゃないですか!共通してない部分!!


「子供は?桃子さん!子供はいないでしょうっ!?だから、だいじょう…」


「あ、言ってなかったっけ?私、子持ち、2歳の女の子、旦那は別れたけどね。」


半分、肩を掴みそうな勢いで迫る自身に冷たい一言が加えられます。マジかよっ!?

いや、待てよ?これはチャンス?どうしよう?このタイミングで聞いてもいいかな?


「少し毛深げなスイスの男は、子供に優しいと定評があります。どうでしょう?」


的な感じで桃子さんに妄言爆撃をかましたがる私より先に、AⅮが口を開きました。


「トーコの話が本当だとして、彼女は一体何者でしょう?最初の遭遇から何十年も

経っていると思いますが、年を取らない?まるでファンタジーに出てくる魔女ですよね?」


「私にはわからない。でも、彼女自身はもう死んでいる気がする。ただ残った情念が、

そうさせるんだと思う。酷いモノを散々見てきた世界で最後に与えられた救い…


自身を省みず、他者を助け、生かすという崇高な精神。それを何度も感じたくて、

昔行ってくれた先祖の子孫、私の家系に期待し、縋り、頼るんだと思う。」


桃子の言葉に頷くサージが無骨ながらも、的確な言葉を発します。


「偉いモンに気に入られちまったな?お前さんも。だが、安心しな。その怪我のおかげで

後方送りだ。明日、ここから輸送コンボイに乗って、国に帰れ。上には溜まってる有給休暇の消化って事にしとく。俺達は“会社員”だからな。当然の権利だ。護衛は俺の口利きで、使える奴等を配置した。これで、安心だろ?」


締めにニカッと笑う、サージの十八番は私達にいつも、尊大な“安心”をくれます。

桃子さんも幾分か落ち着いた様子で頷き、フィッシュが調合したグルカ兵伝統の睡眠薬で、可愛い寝息を立て始めた頃、私達はそっと、宿舎を出ました。


その際に、自身も休暇消化と彼女の護衛に加わりたい旨を伝えましたが、当然の如く

却下されました。さすが我等の上司、部下の邪な心もお見通しでした…



 桃子さんの話は“本当”だったようです。実際に目にして、私もようやくの確信に至りました。何も前触れもなく、早朝から私達の宿営地には何発ものロケット弾と迫撃砲弾が撃ち込まれました。


今まで穏やかだった戦闘地域に、反政府勢力の総攻撃が始まったのです。別の地域で掃討されつつあった、中東圏宗教原理主義の武装集団が他の勢力と結びついて、報復に出たようでした。


着るモノもとりあえず、銃と車のキイを確認した私達は社員と現地スタッフを残った車輌に詰め込み、安全地域へ逃がしていきます。武装ヘリも戦車もない私達です。砲弾の雨の中を進んでくるテクニカルAT(機銃付き武装トラック)の群れと戦う必要はありません。


「これで、全部か?」


敵から鹵獲したPKF軽機関銃(いつもランボーが怒ると持ってる奴のロシア版です)

を構えたサージか、トラックから顔を出し、最後に乗り込んだ私に確認します。


この車両には桃子さんを含めた私の同僚達とスタッフで満載でした。

後は逃げ出すだけ…しかし、頷きを返す私は嫌な予感がしました。昨日は話半分に聞いていましたが、


このシチュエーション…あまりにもデジャヴです…


そう思った矢先、私を見つめる桃子さんの目線が可笑しくなりました。何だかボーッとして、心ここに在らず?喪失?吊り橋効果?


惚れちゃったのかな?自分に!と一瞬、照れ照れしましたが、すぐに違う事に気づきました。

何故なら、彼女の隣に座るAⅮが、私の後ろをしっかり指さしたからです。


「まさか…」


静かに振り返る自分の目は、爆炎の宿営地を進む1人の少女をしっかりと捉えました。

砂埃の中で可憐にたなびく金髪と白い衣服。そして、瓦礫を踏む、白い素足…


「あの子が来た…」


そう言いながら、立ち上がり、私の隣を、ゆっくりすり抜けた桃子さんが

件のロシア少女の傍に行こうと、トラックを下りていきます。それをとても良い笑顔で迎え、

両手を広げる彼女がいます。私は思わず叫びました。



「ちょっと待ってくれ!桃子さんにお嬢さん!このトラックにはまだ人が乗れる。

皆でここから逃げ出せるんだ!だから…」


「ダ~メ~」


恐らく、この中で一番早く現状を理解し、最も慈善な策を提案できたと思います。

しかし、少女は薄く笑い、綺麗な目をパチクリさせながら、これを退けました。


「ヘイタイサンハ、ワタシノタメニ死ニマス。ソノココロ、王女ニツカエル

騎士ノヨウナセイシン、ワタシハアジワウノデス。ネェ?ヘイタイサン?」


可愛く舌を出し、彼女の傍に跪いた桃子さんの頬を舐める少女に怒りを覚えました。


(勿論、“私だって舐めたい!”とかそんな感情は…と、とりあえず置いといてです。)


彼女の言葉に桃子さんはゆっくり頷き、ホルスターから拳銃を取り出し、戦闘態勢に入っています。それを見送った少女は華麗な仕草でトラックに乗り、

発進を促すように手を振りました。


それに合わせるか如く、エンジン音が響かせ、発進する車内で、

凄い笑顔の少女と砂漠の地面に残された桃子さんを交互に見た私は一つの“決意”を固めました。咄嗟の判断、かなり馬鹿な方法ですが、



今までの共通項を覆す手段を思いついたのです。そして、それを行うには

迷っている時間はありません。


「サージ、すいません、突然ですが、残業します。」


ボンヤリ、成り行きを見つめる上司にそう告げると、走り出すトラックから飛び降り、

桃子さんの隣に並びました。驚く彼女から拳銃を引っ手繰り、遊底をスライドし、

初弾を送ります。


こうしなければ銃を撃つ事も出来ません。


「ペイチェック、どうして降りた?」


ようやくいつもの感じに正気づいた桃子さんが、驚いたような言葉を発します。

やはり、少女の毒気に当てられていたようです。これで、とりあえずは一安心。小粋な台詞とウインクを一発かましてやります。


「片手じゃ銃の扱いは難しい。それに桃子さんのコスプレと娘さんの顔、まだ見てないですから。」


「‥‥……馬鹿…」


呆気にとられた彼女が少し俯き、上目遣いと、ちょっと、ちょっとだけ(充分です。)頬を赤らめ、お礼を返してくれました。正に感無量!“デレ”キタ!死ぬには良い日になりそうですが、ここで私は更なる追加欲求を期待します。


敵の車輌は既に敷地内に入っていました。死ぬ前に出来たら、メイドの、いや、冥土の土産に一つもう少しのサービスを。桃子さんの顔をキリッと見つめ、マウス(口)とマウス(口)を…


「この、馬鹿どもが!とっとと配置につけ!」


私の淡い希望はサージの無骨で無遠慮な声に遮られました。よく見ればAⅮとフィッシュもトラックを下り、戦闘準備を整えています。


「み、皆、どうして?」


「上司が部下の面倒見ないでどうする?部下が困ったら全員残業。それが会社組織だろ?」


「知り合いの空軍に爆撃を依頼しました。5分、時間を稼げば、プレデター(無人攻撃機)

が来ます。頑張りましょう!」


「グルカ兵は歩兵です。トラックには乗りません。」


サージは軽機関銃を構え、AⅮは携帯端末を操作、フィッシュはグルカナイフを掲げ、敬礼を桃子さんに返しました。


アニメ最終回、仲間全員集合的光景に感無量の桃子さんが照れ隠しに笑い、嬉し涙を

隠します。


何だか、彼女の隣を狙うライバルが増えた気がしますが、とりあえずは生き残れそうな気がしてきました。全員が突進してくる敵に武器を向ける中、私は脱出するトラックに

振り返りました。


彼女のご先祖を代々“戦死”させてきた少女が、明らか不満げな顔(それでも可愛いですけど!)でこちらを見ています。


(あ、ハイ!“何とかなるな!”ってお墨付きもらいましたー!)


彼女の顔から確かな“生還”のお告げを得た私は、桃子さん達を援護すべく、

手にした銃器を構え、敵に向かって攻撃を始めました…(終)

 

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「彼女が“戦死”を連れてくる」 低迷アクション @0516001a

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