天を駆け、地を彷徨う(1)
『天体迷宮』、宇宙空間のようなダンジョンで少女たちが戦っている。
戦霊院那岐は優秀だ。
やるべきことの本質さえ理解してしまえば、目標に対して確実で、最適な方法を即座に思いつき、あらゆる手段を使ってでも実行する力と意思がある。
「『
地面に相当する暗黒色の床から突如現れる金属製の壁。
襲いかかってきたエーテルスイマーは三体。那岐は即座にそれを二体と一体の敵勢に分断した。
――火神浩一ではない人形では、まともに戦っても倒せるのは一体だけだ。
ゆえの分断、那岐はとりあえず人形とエーテルスイマーで一対一の構図を作り出す。
残りの二体は那岐と雪で相手をする。
無論完全にダンジョンを隔離したわけではない、せいぜいが壁で進行方向を制限しただけ。
しかしエーテルスイマー自体、速度は速いが急な方向転換ができるタイプのモンスターではない。
突如出現した金属壁に那岐と雪側のエーテルスイマーたちは速度を落とし、壁への衝突を避けながらも、人間である那岐と雪へと敵意も
「『ワラキアの槍』『雷轟蟲』!!」
那岐たちへと向かってきたエーテルスイマーの進路へ鋭く硬い槍が発生する。加えて、槍の先端には電気が纏わりついていた。
ガキゴキバキン、という金属音とともに、エーテルスイマー二体は即座に撃破される。外骨格を砕かれ、内部に強烈な雷撃を流されたゆえの結末。
――那岐が厭おうとも、那岐は戦闘のために作られた怪物だ。
肉体もそうだが、その精神も戦闘に特化している。隙があれば、弱点があれば、一度でも倒した経験があれば――敵の弱所を貫くことに躊躇はあれど否はない。
ゆえに、目の前に障害があれば圧倒的な自力で必ず排除する。
しかし、と雪は那岐のモンスター処理を見て感嘆する。
今のエーテルスイマーを撃破した魔法の使い方は、さすが戦霊院というものだった。
普通の魔法使いが同じ方法をやってもあの金属の槍は当たらない。
それはエーテルスイマーが字のごとく『
この特殊なダンジョンを泳ぐ宇宙飛行士のような姿かたちのモンスターは、
エーテルスイマーは種別としては、対魔法使いに特化したモンスターなのだ。
ゆえにエーテルスイマーの前で魔法を使うためには、詠唱の際に、魔力の隠蔽を行うか、極端に詠唱を短くするなどの工夫が必要になる。
しかし、それも難しい。
強力な魔法は詠唱の短縮は難しいし、隠蔽も難しい。Aランクに上がったばかりの雪ではそれらを完璧に行うことは難しい。
――だが弱い魔法はエーテルスイマーには通用しない。
元々が宇宙空間という、特殊な環境で生息していたエーテルスイマーの外骨格は生半可な武具や魔法を弾く、ゆえにそれを貫くには強力な魔法が必要なのだ。
とはいえ、人間はパーティーを組んでモンスターを倒す生き物である。今の雪たちのように、魔法使い単体がこの強力なモンスターに対峙する状況は間違っていた。
とはいえ、エーテルスイマーは生半可な前衛では受け止められない、強烈な突撃力を持つモンスターでもある。
このモンスターを前衛専攻科が押し止めるには、強力な物理耐性を持った盾や鎧が必要になる。
加えて、前衛がこの特殊なモンスターを倒すにはただ物理的な撃力の高い武具だけでなく、外骨格を破壊した先にある本体――ガス状生物へ干渉することのできる属性武具か、強力な破壊の概念で構成された戦士のオーラが必要になる。
ただし属性武具は高価ゆえパトロンのいない学生に確保することは難しいし、エーテルスイマーと同じAランク前衛が扱えるオーラはこういったモンスターを倒せるほどに洗練されていない。
ゆえにAランクのパーティーがエーテルスイマーと戦った際、止めは魔法で刺すのが常道である。
とはいえ、この高速で遊泳するモンスターは基本的に複数体が出現し、前衛のガードを避けて容易く後衛に迫ることが多い。
そうなれば近接職よりも脆弱な肉体を持つ後衛職が皆殺しに合うことは必定で、この天体迷宮というダンジョンが過疎気味なのもそこが理由だった。難易度に対して報酬が割に合わないのだ。
だからこそ、そんなエーテルスイマーを身体能力に制限を受けてなお、一息に殺せる那岐は雪から見ても十分以上に優秀だった。
さすがは四鳳八院。生まれつきの怪物。しかし、と雪は内心で首を振る。
那岐は優秀で、だが
那岐は魔力殺しを持っていたとはいえ、戦闘系の四鳳八院でありながらSランクモンスター
加えて、那岐は当初、雪が課した試験の意図に気づけず失格になってしまっている。
いや、今こうして能力を制限して雪の試験を受けてしまっていることが取り返しのつかない失態である。
――戦霊院那岐に足りないものは多い。
四鳳八院は完璧に作られているからこそ四鳳八院だというのに、那岐は欠けているものが多い。
(まるで、意図的に足りないように作られたみたい……)
雪はそこが少し気になるも自分が考えることではないか、と考えを振り払って那岐に言う。
「無事人形もエーテルスイマーを倒せたみたいだね。先に進もうか」
ええ、と返してくる那岐。彼女はエーテルスイマーと死闘を繰り広げていた人形の負傷を確認し、治療を行っていた。
雪としては那岐の評価は今のところどうやっても決まっていた。
だから、那岐の課題は、雪が下している評価を何をしてでも覆すこと――なのだが。
(まぁ、那岐さんはもういいか。それよりも……)
先を歩く一人と人形を見ながら雪は周囲を見て首を傾げた。
ダンジョンの設定を職員に頼んだのは雪だが、ここにはもう少しモンスターがいたのではないか、と。
なぜ出現モンスターがエーテルスイマーだけなのだろうかと首をかしげながら、だが大した問題ではないだろうと疑念を外に投げ、先へと進むのだった。
彼女は気づかない。気づけない。
だが、今更気付いたところで全ては遅いのだ。
悪辣なる天門院の罠は既に発動しており、彼女たちが気づいたところで逃れようはないのだから。
手垢に塗れた英雄譚 止流うず @uzu0007
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