ブルー・ギター

naka-motoo

ブルー・ギター

 メジャー・デビューしたのにどうしてこんなところでベレー帽を裏っ返しに地面に置いてハンディのアンプに繋いだ今となってはわたしの唯一の財産となった青いギターを10円玉をピック代わりにして弾いてるんだろう。


 もっと歪め、音よ。


 真夏の夜の駅前のロータリー。

 高速バスの発着を待つひとたちは耳だけこちらに振り向けて、けれども決してわたしの前に立って聴くことはしない。


 だって、誰も知らない曲だし。


 ううん、本当はこの国の1/10,000ぐらいのひとは知ってるはずだよ。

 わたしたちのデビュー曲、『Would you like to go?』の動画視聴回数は1万回ちょっとは超えてるんだから。


 ううん。

 もしかしたらわたしたちを偏愛してくれてる誰かが1万回、毎日100回ぐらいずつ聴いてくれてたのかもしれない。


 そっちの方がいいのかな。


 わたしの前を過ぎ行くひとたち。


 そりゃそうさ。


 尊敬しない上司に嫌味を言われて疲れ果ててる勤め人のひとが敢えてわたしたちの曲を聴く理由なんてない。


 学校で『友だち』との社交に胃をキリキリさせてる子たちがわたしのリフを聴いてそれで救われるなんて奇跡に近いだろう。


 もはや『どうでもいい』という感覚だけを頼りにストロークを繰り返すわたしの腕。


四季乃シキノさんですよね? 『ロッカーズ・ミッドナイト・ランナーズ』の」


 曲間でMCでもした方がいいのかなと思ってた時に制服を着た女の子から声を掛けられた。

 幼い顔だけれども高校生だろう。


「はい。そうですよ」

「おひとりですか?」

「はい。ほかのみんなはバイトで」

「え・・・バンドでは・・・」

「まだ無理ですね。副業しないと」


 言いながらどっちが本業なんだろうと悲しくなった。


「あの・・・『わたしたちはガールズバンドじゃない。ロックバンドだ』っていうフレーズ、凄く好きです」

「ありがとう。変なこと訊いていい?」

「はい」

「どうしてわたしたちを聴くの?」

「誰も聴かないから」

「は・・・」


 3秒だけ間を開けた。


「ふ。ははははっ! そっか。誰も聴かないからかー」

「四季乃さん。わたしに嫌なことをする子たちが決して聴かない音楽だから。だからです」

「・・・・・・ごめん。笑って」


 わたしはピックを持った。

 ガキっ、と弦を弾き飛ばしてエフェクターを何かを潰し尽くすように何度も踏んだ。


「じゃあ、全部消し尽くしてあげるよ」


 ココロを完全にスカスカにして、わたしは本能だけで指を動かした。


 今になってひとが集まってきたけど、見てやるもんか。


 わたしはこの女の子の耳と轟音をビリビリ感じる肌だけに向けてギターを弾いている。

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