第3話
ある廃屋の奥に、一つ埃の綺麗に拭われた金属の扉があった。
忍び込んだ子供が触ったこともないことはないだろうが、当人たちにその記憶はないだろう。触れたら最後、気を失い電磁波攻撃で記憶を操作されるからだ。
そう、その扉は部外者の侵入を許さない。ただ、たった一人の男には扉は従順だった。
コツ、コツと鳴る革靴の音の固有波形、歩容認証、指紋認証、声紋認証。この全てをクリアした男にだけは。
彼こそ、この世界を裏で牛耳るマフィアの総裁その人だった。
「今日もまた、一人の金蔓が枯れた。
……ならばまたターゲットを決めればよい。人間に代わりはたくさんいるのだ」
そう言って白い粉の入った袋を指先で弄ぶマフィア。
「それにしてもよい薬を開発したな、D757」
「……」
「何十年もかけてターゲットをじっくり中毒にしてくれる。さらに僕の口癖を幻聴として聞こえるよう配合してくれたんだよね」
「…………」
「これを飲むと気が大きくなり、なんでも成功する。それもターゲットの人徳だと信じこませる。だけど、必ず最後には破綻してくれる」
なにも言わぬ人影に、マフィアは笑った。
「ふっ。お前も優秀な金蔓だったよ」
「投資はそれ以上の利益を回収するためにあるもんだぜ?」
ヒラヒラと手をふってマフィアは出ていった。
書斎に残された人間は、既に事切れていたという。
彼の手下として男に近寄り、罠にはめた人間が誰だったのか、誰も知ることはできない。
あるいは、誰もが知っているのかも知れなかった。
――裏切り者は誰か。
我々が知っている人物なのか。
あるいは全員だったのか。
この謎に、近付いてはならない。
そして今日もまた、誰かがマフィアの金蔓にされている。
魂の栄誉 春瀬由衣 @haruse_tanuki
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