UNPERFECT HUMAN

賢者テラ

短編

 ある世界に、完璧な男がいた。

 頭が良く、能力もあり、体力に秀で、何でもこなせた。

 地位があり、彼の稼ぎはその世界の上位1%のレベルだった。



 その世界で、経済危機と食糧危機が同時に訪れた。

 完全な管理統制社会であったので、政府はある政策を強制執行できた。

 すべての人間の、「社会貢献度」を調査して決定するのだ。



 それは仕事や社会的役割を通じて、いかにその人物が存在することで社会が助かっているか、という指標を測るもので、仕事であるなら会社全体として「その人物が勤務することで本当に助かっているか」「誰かをリストラさせなくてはならない場合でも、その人物は絶対に残すか」などが基準とされた。

 仕事をしていなくても、主婦なら社会に貢献している夫を支えてることで間接的に社会貢献しているとみなされる。(もちろん、どれだけきちんとしているかが問われる。旦那のいない時間に寝転がってテレビでも見ているようなら調査結果はアウト)

 老人でも、孫の世話をしていたり地域の役に立つなどしていればOK。痴呆症や、寝たきりで自分では動けず、介護をしてもらうばかりの者はアウトになった。



 障がい者も、自立していない、自らで生計を立てらない者はその者が努力しているしていない、人柄などに関係なくアウトとなった。

 障がいをもった子どもも、将来的に 「このまま成長しても社会貢献度は低いまま」と推定される場合、アウトになった。では、「アウト」となった者達はどうなるのか?

 死刑になるのである。



 人口が減れば、食糧事情がマシになる。

 経済成長の足を引っ張る「お荷物」がいなくなるのである。

 まさに選ばれし者だけが残り、最大限の効率を上げる理想社会になった。

 この政策の実行に当たり、完璧な管理社会であっても、少なからず抵抗運動は勃発した。

 そのせいで、この政策に反対する「優秀な人材」をも抹殺する必要が出てしまったが、それも誤差修正のうちと政府は割り切った。沢山の血が流れたが、ついに「社会にきちんと貢献できる者だけが構成する、パーフェクト・ワールド」が出現した。



 男は、何の心配もない側だった。

 むしろ、社会は彼の存在に感謝し、さらに重要な地位と報酬を約束した。

 しかしある夜、彼は夢を見た。

 いや、夢だと最初思っていたのだが、それがかなりリアルであると気付いた。

 彼は、その容姿がどんどん幼くなっていった。時間が逆戻りしているようだ。

 壮年から青年に、青年から少年になり、幼児、そして赤ちゃん……

 さらには母の胎内へと逆戻りした。

 不思議なことに、そのような状態になっても、男にはそれまでと同じ思考能力があった。

「一体、これは何だ!?」

 


 やがて、男は明るいところに出たと感じた。

 目は見えないが、周囲の明るさと会話の内容から、どうも病院の中だと推測した。

 「お母さん、ほら元気な男の子ですよ……」

 どうやら、自分は今母親の胎内から出たらしい。



 男は、まったく早送りもなく、1日1日を赤ん坊から過ごした。

 その長さは、自分が優秀な人材として世界に必要とされていたことすら、忘れるのではないかと思うほどであった。しかし幼児期を経て小学生になる時期、彼は自分の人生がそっくりそのまま同じものを辿っているのではないことに気付いた。

 大して、勉強じみたことを要求されないのである。

 どちらかというと、甘やかされていた。ただ、時々両親の目に良く分からない同情の色がこもる。そんな時、決まって母はこう口にした。

「あなたがいてくれるだけで、母さんは幸せ。それだけでいいの」



 小学校では、普通のクラスには行けず「養護学級」というところにいた。

 男はさすがに、この時点で色々察した。

 母には内緒で、家中の重要書類をあさって調べた結果、自分がトリソミー21、つまりは 『ダウン症』 という障がいをもっているのだ、ということが分かった。



 それが分かった時、男は気がおかしくなりそうになった。

 社会貢献度が低い者を間引く政府の政策に、「役立たずは消えていい」とせいせいしていた自分。その相手の立場が、まさに自分の今なのである。

 彼はしばらく苦しんだが、やがて苦しむことをやめた。

 なぜなら、得も言われぬ心地よさと楽観主義が、彼を絡め取ったからである。

 そして、今まで「完璧人間」であった時に、自分が世界を見ていた見方と感じ方が、無くなってしまった。今のそれは、当時をモノクロとすると「極彩色」だった。



 ……世界が、こんなにもきれいに見えるとは!



 彼は、ただ存在するだけで 「幸せである」 という境地を知った。



 家庭には、いつも笑顔が溢れていた。

 自分は、特に何か建設的、生産的なことをするわけではない。

 ただいるだけで、することと言えば好きな歌を歌い、好きなテレビを見る。

 あとは、大好きな両親や学校の友達とハグしたり、仲良くする日々。

 それで、皆が笑顔になってくれる。 

 一度、学校で男がダウン症であることをバカにされたり、持ち物を隠されたり落書きされたりなど、それが度を越す事件が起きた。

 教師たちも学校全体で問題を考えるよい機会だと捉え、クラス単位でみな議論した。

 その出来事は子どもたち全体に大きな波紋を投げかけ、皆が幼稚さを越えて大きな気付きに至る扉を開けた。そしてさらに男と周囲の子どもたちの絆は強固になった。

 確かにこれは、「社会貢献度」としては盲点だ。

 世話をかけるが、その代わり大事な気付きと学びを、自分でも知らずに提供している——



 ついに30年余りの月日が流れた。

 ある日、突然経済危機と食糧危機により、今のままの世界を維持できないというニュースが流れ、ついにあの『社会貢献度の低い者は抹殺』政策が実行された。

 男は、検査官からゾーンレッド、つまり「社会貢献度ゼロ」と判定された。

 泣く両親から引き離され、彼は腕に薬を打たれた。

 遠のく意識の中で、怒りや悲しみはそれほどなかった。

 ダウン症の「男」として生まれもったあの極彩色のフワフワした感じが、そのような切迫した状況でも漂っていた。ああ、これも悪くないなぁ。なんで自分は理不尽に殺されてしまうのに、まだ大丈夫って思ってるかのように心穏やかなんだ?

 あれ、自分今「理不尽」って言葉使った?

 確か前の人生では、ごくつぶしの役立たずが消えてよかった、と考えたと思うが?




 男は夢から醒めた。

 常識外れに、長い夢だった。

 生まれてから殺されるまでの一生分の夢を見た。

 目覚めてからも、ダウン症だった人生の記憶と、その極彩色のフィルター(世界を見る目? 人生観?)は残っており、彼は起きてからも戸惑いを感じた。



 男の父親が病気にかかり、病院に担ぎ込まれたが寝たきりになった。

 男は、一報を聞きつけて病院に飛んでいった。

 医師は、残念そうに言う。

「これまで、お父上の社会貢献度はゾーングリーンでしたが、今度のことで二段階下がってゾーンレッドに落ちました。政府は、世界貢献度の低い者を処刑する方針を継続しておりますが、政府に理解あるあなたなら、素直に同意されますよね?」

 そういって、処刑承諾書なる書類にサインを求められた。

 男は、そんな書類を見ていなかった。

 彼に見えていたのは、極彩色の景色だった。

 その景色の中では、寝たきりの父が神に見えた。

 いてくれるだけでいい。世話は、喜んでする。もちろん、弱い自分だから時折投げ出したくなるかもしれない。周囲の理解や励ましがなければ、思わず殺しかねないかもしれない。

 でも、私は信じる。役立たずなどいない。

 何が、「社会貢献度」だ。そんなものくそくらえだ。

 オレは、優秀な自分として獲得した知識や世界観より、こっちの極彩色の目を信じる——



 男は、地下組織(レジスタンス)を作り、人の尊厳を守ろうとする者達を探し出し、世界に挑んだ。善戦虚しく、最後は圧倒的軍事力の政府軍に蹂躙された。

 男は、ばんざいしたまま機関砲で体に無数の穴を開けられた。

 その時も、男の極彩色の目は、自分の運命を呪ってはいなかった。

 ただ、こう思っただけだった。

「ああ、次に生まれかわったら、みんなと仲良くしたいなぁ……」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 まったく次元の違う、ある宇宙空間にて。



 そこは、「地球」と住まう者に呼称されていた。

「浜本次長、明日までにこの書類に目を通して、決済印をお願いできますか——」

 銀行、という場所で支店長に当たるポストで働く浜本は、女子行員から受け取った書類を「未処理」の棚に入れ、帰り支度を始めた。

 本来はまだ退社時間ではないのだが、父の介護の件で病院に相談に行かなければならないのだ。



 父は排泄、食事の両方において介護が必要であった。

 結果、妻にも、社会人と高校生となったふたりの子どもにも、負担をかけることになった。

 妻と上の娘は納得してくれたが、高校生の息子は「こんなじいちゃん、要るかよ」という、とても信じられない言葉を吐いた。しまいには、「死んじまえ」とも。



 私は、思わず息子に手を挙げた。

 叩かれた息子は、逆ギレして余計に怒りを表すということはなく、少し冷静になったようでうつむいて静かに病室を出て行った。あんなことを口にする子に育てた覚えはないのだが……

 あれは、息子の人間としての本心でないと思いたい。

 ただ、何かしらのプレッシャーが、弱い彼のデリケートな部分を刺激しただけで、本当は優しい子なのだと信じたい。なぜか時々世界が「極彩色」に見えるおかしなモードが、私にそのように言わせる。

 


 疲れた私は自宅に帰り、何気なくテレビをつけた。

 今日は、妻が父を見舞う当番。上の娘はすでに社会人として独り立ちし、息子はさっきの一件が尾を引いているのか、夜の8時になってもまだ帰ってこない。今日は家に一人。

 たまたまつけたテレビでは、『PERFECT HUMAN』という歌が流れていた。

 芸能界の話題にはどちらかというと疎いが、そういえば部下の行員が休み時間にPCでこの動画を見ていたなぁ、と思いだした。

 完璧人間、かぁ。

 完璧な人間、ってどういうことを言うんだろうなぁ……



 今は支店長だが、将来は東京本社に召し上げられるのではないか、と噂される浜本。

 優秀でやり手のイメージとはうらはらに、彼はちょっと不器用だったりうまく組織に馴染めない社員にもやさしく、面倒見がいいという人望の厚さがあった。

「今度こそは、なぁ……みんな仲良く生きたいよなぁ」

 自分でも一体どういう意味で言ったのか分からず、浜本はそのつぶやきのあと窓の外を見た。

 ありとあらゆる事情を抱えた人々が住む、その無数の家灯りを。



 そんな時の彼は、いつもあの『眼』をしているのだった。


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UNPERFECT HUMAN 賢者テラ @eyeofgod

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