エゴイストと八方美人

シオン

第1話

僕は自分でも重度と思える八方美人だ。


基本的に人に嫌われることを恐れる僕は人からの頼み事を断れない。時にそれは理不尽なものも含まれるが、僕はそれを無理をしてまで引き受けてしまう。


自分でも馬鹿だなと思うのだが、もし断って人から恨まれたらと思うと僕はもう学校には行けなくなる。過敏でもあるし過剰でもあるし異常だとも思う。


しかし最近そんな無理な頼みはあまり来なくなった。きっとそこにはあの超人の影があるのだろうと思う。


長瀬菜々子。


この学校の誇るべき超人にして、学校を支配する支配者でもある。



「なぁ多月。お前はどうしてそんなにお人好しなのだ?」


生徒会室で書類整理の手伝いをしていると、長瀬さんからそんなことを訊かれた。


「お人好しではありません。僕はただ頼み事を断れないだけです」


「それもここまで来れば断れないだけでは片付かないだろう?お前以前どんなことをされそうになったか覚えていないのか?」


それはよく覚えている。僕のことをよく知っている同級生が僕を使って金の徴収をしようとしたのだ。一人一人にカツアゲして大金を手にしようとしたらしいが、それを見かねた長瀬さんはその力を持って止めたのだ。


止めたといえば聞こえはいいが、実際は暴力で説き伏せただけだ。


「僕は頼まれれば何も断ることはしません」


「いやそこは断れよ。最早固い決意の元に人の頼みを聞いてるとも取れるぞ」


「固い決意があったら頼み事なんて引き受けませんよ」


長瀬さんはため息をついた。


「まあいい。それより珈琲を淹れてくれ」


「はい」


僕は書類を一旦置き、珈琲を淹れる準備をした。


僕、田本多月はここ最近長瀬さんの手伝いをしている。


忙しくて人がいないとかで生徒会の書類整理の手伝いをしているのだが、長瀬さんが有能で仕事が早すぎて僕の手はいらないんじゃないかと最近思っていた。


しかし長瀬さんは頑なに僕の手を必要とした。彼女が何故そうするかそうするか皆目検討がつかなかった。


特に彼女と昔から面識があった訳ではなく、それこそこの高校から知り合ったくらいだ。何か理由があるのか以前理由を訊いたのだが、


「そんなもの一人で作業していたら退屈で眠ってしまいそうだからだ」


と言った。生徒会なのに一人しかいないのはどうかと思うが、それ以上追及することはなかった。


しかし、結果的には彼女のおかげで人から頼み事を引き受けることは無くなった。そのことは素直に助かっていると言って良い。


「そういえば長瀬さん、他の生徒会メンバーはどうしたんですか?」


「ああ、全員怪我をして今は入院中だ」


「にゅ、入院!?」


思いもしない回答に思わず珈琲の粉をこぼしそうになった。何か闘争でもあったのだろうか?


「まさか長瀬さんが?」


「人聞きの悪いことを言うな。どうやら生徒会メンバーが一緒に下校中に何者かに襲われて怪我をしたんだ」


「十分事件なんですが。よく騒ぎにならなかったですね」


「ああ、幸い和解で済んだらしい。私は詳細を知らないので誰に襲われたのか知らないがね」


「へぇ……」


事件性はないらしいと長瀬さんは言ったけれど、僕はどうにも腑に落ちなかった。赤の他人である僕を助けてくれた彼女が身内の事件に顔を突っ込まないのはどこか違和感を感じた。


「それより早く珈琲を淹れてくれ。眠くて仕方ない」


「あ、はい」


僕はそのことを深く考えず、珈琲を淹れることに集中した。



「すまないと思っている」


長瀬菜々子は病室で生徒会メンバーに頭を下げた。


「いやまあ、確かに急に殴られたのはまだ折り合いついてないッスけど」


ベッドで横になっている男はふて腐れたように言った。


「私も足折られたときはびっくりしたけど、まあ長瀬さんだし」


足を吊って寝ている女は困り顔で言った。


「とりあえず当分は退院しても生徒会の仕事はしなくていい」


長瀬は罪悪感を表に出さずにただ命令を下した。


「うん、いいよ。どうせ私たひ長瀬しゃんのおまけみたいなもんだひね」


舌ったらずの女は特に気にした風には感じさせず言った。


「好きにすればいい」


男はそっけなく言った。


「ありがとう、すまない」


長瀬は礼を言って、病室を後にした。


(田本多月……)


長瀬は多月について考えていた。


彼女が多月のことを知ったのは1週間前だ。彼は気弱で人からの頼まれ事を断ることが苦手で、そのせいでその日酷い頼み事を引き受けようとしていた。


その現場をたまたま見かけた彼女は暴力でその生徒を説き伏せた。彼女は学校では特殊特権を有しており、大抵は何しても問題にならない。


そのとき、多月は助けた彼女に感謝すると思っていた。しかし彼はその不良生徒を相手したときと同じ態度でお礼を言ったのだ。


彼女はそれを不愉快に思った。


それはまるで、不良生徒の悪事と彼女の善意が等価値であるかと思わせた。彼にとってそのふたつは何ら違いはないのだ。


彼女はそれが許せなかった。自分の正義感がこんな下劣な連中と同じと扱われたことに。それを許容した彼を。


だから彼女は行動に移した。生徒会メンバーに怪我を負わせ多月に手伝いをする口実を作り、多月が自分のためだけに生きるように仕向けた。


言ってしまえば、長瀬はその超人故に自分が上位の存在に扱われることを望み、彼がそんな自分と低俗な連中と同じ扱いをしたことを不服に思ったのだ。


(皆私のために生きればいい)


(田本多月も例外ではない)


彼女はにこりともせず、そのまま病院を後にした。




おわり

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