第30話リロット・ネイサン

 夜会も終わり、リロット・ネイサンはブルーシア公爵と共に、灰色の城の賓客用の一角を宛てがわれた。


 もちろん部屋は別々で、使用人と二人になったリロットは疲れた顔で、長椅子に座り込んでいた。


「お疲れですね。すぐに湯浴みの用意をいたしますね。」


「もう少し、後ででいいわ。

 喉が乾いたから紅茶を用意してちょうだい。」


「かしこまりました。」


 リロットは国を出て他国に来るのは、初めてだった。

 長旅のすぐに夜会は流石にきつかったのか、疲れ切っていた。


 リロットは夜会で見た魔法を思い出していた。

 銀髪の美少年、リアム・ルッドマンが披露した氷の魔法。


 始めはブルーシア公爵の冗談かと思って、リードシア王国まで付いて来たのだ。


(だって、魔法なんてお伽話じゃあるまいし。)


 でも確かに魔法を目の前で見たのだ。

 あの時、辺りに漂っていた冷気。

 中身まで凍ったグラス。


 そして、ドヤ顔のロウフィール嬢。


 思い出して、イラッとしたのかリロットは舌打ちをした。


(腹が立つわ。

 あの女、何もしてないのに得意気な顔をして。)



 ブルーシア公爵の婚約者のウィルデリア・ロウフィール。


 リロットは、ブルーシア公国で彼女と初めて会った時から気に入らなかった。

 苦労も知らない、いかにも世間知らずな美しい令嬢。


 努力してブルーシア公国一の癒し手になった自分とは違う令嬢。


 何より許せないのは、優しいブルーシア公爵のいずれは妻となる事だ。


 リロットはブルーシア公爵を敬愛している。

 昔、癒し手としてまだ目覚めていなかった彼女にも優しくしてくれたのだ。


 愛人の娘として、家でも外でも蔑まれた日々、彼だけは優しかった。


 例え、その優しさが周りに与える優しさと同じでもリロットは救われたのだ。


 そんな公爵の頼みだからこそ、付いて来たのだ。

 ウィルデリアは嫌いだけど、仕方ない。


(私にどこまで出来るかわからないけど、あの女が頭を下げたのだから、私が全力で出来る事をしますわ。)


 暖かい蜂蜜入りの紅茶を飲んで、リロットは湯浴みの準備を使用人にさせた。





 ウィルデリア達はブルーシア公爵の部屋にいた。

 公爵はネイサン嬢を下がらせて、休ませた。

 長旅で殆ど休憩も取ってなかったらしい。

 そうなったのは公爵が最近多忙だったせいで、リードシア王国への出発がギリギリになったのだ。


「クロードさま、お疲れのところ申し訳ありませんわ。

 実はクロードさまにもう一つお願いがありまして…」


「もしかして、手紙の塩の件の事ですか?

 それなら構わないよ。

 その冒険者に一度合わせて下さい。」


「ありがとうございます。」


「実はブルーシアでは塩を北の国から来る商人から仕入れますが、近頃高騰してまして、困っていたところでした。

 なので、その話は我が国にとっても良い話しなのです。」


「それはよかったですわ。」


 ウィルデリアの満面の笑み。

 そのほほ笑みに見惚れていたクロードをリアムが現実に呼び戻した。


「閣下、先程のネイサン嬢ですが…」


「リアム、私の事はおとうさまと…」


「あ、はい、おとうさま。

 ネイサン嬢がブルーシア公国一の癒し手と言っておりましたが、タケメの老化病と言う病も治せますか?」


「本人にも聞いたがやってみないとわからない、だそうだ。

 だが、腕は間違いない。

 今まで彼女に治せなかった病はなかったよ。」


「やってみないとわからないか…

 とにかくやるしかないね。

 ルッドマン君、ほら行くぞ。」


「?」


 リアムを引っ張って、扉に向かって行くサリア。

 状況がわからないリアム。


「外で待っているから、手短に頼むな!」


 と、ウィルデリアとクロードに言った。

 少しの間、二人っきりにさせてくれるみたいだ。

 中にいた使用人達もそれに続いて出て行った。



 扉が閉まると、ウィルデリアとクロードは笑い合った。


(ありがとうございますわ、サリア。)


 心の中でウィルデリアは親友に感謝した。


 ほんの少しの間、二人は久しぶりにひと時を過ごした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法オタクなウィルデリア 子鹿音沙 @ten27

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ