第29話公国の癒し手

 しつこくウィルデリアを誘う青年から助けてくれたのは、彼女の婚約者クロードだった。


「失礼、私の連れに何かご用ですか?」


 彼がそう言うと、青年はクロードを見て。

「ブルーシア公爵‼︎これは失礼した。

 貴方のお連れでしたか。」


 そう言って青年は去って行った。

 ブルーシア公爵はウィルデリアと向き合い。


「ウィルデリア、大丈夫でしたか?」


「ありがとうございます。

 大丈夫ですわ、クロードさま。」


「今宵の貴女は一段と美しい。

 気をつけないとあの様に、変な輩が寄って来てしまう。」


「それでは、クロードさまがわたくしの側にいて下さいませ。」


 クロードの口から、何より欲しかった言葉が出たので、ウィルデリアは満足だった。



「ウィルデリア、大丈夫だったか?」


 サリアとリアムが駆けつけたくれた。


「ええ、大丈夫ですわ。

 クロードさまが助けてくれましたの。」


 ウィルデリアはウットリ、クロードを見上げる。

 クロードはそんなウィルデリアを見下ろして、微笑んでいた。


 二人だけの世界に入ろうとしている時、クロードに声を掛けて来た令嬢が一人。


「閣下、私を一人になさらないで下さいませ。」


 金髪の豊満な身体つきの令嬢、リロット・ネイサン。

 ブルーシア公国の伯爵令嬢だ。


 そう言うなり、ネイサン嬢はクロードの腕に自分の腕を絡ませた。


 婚約者のウィルデリアの目の前でだ。

 それを見たウィルデリアの心中は。


(このメス豚、わたくしのクロードさまに馴れ馴れしいですわ。)


「ネイサン嬢、お久しぶりですわ。

 以前お会いした時よりたいぶ大きくなりまして?」


(このメス豚、クロードさまから離れて‼︎)


 ウィルデリアは持っていた飲み物を、サリアに渡すと負けじと、クロードの腕にしがみつく。


「ええ、流石ロウフィール嬢、目敏いですね。

 また大きくなりましたの、胸が‼︎

 棒みたいなロウフィール嬢が羨ましいです。」


 と言って、ネイサン嬢は胸もクロードに押し付けていく。


 クロードは困って苦笑いをしていた。

 ウィルデリアは体型を棒だと言われた上に、クロードに胸を押し付ける、ネイサン嬢の行為に怒り、クロードの腕を引っ張る。

 一刻も早く、ネイサン嬢から離れて欲しいのだ。


 一生懸命引っ張るウィルデリアは、長いドレスの裾に、足を取られてしまって転けそうになった。

 クロードはネイサン嬢の腕を突き放して、ウィルデリアの身体を支えてくれた。


「ウィルデリア、大丈夫?」


「クロードさま、ありがとうございます。」


「いいや、怪我にならなくてよかった。」


「あの、どうしてネイサン嬢がいらっしゃるのですか?」


 今1番の疑問をクロードに聞くと、クロードの口から意外な答えが返って来た。


「ああ、ネイサン嬢はブルーシア公国一の癒し手で、彼女に事情を説明して一緒に来てもらったんだ。」


「ネイサン嬢が⁈」


「あら?私だとご不満ですか?ロウフィール嬢?」


 腕を腰に当てて、ご機嫌ナナメなネイサン嬢。


 ネイサン嬢はムカつくが、クロードがそう言うならそうなのだろう。

 ウィルデリアはネイサン嬢に頭を下げた。


「失礼致しましたわ。

 わざわざのお越し、ありがとうございます。

 ネイサン嬢、よろしくお願いします。」


「閣下に頼まれましたもの、私の出来る限り頑張りますわ。

 あら?アリサ嬢のお隣の方はどなたかしら?」


 ネイサン嬢がサリアの隣のリアムに気がついた。


「リアム・ルッドマンです。

 ブルーシア公爵、ネイサン嬢?

 お初にお目に掛かります。」


「君がリアム・ルッドマン君か、ウィルデリアの手紙で知っているよ。

 よろしく、魔法使い君。」


「魔法使い?

 信じられませんね。

 私はリロット・ネイサンですわ。」


「ネイサン嬢、彼は本物ですわ。

 それはわたくしが保証致しますわ。」


 ウィルデリアは自信満々に言った。


「それでは、その魔法とやらを見せて下さる?」


「ここでは…」


「大丈夫です、おかあさま。

 サリアさん、グラスを返して?」


(おかあさま⁈)


 リアムのウィルデリアへのおかあさま呼びを、手紙で知っているクロードは動じなかったが、知らないネイサン嬢は内心驚いた。



「ああ、わかった。」


 サリアはグラスをリアムに手渡す。


 リアムはクロードとネイサン嬢に近づき、グラスを手で覆い隠した途端、辺りに冷気がただよった。


 リアムが覆い隠した手を開くと、そこには氷漬けになった中身とグラスがあった。


 一瞬の出来事に驚くクロードとネイサン嬢。


「いかがですか?」


 無言のネイサン嬢。

 その表情は驚愕に染まっていた。


「ルッドマン君、いや、リアム君。」


 クロードがリアムを呼んだ。

「はい、ブルーシア公爵。

 なんでございましょうか?」


「私も呼んでもらいたのだ。」


「はい?」


「その、おとうさま、と。」


 クロードの懇願する表情でそう言った。


 リアムはたっぷり間を使ってから返答した。


 喜んで、と。



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