29話 推しにラブコールを
ある日、私は公園のベンチで直子ちゃんとだべっていた。最近の推し作品のこと。どんな妄想が捗るかなんて、適当なお腐れトークをしていた。ホント、またこんな下らないことができるようになって良かった。
その時私は、「もしかしたら直子ちゃんなら理解してくれるんじゃないか」と思った。私と同じように妄想癖に溢れたこの子なら、異世界のことが伝わるんじゃないかって。
そこで、思い切って話してみた。
「直子ちゃん。あのさ、私失踪していた間、異世界に行っていたんだ……」
あれ、ポカンとしている。いや普通はそうなんだろうけど、直子ちゃんだったらもっと食いついてくると思っていたよ。もしかして異世界モノは範囲外だったけ?
しばらくの沈黙の後、直子ちゃんは
「たまちゃんもとうとう中二病に目覚めたか……」
あらぬ疑いをかけてきおったわ。生憎だが、私はもうそういった習性は卒業したぞ! 一時期、本当に中2の時はそんな感じになったこともあるけど、流石に今はなってないよ。何かしらのキャラを貫き続けることができる……いや、貫いてはいないか。しょっちゅう設定が変わるし。とりあえずそんな意思の強い直子ちゃんと一緒にされたくはない。
「そうか、違うのか……」
「いやガチ凹みやめて! ごめんって、また気まずくなるのはナシにしよう、ね」
「そうだね。でもたまちゃん。あたい、毎日たまちゃんの家に通っていたけれど、本当にその間異世界に行っていたの?」
「うん。信じてもらえないかもしれないけど。私は時空の穴をくぐって、ビエルェンっていう別の世界にある国に行って、そこで仲間に出会って、色々な冒険をしたんだ」
それはもう、言葉では説明しきれないくらいの大冒険を。近未来的な都市で、ハンターのみんなと一緒に怪獣と戦っていたんだ。日本で引きこもっていたんじゃ絶対に経験できなかったロマンがそこにはあったんだよ。
「それでね、向こうで私の面倒を見てくれた人たちが、みんな素敵な人で――」
私が様々なタイプのイケメンに囲まれていたことを知った直子ちゃんは、嫉妬の目を向けてきた。ああ、何だかそんな視線すらも愛おしい。
「たまちゃんいいなぁ。あたいもその人たちに会ってみたいなぁ」
うん。私もまたみんなに会いたい。直子ちゃんにも紹介したいな。
直子ちゃんは大概なんでも行ける。生モノも問題ない。この子だったら、あの4人でどんな妄想をするだろうか。
キキー、ガチャリ。
あぁ、でもまた解釈違いで揉めたら嫌だなぁ。でも今ならそんな喧嘩すらも楽しいくらいに、全力でぶつかることができるのだろうか。
カツカツカツ。
「ねぇたまちゃん。たまちゃんはその人たちを、どんな目で見ていたの?」
うおっと、質問キタコレですぞ。さてなんて言えばいいのか。本人の目はないし、堂々と赤裸々に語っちゃっていいかしらん? ぐへへ、実はそれなりにイイ感じに……。
「それはやめろと言ったよなァ?」
ファッ!? どこからかルーィさんのお声が聞こえたような? 私、異世界恋しさにとうとう幻聴を発症した!?
私が慌てふためいていると、直子ちゃんも目をぱちくりさせていた。えっ、なになに。何を見ているのあなたは? 何を聞いているの私は?
「やあ環。お前にとっては久しぶりの再会になるのか? 生憎、俺にとっては一瞬だ。どうやら神様は、俺たちをどうしても引き離したくないらしい――」
「馬鹿、一瞬なものか。自分たちはあの異空間を数日彷徨っていたんだぞ」
「お腹ペコペコよぉ。やっぱり、遠出用の非常食だけじゃ足りなかったわね」
「あなた一番食べていたじゃないですか。良かったですね、ぼくとジバリさんの食が細くて」
「環ちゃん! 良かった、知ってる人に出会えた! それじゃここは環ちゃんの生まれた世界なんだね、また違う世界だったらどうしようと思ったぜ!」
待って待って待って待って待って。
どういうこと!? 次々と聞き覚えのある声が私の背後からやって来るんだけど! そういやさっき、やけに大きなブレーキ音がしてたよね。あの車、空飛ぶ機能が付いたものとかじゃないよね?
直子ちゃんの口がだんだん大きく開いていく。あ、これ幻聴じゃない。この子にも聞こえてる。てか多分見えてる。
私は恐る恐る、声のする方を振り返った。そこには――――。
「何でいるの!!!???」
ルーィさん、ジバリさん、カーヌちゃん、ベクティナくん、ハリリタちゃん、その他大勢が立っていた。
待って、やめて。何この三流オチは!? あの時の感動の別れはどうしたの!? 間髪入れずに再会とか、嬉しいけどなんか違う!
「よお。やっぱり俺たちは何か惹かれ合うものがあるらしいな。こっちの世界に来ても、すぐにお前を見つけることができた」
ドカリと私の隣に座って、キザなことを言いながら肩に腕を回してくるルーィさん。何かキャラが初期の仕様に戻ってない?
「やめないか。環もその友達も、困っているだろう」
すかさずジバリさんが助けてくれる。毎度のことながら有難い。助かった気はしないけど。
「みんな、どうしてここに……?」
「たまちゃん、もしかしてこの人たちが、さっき言ってた?」
「うん。異世界で私の面倒を見てくれた人たちなんだけど……」
こういう時頼りになるのは、ジバリさんかカーヌちゃんだ。私はそっと目配せした。すると期待通りに、カーヌちゃんが事情を説明し始めた。
「ちょっと聞いてちょうだいよ。あの後ビエルェンに繋がる穴に引き返そうと思ったら、すっごくちっちゃくなってて、車じゃ潜り抜けることができなかったのよぉ。ゾンムバルもいつの間にか穴の中に戻ってきていて、あたしたち完璧に内側に閉じ込められちゃたの。それでやっとのことで時空のひずみを見つけて飛び込んだら、何だか知らない街並みに出ちゃうじゃない。もうみんな大パニックよ!」
なるほど、大体分かった。
要するに、今度はみんながビエルェンから日本に迷い込んだって訳だね!?
「そゆこと♪」
音符じゃないよ! こっちが大パニックだよ!!
え、え。どうするのこれ。みんなはどうなっちゃうの? また時空に穴が開くまでこっちで過ごすってこと?
「そういうことになるな」
「幸いぼくたちには、青い瞳があります。これで異空間にいるゾンムバルを探すことはできるかと」
そういう問題じゃないんだよ。え、どこに住むつもりなんだろう。こっちに戸籍なんてないよね、もちろん。
「今度は俺たちが、お前の世話になるな」
待って決定事項みたいに言わないで! 我が家には呼べませんよ多分。
「でもあーしは、またタマキちゃんに会えただけでも嬉しいかな」
「カシラが男児属性から女の子属性に目覚めてる……!」
「お前らうるせえよ! あーしのは純粋な友情だ!」
待って待って。なんなのこれ。
私は今すぐにでも逃げ出したくなった。許されるよね、こんな追い詰められ方したら、逃げない方が無理だよね!
だけどそれを許してくれない人が1人いた。
それは異世界人のみなさん、ではなく――。
「ねぇたまちゃん。もっと詳しく説明してもらえるかなぁ……?」
禍々しいオーラを纏っていたのは、直子ちゃんだった。何だろう、すごく嫌な予感がする。
「あなたは! あたいが後悔している間に! こんな逆ハーレムを作っていたのかァ!?」
だからさっき説明したじゃんよ! 実物見たら感想が変わっちゃうのは分かるけどさ!
「軟派系硬派系オネエ系ショタ系ボーイッシュ系ガチムチ系ベア系おっさん系と選り取り見取りじゃねーか!」
「後半の方々とはそれほど友情育んではいません!」
「ずるいずるいたまちゃんばっかり! あたいも異世界行きたい!」
私の胸倉を掴んでぶんぶん揺さぶってくる直子ちゃん。おおう、いつにもなくアグレッシブだ。
そうやって揉めている私たちの間に割って入ったルーィさん。なんとなく予測はしていたけれど、流れるように我々の肩を抱いてきた。
「やめろ。俺を求めて争うな。お前たち、2人まとめて愛してやる」
ホントさぁ、ずるいよこの人。
直子ちゃんも、柄にもなくうっとりしちゃってるし。でも多分、本当にうっとりするのはこの後だろうけど。
「やめろルーィ。ここまで来て迷惑を振り撒くな」
「何が迷惑だ。可憐な少女がいれば愛を囁く。それが男の義務だろう?」
「お前、環相手にも本気でそう言っているのか」
「……すまん、それはない」
ないのかよ! 今更だけどさ! とりあえず直子ちゃんに対して恰好つけたいんだろうなぁ。
そして案の定、ルーィさんを叱るジバリさんの姿に、直子ちゃんはうっとりしていた。
「たまちゃん、あの2人なんかイイ感じだね」
言うと思ったよ。まぁ私たちの感性、細かいところを除けば似たようなものだもんね。はまるとは思ったよ。
でも沼ったらどうしよう。何だか色々と面倒な方向に話が進んでいるような――?
「あらぁ、もしかしてその子が、環ちゃんが仲直りしたいって言っていた子かしら?」
いつもナイスだよカーヌちゃん。いいタイミングで別の話題に切り替えてくれる。混乱するのは後にしよう。うん、ゆっくりお話ししていけばとりあえずは落ち着くよね。
「はい。この子が私の親友、
「えっと、よろしくお願いします。たまちゃんがお世話になりました」
「いいのよぉ。それより、あたしたちしばらくこっちの世界にいることになりそうだから、こちらこそよろしくね」
怪獣を探知することのできる青い瞳があるから大丈夫とは言っていたけれど、本当だろうか。もしかすると、みんな二度とビエルェンに戻れないんじゃないだろうか。
「お前がそんなことを気にするな。その時はその時だ」
「いなくなったところで、向こうの世界では『ゾンムバルの討伐に行き、失敗して死亡』とでも記録がつけられるだけだろうな。自分たちは元々それほど大きな集団ではない。行方不明になったって気にする者は少ないさ」
「どうせみんな身寄りもいませんしね。強いて言えば、このグループが身内ですが」
「ダメよう! あっちにはまだドラジェーンちゃんがいるんだから! きちんと帰らないと、あの子が悲しむわ」
ハンターのみんなは、思い思いに喋っている。ただ全員に共通しているのは、こっちの世界にしばらくいるつもりだということだ。いやホントどうするんだろう。家とか借りられるの? ホテルには泊まれるのかな。仕事はどうする? 学校は行く?
私は定住しないみんなの中に入れてもらえたからその辺を気にする必要がなかったけれど、こっちの世界じゃあそんな暮らしをする訳にはいかないよね……?
「お前の家に邪魔するぞ」
「いやダメですよ、そんな突然! うちこんなに人を呼べるほど広くないですし!」
こんなに男を連れ帰ったら、両親卒倒するわ! そして、仮に「失踪していた間お世話になった方々です」とでも説明してみろ、全員ブタ箱行きだよ!
こんなことになって、どうしようどうしようと、私の頭はパニックに陥る。
けれどそれ以上に湧き上がる感情があった。
嬉しい。
またみんなと会えた。
この再会が、この日々が、いつまで続くかは分からない。
でも私は、今この瞬間が最高に嬉しい。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、ルーィさんが何かを察して手を差し出してくれた。
「またよろしくな、環」
周りのみんなも笑っている。直子ちゃんも何だか楽しそう。だから私の笑顔もどんどん大きくなる。
「……うんっ。よろしくね、みんな!」
もうどうでもいいや! 今後のことは、どうにかなるでしょ!
大好きな人たちと一緒にいられること。それが何より勇気になる。未来への原動力はこうやって生まれるんだ。
根拠なんていらないよ。今が最高に大好き――それで充分!!
異世界で逆ハーレムを築いたけど、むしろお前らがくっついてくれと思っているのだがどうすればいい? 間堂実理果 @miricaandminori
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