28話 故郷界におかえり

「………………ハッ!」


 気が付くと私は、線路下のトンネルの中にいた。薄暗い細道。少し遠くを見やれば、すぐに住宅街がある。この場所は、ルーィさんに抱かれて時空の穴をくぐった所だ。


 あぁ、私帰って来たんだ。


 あまりにも馴染みすぎていて、ついさっきまで異世界にいたとは思えない。この数日間も、変わらずにこの町で生活していたみたいに感じる。私の意識と感覚は、一瞬でこちらの世界に引き戻された。まるで、ビエルェンに行っていたことなんてなかったみたい。


 でも間違いなく、私は異世界に迷い込んで、あちらでの生活を満喫していた訳で。


 こっちの世界では、どのくらいの日数が経過しているんだろうか。


 とりあえず、ここから近くにあるコンビニに入って確かめてみようと思う。


 ローソ〇の入り口をくぐって思い出した。そうだ、あの日私はここに来ようとしていたんだった。その途中で、変な石を――青い瞳を拾って、盗賊団のみなさんに取り囲まれて、そんなとこをルーィさんに助けてもらって……。ああ全部が夢だったみたい。


 おや? あの日私が買いに来ようとしていた、推しアニメのタイアップ商品がまだ売っている。ってことは、まだそんなに日数は経過していない? こらそこー、マイナーだから他に買う奴がいないとか言うんじゃない。やめろ、本当に、悲しくなってくるから。マイナーなのは重々承知なんだよ。


 何か日付を確認できるものをと思い、トイレを借りて、その中にある清掃のチェック表をちょっとだけ失敬する。


「いや、まぁまぁ経ってたわ」


 具体的に言うと、私が異世界に行ってから、半月が経過していた。およそ2週間。正直に言うと、もっと経っていると思っていた。思っていたよりも短いけれど、人が1人行方不明になった期間とすれば十分な時間だ。


 やっぱりみんな心配しているだろうな。


 うわぁ、どうしよう。ここにきて、家に帰るのが怖くなってきた。お母さんもお父さんも、どんな顔をしているかな。再会したら、まず真っ先に何をされるだろう。抱擁か、はたまた拳が飛んでくるか。平手かも。


 いやいや。この世界に帰って来たんだから、私が行くべきなのは自宅一択でしょうが。それを避けてどうする。本当に失踪したことになるよ。


 よし。よし。よし!


 さぁ、お家に帰ろう。




        * * *




 この角を曲がれば、懐かしの我が家が――ッ!?


 自宅の玄関が視野に入ったところで、何かが見え、私は一旦物陰に隠れた。今のが見間違えじゃなければ、あれはもしかして……。


 改めて恐る恐る、家の方を確認する。


 やっぱりそうだ。玄関にいるのは、お母さんと直子なおこちゃんだ。


 おおう、今会うのが気まずいツートップがそろい踏みだよう。どんな顔をしてあそこに出て行けばいいの。


 でも隠れていたって始まらない。


 さぁ行こうお久しぶりです!


「お母さん! 直子ちゃん!」


 私は勢いよく角を飛び出し、2人に見えるところまで走った。突然声をかけられて驚いたのか、2人は何度か周囲を見渡し、私を発見した。


たまき……?」


 まず出てきたのは、お母さんだった。すっぴんなのもラフなTシャツ姿なのも気にせず、玄関先から飛び出してくる。


「お母さん!」


「環!」


 私は走った。お母さんも走った。感動の、親子再会の場面である。急に世界がキラキラして見えてきた。何だかよく分からない、ファンファーレみたいなBGMも聞こえる。ああ、今私は、この世界の物語の主人公になっている! そんな気分。


 私は両手をすしざ〇まいのように大きく広げた。お母さんも同様に手を広げ、あれ違う。広げすぎじゃない? N〇RUTO走りみたいな格好になってるよ?


「あんたどこに行っていたの!!?」


 バチィィィン!!


 真昼間の閑静な住宅街に、私の両頬がいっぺんに叩かれる軽快な音が鳴り響いた。


 うん。予想はできていた。でも実際に食らうのはまた別の話! これのどこが親子感動の再会じゃあ!


「突然いなくなって、2週間も音沙汰なくって、どれだけ心配したと思ってるの!?」


「うぇぇ……ごめんなさぁい!!」


 多分、向こうの世界でみんなにお別れを言った時よりも大きな声が出た。ご近所のみなさん、ごめんなさい。突然の母上の怒号と、私のギャン泣きする声には、さぞかし驚かれたことでしょう。いやホント、ご迷惑をおかけします。


 それから約1分間は、往復ビンタの時間だった。


 あの、せめて事情の説明とか、弁解の時間をください。そんな余地ないのは自分が一番よく分かっているけれど。


 ひとしきり私を引っ叩いて落ち着いた母は、ようやく抱き締めてくれた。


「生きてて良かった……」


「ごめんなさい。心配かけて」


 それからもう1人、私の傍に歩み寄って来る。


 直子ちゃん。あなたに謝りたくて、私は帰って来る決心をしたよ。


「ごめんね、直子ちゃん。突然いなくなったりして」


「良かったよぉ、たまちゃん、あたいのせいでいなくなっちゃたんだと思ってたんだ……」


 うおっ。また一人称が変わっていやがる。私が引きこもっていた間に、何に影響された?


「下らないことで意地張って、引きこもって、いなくなって……。心配かけて、本当にごめん」


「ううん。たまちゃんを理解しようとしなかったあたいも悪かったんだ。たまちゃんは外に出れなくなるくらい落ち込んだのに、あたいはのうのうと学校に行ってた。絶交されてもおかしくないくらいのことをしでかしたのに、何食わぬ顔で……。ごめんね」


「いやね直子ちゃん。登校については、あなたの方が偉いのよ」


 お母さま~? 口を挟まないでくださるかしら? 言ってることはごもっともだけど。


「あたい、またたまちゃんと友達になれるかな?」


「もちろんだよ。またも何も、ずっと変わらずに友達だよ!」


 私と直子ちゃんは、大泣きしながら抱擁を交わした。


 親友との感動の再会。私たちがこうしている間に、お母さんは電話をかけている。多分、お父さんかな。色んな人に心配かけちゃった。


 でも、無事に帰って来ることができて、本当に良かった――――。




        * * *




 それから仕事を早退したお父さんにもビンタされ、直子ちゃんとは一旦お別れして、私は病院に連れて行かれた。そこで色んな検査を受けたけど、びっくりするくらいに健康体だった。


 まぁそりゃそうだよ。あちらではハンターのみなさんにお世話になったもん。私の身体のことも大分気遣ってくれて、助かった。


 その後は警察に行って、いなくなっていた間のことを聞かれた。異世界で怪獣狩りを見ていたなんて、当然言えなかった。妄想癖やべー奴か、おくすりさん扱いになるだろうし。ひたすら「よく覚えていません」で通した。「トンネルをくぐって、気付いたら半月経っていました」とか、適当なこともたまに言ってみた。


 もちろん、それでも信用されることはなかった。


 でも体調ヨシ、外傷ナシだから、事件性は薄いと判断されたのかな。これでもし怪我でもしてたら、トラウマによる記憶の混濁みたいに判断されて、もっと色々と訊かれたかも。ぶっちゃけ匙を投げられた状態だ。


 こっちの世界には、ビエルェンを知る人は誰もいない。だからこの2週間、私がどう生活していたかなんて、知り得ないのだ。それこそあちらの世界から来た証人でもいなければ。




 私はまだ警察に話を訊かれたり、病院で検査を受けたりで、すぐに学校に行くことはかなわなかった。あちらさんもお仕事だからね。いくら投げ出したい案件でも、構うしかないのさ。


 数日経つと、あちらの世界での出来事は全て夢だったのではないかと思えてきた。こっちには、ビエルェンの存在を証明するものはない。私の記憶だけが唯一の頼り。でも私はその記憶を誰にも語らない。


 妄想だと思われたくないから隠すのに、そのせいで私自身が、思い出を疑っている。何だろうね、コレ。


 私の空白の数日間。まるで本当に何もなかったかのように思えてくる。


 違う違う、そんな訳ない。私は確かに別の世界で冒険をしていた。ルーィさんもジバリさんもカーヌちゃんもベクティナくんもハリリタちゃんも、みんないたんだ。


「みんな……会いたいよ」


 警察署からの帰り道、私はぽろりと呟いた。ちらっと隣にいるお母さんの方を見ると、不思議そうな視線を私に向けていた。

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