27話 帰還しよう

 きっとこれが最後のチャンスだ。絶対に無駄にできない。


 しかし私の事情について何も知らない、真っ赤な他人の狩人さんたちは、私たちのことなんてお構いなしだ。みんな懸賞金か、それとも珍しい怪獣を倒したという名声か、そんな何かが欲しいんだろう。うん、彼らが私のことを何も知らないように、私も彼らについては何も分からない。


 だからこっちだって、好き勝手やらせてもらうよ!


たまきちゃん、カッコつけてないで、きちんと掴まってなさい!」


「アッ、さーせんした」


 砲弾の雨――ではないな、降ってくるじゃなくて、下から上がってくる訳だし。そんなことはどうでもいいや。とにかく、入り乱れる攻撃の中をカーヌちゃんは器用に縫って、車を穴に近づける。ハリー団の車も慎重に後から付いてきた。


 この際、ゾンムバルも他のハンターも無視だ。構っている暇なんてない。問答無用で穴に突っ込む!


 そのつもり……だったんだけど。


「まずいぞ、穴が閉まりかけている!?」


 周囲のエネルギーを観測していたジバリさんが、これまで彼の口から出たことのないような焦った声を上げた。


 どうして!? 今ゾンムバルは、穴の外にいるのに。このまま時空の亀裂が元に戻ってしまったら、あいつも帰ることができなくなるんじゃないの?


 怪獣の事情なんて、人間の私には分からない。でも怪獣が人間の事情を理解できないのも当然だよね。うん。やっぱりあいつは、私たちのことなんか歯牙にかけていない。ただ自分に害をなす狩人に抵抗しているだけだ。


「カーヌちゃん! このままあの穴に突っ込んで!」


 私は無理を承知でお願いする。そんなことをしたら、今度はみんなが異なる時空に迷い込む羽目になる。そんな展開は私も誰も望んでいやしない。


 でも。


「ここまで来たら、どこまでだって付き合うわよぉ」


 カーヌちゃんは、アクセルを全開にしてくれた。車は勢いよく、ゾンムバルの穴の中に突入する。ハリー団の車も付いてきてくれた。


 いよいよだ。


 私は元いた世界に、私がいるべき世界に、帰還しよう。




        * * *




 時空の穴の中には、地面があった。見渡す限り靄がかかっていて、上下左右が判別し辛い。だが出口と思しき光があるから、向かう方向が分かる。重力と地面があるから、どこに立てばいいのか分かる。


 そうだ、私がジバリさんに抱えられて日本からビエルェンに来た時も、徒歩だった。足がついて当然だ。


 この道まで戻って来たんだ。あともう少しだ。


 そして、あともう少しでみんなともお別れだ。


 私は下車して、異空間の地面を踏む。うん、しっかり立てる。これなら私1人で歩いて行けそう。


 入って来た穴を見ると、もう大分小さくなっている。早くしないと、みんなが帰れなくなっちゃう。この空間に置き去りにされたらどうなるんだろう? ゾンムバルと一緒に生活するの? また穴が開いた時に外に出れば帰れるの?色んな疑問が浮かぶ。


 でも今はそんなことを考えている場合じゃない。それより先に、みんなに言わなくちゃいけないことがあるだろう。


「みんな! 聞いて!」


 私は2台の車を交互に見ながら、自分の気持ちを伝える。


「ルーィさん。私をビエルェンに連れて行ってくれてありがとう。大変なこともいっぱいあったけれど、きっと私、この経験がなかったらいつまでも勇気が出せないでいた。前に薦めないままだった。私、そっちの世界に行けて良かった!」


「ああその通りだ。俺様と出会えたことは、お前の人生において最上級の糧となるだろう。これからも、俺様のことを胸に励むがいい!」


 何事にも自信を持って言えるその性格、とっても好きです。


「ジバリさん。何にも分からない私を支えてくれてありがとう。私、ジバリさんがいたから怖がらずにいられた。いつか帰ることができるって希望が持てた。人に頼ってもいいんだって思えた!」


「環。苦しい時は必ず友達を頼れ。君は独りじゃない、どこの世界でもそれは同じだ!」


 いつでも気にかけてくれて嬉しかったです。


 ルーィさん、ジバリさん。お2人で変な妄想してごめんなさい。でも向こうの世界に戻ったら、2人ともフィクション扱いになるよね? よっしゃ決めた。2人をモデルにしたスケベ本を描いてやる。あっちでなら許されるはず!


「「馬鹿なことを言うな!」」


 おっとぉ、また心の声が漏れていたようだ。気を付けなくっちゃ。


「カーヌちゃん。真っ先に友達になってくれてありがとう。あなたのおかげで寂しくなかった。ビエルェンでも顔を上げていられた。むしろ明るさを取り戻せたよ!」


「あたしも楽しかったわ。いつもは狂暴な男の子たちに囲まれているんだもん。女の子の友達ができてとっても嬉しかった!」


 私もね、正直周りが純粋なイケメン男子ばかりだったら、まともに話せないままだったと思う。カーヌちゃんのおかげで、気持ちがほぐれたんだよ。


「ベクティナくん。私が何かしでかしそうになる度に、ブレーキを踏んでくれてありがとう。あなたがいなかったら私、今頃もっと暴走していた。本当に助かったよ、ちっちゃいのに偉い!」


「何でボクにだけちょっと上から目線なんですか……。でもいいや。ボクも、あなたには助けられました。周りは大人ばかりで、ボクも大人でいなくちゃと思っていました。でもあなたが来てくれたから、まだ子供である自分を出すことができた。そこだけは感謝します」


 おい。他にも感謝しろし。でもそうだよね、大人3人の中で1人だもんね……。そっか、ベクティナくんと一番歳が近いのは、私なんだ。こんな私でも、教えられることはあったのかな。


「ハリリタちゃん。あなたがこの世界で、唯一の女の子の友達。似たような趣味のあなたと向き合えたから、自分とも向き合おうと思えたの。変わるきっかけと、前に踏み出す勇気をあなたがくれたんだ。ありがとう!」


「あーしも、タマキが初めての女友達なんだ。盗賊家業で悪さばかりしていたあーしの、もっと悪そうな部分を、アンタが肯定してくれた。あーしもやっと自分に素直になれそうなんだ! 友達になってくれてありがとうな!」


 良かった、ハリリタちゃん。あなたの力になれたおかげで、私は自身が持てたんだ。こんな私も誰かの役に立つことができるって。嬉しかった。あなたと出会えたから、直子ちゃんと仲直りしようって覚悟ができたの。


 大分遠回りしちゃったかな。ビエルェンに来ていっぱい経験したよ。元の世界じゃあできないようなことを、たくさん。こんなに濃厚な日々だったんだもん、これから先、役に立たない訳ないよね。


 この世界での経験は、絶対私を強くしてくれた。回り道したからこそ、外に出る勇気を持てた。もう部屋に引きこもるのはやめよう。外に踏み出そう。学校に行こう。直子なおこちゃんに会おう。ごめんねを言おう。その前に、お母さんお父さんにもごめんなさいを言わなくちゃ。なまら心配してるぜ。


 ああもう。帰ってからやることが多すぎる。引きニートのキャパを超えてるよ。ここまで逃げてきたツケかな。


 でも大丈夫。こっちでの生活が私を強くしてくれたから。何度も自分に言い聞かせる。私は強くなれた。だから大丈夫だって。


 唯一辛いのは、もうみんなと会えないことだね。


 そうだよ。これが今生の別れになるんだ。


 また偶然ゾンムバルが私の家の近所で時空を歪めてビエルェンと繋げるなんて奇跡が起きない限り、もうこちらには来ることができない。


 その事実だけが、ひたすら私の胸を締め付ける。


 ダメだダメだ。帰ろうって決めたのに。涙が止まらないや。


「環ィ!」


 俯いて震えていたら、ルーィさんに怒鳴られた。


「お前は早く帰れ! お前が生きるべき世界で、お前がするべきことをしろ! 早く行け!!」


 もう、さっきも言ったじゃん。私が異世界旅行をしたのは、あなたのせいなんだよ。無責任だなぁ……。


 ありがとう。


 すぅ、と息を大きく吸って、顏を上げる。


「みんな! ありがとう!! 大好きだよ!!!」


 これまでの人生で出したことのないような大声。凄いじゃん私。やればできるじゃん。こんなこと、家族にも直子ちゃんにもしたことないなあ。大声で大胆な告白なんて、女の子の特権だね。


「あたしも大好きよぉ!」

「ぼくも嫌いではないですよ」

「あーしも環ちゃんのこと愛してる!」


 あぁもうやめてよ。そんな風に私を人気者にしないでよ。


 はぁ……どうしてかなぁ。爽やかに綺麗にお別れしたかったのに。涙が堪えられないや。次から次へと溢れ出してくる。めちゃくちゃブスな顔になってるだろうな。こらそこ、元からとか言わない。


 これ以上こんな汚い顔を見せる訳にもいかないし、私はみんなに背中を向けて走り出した。川の中を走っているみたいに、足元が不安定だ。何もないのに、ふわふわした感覚に躓きそうになる。


 走れ。走れ。私の生まれた世界がある、あの光の穴に向かって走れ。


「環! お前はいい奴だ、胸張って生きろ!」

「自分は君との出会いを大切に思う。だから君も、我々と過ごした日々を忘れないでくれ!」


 なんだよう、それ。忘れられる訳ないじゃん。こんなに楽しくて、こんなにドキドキした日々は、私の身体にも心にもしっかり刻まれている。


 ありがとうビエルェンでの日々。


 さようなら。


 私は振り返らず、光の中に飛び込んだ。

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