26話 くぐれ! 時空の道

 1度逃したチャンスが、再び巡ってくることはなかなかない。そう思っていた時期が私にもありました。


 以外なことに、ワープ怪獣ゾンムバルが出現する兆候が確認されたのは、私がやらかした日から、地球換算で1週間ほど過ぎた頃だった。


 狩人のみんなや、盗賊団のみなさんに協力してもらって情報を集めていたら、すぐにヤツは見つかった。


 しかし、ちょっとまずいことがあるみたい。


「昔の知り合いから聞いた話だ。ゾンムバルは元々その姿を確認すること自体が困難な怪獣。だから討伐した際に得られる賞金も非常に高い。それが近頃頻繁に目撃されている。すなわち――」


 順番に語ろうとするジバリさん。そんな彼の言葉を、ルーィさんが遮る。


「もったいぶってんじゃねぇ。俺たちの他にも、あれを狙っている奴が多いんだろ?」


「その通りだ。自分たち以外にも、怪獣対策課に問い合わせている狩人が大勢いるという」


「こりゃあ、そいつらにゾンムバルがぶちのめされちまう前に、時空の穴を利用しないとやべぇな」


 もしかして、あれやだ。私の考えていること、合ってるかな?


「この世界と私の世界を繋げる穴を開けることができるのは、そのゾンムバルだけなんですよね?」


「ああ。だからあいつが討伐されちまったら、お前一生帰れないぞ」


 やっぱり!? そういうことですか!


 それが一番困るなぁ。時空を超えることに失敗したなら、またいずれチャンスがあるかもしれない、って希望を抱けるけれど、もう二度と時空の穴が開くことはないって言われたら、もう何もできないもんね。八方塞がりどころか、しっかり全身埋められちゃってる。


「だからそうなる前に、君には行ってほしかったんだがな」


「はい本当にごめんなさい反省しています」


 うん。申し訳なく思っているのはホント。でもあの時帰らなかったことを、私は後悔していない。みんなにサヨナラを言えないことの方が、きっと後悔する。


 だからサヨナラを言うチャンスを獲得しに行った自分を褒めたいという気持ちがちょっとだけあるんだ。


「調子に乗るな」


「すいませんでした!」


 ゴスッと、ジバリさんからチョップをいただいてしまった。はい、お怒りごもっともです。


 自分の失敗を棚に上げて、あたかも成功したかのように振舞うのは、悪いことだ。


「自覚があるんだったら、もっとしゃんとしろ」


 怒られた。まぁ、これは完全に私が調子をこいていた。


 もっと気を引き締めていかないと。また帰るその瞬間に、決意が緩んじゃうに決まってる。


「さて。改めて確認するぞ。今回ゾンムバルが出現する兆候が見受けられたのは、街から見て南西に位置するジリース海の上空だ。海上なので、もしも標的と戦闘に入ったら危険な状況になることが想像できる。なるべく迅速に穴に近づき、たまきをその中に送り出す。いいな。今度は躊躇うんじゃないぞ」


「うん。分かってる――」


 多分、今度も分かっていない。今は腹を括っているつもりだけど、いざその時になったらまた揺らぐに決まっている。


 それでも、やらなきゃ。ここまで私を支えようとしてくれている、みんなに報いるために。みんなの一生懸命さを無駄にしないために。私は帰らなくちゃならない。


 これは全部、私の話なんだ――――。


「さぁさぁ、難しい顔を続けていたら疲れるわよ。お茶でも飲みながら、もっとゆったり会議しましょ」


 カーヌちゃんがそう言いながら、キッチンでお茶を淹れて持ってきてくれた。リラックスしちゃう香りが漂ってくる。不思議と落ち着くなぁ……。大丈夫だよね、これ。こっちの世界では合法だけど、帰ったら違法になっているハーブとかじゃないよね。私がこれを摂取していたことが向こうの世界で判明したら、捕まること間違いなしなんだけど。


「大丈夫よ、変なものは入ってないわ」


「あっ、うん。ありがと……」


 何カーヌちゃん相手にキョドってるんだ私。これまでずっと普通に話せてただろ。


 やっぱり変なものでも入っていたか?


 いや違うな。急に気持ちが落ち着いたことに動揺しているんだ。って何だこの矛盾。


 うん。でも良かった、きちんと冷静になれている。頭の中がごちゃごちゃしていたけれど、お茶を飲んでほっとしたことで、すっきりと考えることができている。


 カップを置いて、ふぅと息を吐いて、私はみんなと向き合う。


「みんな。私のためにありがとう。そしてごめんなさい。迷惑、たくさんかけちゃった」


「別にもう気にしてないですよ、と言うか慣れました」


 ベクティナくんの言い方は呆れているが、その表情には笑みがある。ああ、本当に気にしていないんだな。嬉しい。


「いや、呆れの方が大きいですからね?」


 あっハイ。ごめんなさい、また調子に乗ってました。


「それで、環。自分たちに言いたいことがあるんだろう?」


 話の続きを、ジバリさんが促してくれる。


 私はもう一息吸って、気持ちを述べる。


「ビエルェンの土地に来て、初めは正直怖かった。見たことのない土地どころか、全く知らない、私の暮らしている世界とは違う世界なんだもん。でもね、みんなが助けてくれたから、笑って過ごせた。寂しさや怖さよりも、楽しさがあった。全部全部、みんながくれたんだ。本当にありがとう」


 まだまだ。こんなもんじゃない。もっとたくさんぶちまけたい感情がある。


 それなのに、遮るように私の携帯が鳴った。画面を点けると、そこにはハリリタちゃんの番号が。


「もしもし、ハリリタちゃん?」


『環ちゃん! 今すぐジリース港に来て! ゾンムバルの穴が大きく開き始めてるの。港の宿には、他にもあいつを狙ってるハンターが集まってる。早くしないと、警戒して逃げちゃうよ!』


 彼女の焦り具合から只事ではないと感じ、途中からはスピーカーをオンにしていた。だから今の話は、みんなにも聞こえている。


 それから動くのは早かった。


「行くぞ環。お前の世界に」


 10分も経たないうちに、私たちはジリースに向かって出発した。




 港の上空には渦があった。風と雲によって作り上げられたようなものじゃない。空間そのものが捻じれている。その捻じれの中心には真っ暗な穴が空いており、内側に幻想的な化け物が泳いでいた。ゾンムバルだ。


「環ちゃん!」


 私たちの車の隣に、ハリー団の車が飛んでくる。


「本当に、あの穴の先に、環ちゃんの世界があるの?」


「うん。きっと、繋がっているはず、なんだけど……」


 うっわぁ、自分で言っていてなんだけど、自信ねぇな。きっととかはずとか、もっと断言しようよ。飛び込むのが怖くなるじゃん。


 そうやって私が怯えていると、目が覚めるような破裂音がすぐ傍で轟いた。驚いて音のした方を見やると、他の怪獣狩りの人がゾンムバルの穴に向かって砲弾を発射していた。


 ちょっとちょっと、何してくれちゃってるの!? そんなことして逃げられたら、万一殺しちゃったら、私は二度と帰ることができなくなる。


 頭では分かっているつもりだったけれど、実際にこの事態を目の当たりにすると、焦る気持ちが大きくなる。


 どうしよう。帰れなくなっちゃったらどうしよう。


 だけど。そんな私の不安を振り払うかのように、奴は出てきた。


「――――――キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」


 響く、ゾンムバルの絶叫。鳴き声だけでも空間を歪めているように錯覚する。実際のところ、奴は自分を攻撃してきた狩人を追い払おうとしているだけなんだろう。でも私には、まるで私が穴に飛び込むまで持ち堪えてくれようとしているように見えた。


 ここまでされちゃあ、また迷う訳にはいかない。


 勇気を出して、帰らなくっちゃ。

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