25話 わたしが腐れについて語るなら

 はい。私、浮島うきしまたまきは、腹を括りました。


 あれ程の覚悟を見せられちゃあ、私がそれに報いない訳にはいかないもんね。


 でも……やっぱり最後まで見たかったなぁ。でもあんな荒野で乳繰りあっていても、何かムードに欠けるしね。うーん、難しい。やはりベストなのはホテルのベッドで朝までコースか? そんなのを目撃した暁には、一生おかずに困ることないね。


 おっと危ない。拙者、また勃起しそうになっていたでござる。ナニも付いていないけど。


「お前さぁ。ばれたからと言って、心の声を垂れ流してもいいということにはならないからな」


「ごめんなさいどぅへへへ」


 ルーイさんのため息を聞いてゴキゲンになる私。やっぱり変態みたいだぁ。


「おい環。俺様はあくまで、お前が帰るまでの間は奴と仲良しこよししてやるだけだ。お前の趣味を理解したなんてことねぇからな」


「分かってますよぉ。でも何て言うか、開き直っちゃったと言いますかね。遠慮がなくなっちゃたんですかねぇ」


 今の私、絶対「締まらない顔」の手本みたいな表情になってる。


 でもね、私はあとどれだけこの世界に滞在できるか分からないから、この時間を使ってできる限りの妄想をしておきたいの。走れる内に走り回っておきたいんだよ。


「お前の言うことはよく分からん……。どうして俺はお前みたいな女を連れ込んじまったんだろうな」


 そう言えばルーィさん、初めの頃はさわやか王子様みたいな感じだったよね。いかにも女の子を口説き慣れているような。私がチョロいだけか? でもいつの間にか、ヤンキー気質の素の部分を見せてくれるようになってる。それだけ私が身近になれたってことかな。


「いや違うな。お前は俺がどんな態度を取ろうと、お構いなしで劣情を向けてくるだろ」


「さーせん。否定できません」


 はいその通りでござんす。


 いや訂正。必ずしもそういう訳じゃないよ?


「あのですね。もし仮に私とルーィさんのカップリングが成立したとすれば、その時はなるべく王子様ムーブをしてほしいんですよ。私はなるべく姫扱いをされたいです。でも私の中では、ルーィさんはジバリさんとのカップリングなんです。それならやっぱり、ヤンチャな軟派男子と生真面目な硬派男子の組み合わせの方がベストになるんですよ。だからルーィさんには、なるべくヤンチャキャラでいてほしいんです」


「だから分かんねぇよ。早口で喋るな。とにかくとにかく、この感じの方がいいってことか?」


「イグザクトリー」


「変なことを考えるんだな、異世界人って」


 あ、そっか。この世界においては私が異世界=日本どころか、地球全体の代表になっちゃうのか。それは申し訳ない。流石に私みたいなのはマイノリティだと思うよ。そうじゃないとヤバいよ。


 腐女子が全世界の基準になるのは、流石に不味いかと。いやそりゃ誰でも『素質』は持ってると思うけど、それを表に出したりはしないのよ。


「あれもしかして自分、そっちの気があるかな?」と思う瞬間は誰にでもあるのよ。えっ、これ私が断言しても良いこと? それすら特殊だったりする?


 まぁいいや。とにかくBL趣味って言うのは、それがどれだけ大好きでもあまり大っぴらにはできないことだと思うの。公の場でも声高に「私ぃ、腐女子なんですよぉ~」とか言う奴は大体ファッションかイナゴだから。


 それがまだマイナーな趣味で、軽蔑されることもあると分かっているからこそ、本物は隠したがる。これは断言させてもらいたいけど、腐女子の人権は確立されていないんだよ。


 それとこれも言っておかなくちゃ。こんなことを述べているけれど、私は同性愛者の方々に「非常識だから自分を殺して生きろ」とは言わない。実際の心と、創作上の萌えを混同してはいけない。戒め。LGBTなどはリアル、BLやGLはフィクション、アーユーオーケー?


 何言ってるかさっぱり分からないでしょ? 私も分かんない。だんだん頭の中がこんがらがってきた。


 ああそうだ。お腐れ趣味は世界の標準であってはならない、ってこと。以上。


「独り言はもう終わったか?」


「はい、終わりました」


「お前は一体誰に向かって話していたんだ……?」


「えっと、数多の平行世界に存在する同士のみなさんに向けて、ですかね」


「分からん。さっぱり分からん」


 ため息を吐いて首を捻るルーィさん。まぁ仕方ないよね。言ってる当人ですらよく分からなくなってたもの。




 さて。こんな風に呑気におしゃべりしている私だが、決して余裕のある状況ではない。それどころか大分切羽詰まっているのだ。


 前回、ゾンムバルの開けた時空の穴をくぐらず、みんなに醜態を晒したあの日から既に、地球換算で1週間が過ぎていた。あれ以来ゾンムバルの目撃情報はない。


 そう。私は実質、元の世界に帰る手立てを失っていた。


「戻ったぞ」


 ホテルの部屋でルーィさんとうだうだ言い合っていたところに、ジバリさんが帰ってきた。一応政府とパイプのある彼は、役所の怪獣対策課に行って、これまで出現したゾンムバルについての情報を調べてきてくれたらしい。


「あまりめぼしいものはなかったな。そういう怪獣がいるってこと、ごく僅かの目撃情報ぐらいしか、どのファイルにも載っていない」


「出現する条件とかはありませんでしたか?」


「ああ。その時その時でまちまちだ。時刻、気象、地帯に法則はない。ただ唯一共通していたのは、出現する数日前から空間が捻じれたりヒビが入ったりするという、奇妙な現象が起きている、ってことだ。前回自分らが遭遇した時と同様にな」


 ハリリタちゃんがくれた情報。それにも、空間を捻じ曲げたっていうことが書かれていた。やっぱりそれだけが手がかりなんだ。


 ――そうだ。ハリリタちゃんだ。


 もう1度、盗賊団のみなさまにも手伝ってもらおう。もちろん、厚かましいお願いだっていうことは分かっている。恥を忍んでお願いする。


 彼らなら、国のあちらこちらにアンテナを張っているから、奇妙な出来事が起きた時は真っ先にその情報を得ることができる。


 正直、今の段階で私にできることは何もない。いや、こうなったのも全部私の責任なんだから、こんなこと言って許される訳ないんだけどさ。こればっかりはどうしようもない。そしてジバリさんも、役所からどれだけ情報をもらえるか分からない。


 それなら、公的なものを挟まずに情報を流せる盗賊団のみなさんが頼りだ。


「お願いします、ハリリタちゃん……!」


 私は早速、彼女にメールを送った。すると、僅か2分足らずで返事が来た。


『OK!』


 あっさり承諾してくれた。反って申し訳なくなる。


 全部私の責任なのに、こんなに優しくしてくれるなんて。帰る前に直接きちんと会って、「ありがとう」が言いたいな。


 そうだよ。何今さら気づいているんだろう。私は元いた世界に帰りたいのは、直子なおこちゃんと仲直りできていないっていう未練があるからだけど、こっちの世界にも未練を残しちゃいけないよね。


 ルーィさんとジバリさんに望みを話すことはできた。カーヌちゃんとベクティナくんとは親睦を深めることができた。ハリリタちゃんとの仲良くなれた。そんなみんなに、お礼と少しの謝罪をしなくちゃいけない。


 私ったら、どれだけあちこちに思い残すことがあるんだろう。こりゃあ、元の世界でも自覚していないだけで色々あるぞ。


 私が帰るその瞬間、ハリリタちゃんは見送りに来てくれるかな?


 みんなに何て言って帰ればいいんだろう。


 どうしよう、考えれば考えるほど、今すぐに帰る手段が見つかることが嫌になる。


 あの時もこれがあったのかな。ルーィさんとジバリさんに本音をぶちまけたいっていうことはもちろんあったけど、みんなと急にお別れするのが怖かったのかな。


 私ったら以外と寂しがり? センチメンタリスト? 別に友達なんて、たくさんいなくてもいいと思ってたのにね。自分1人でも別に寂しくなんかないやって。最低限の話せる人がいればそれで充分だって、そういう風に生きてきたのに。


 いざ人に囲まれて、絆みたいなものを感じてしまったら、もう後には戻れないみたい。


 群れて盛り上がるのなんて陽キャだけだと、ちょっと馬鹿にしていたけれど、人と繋がれるっていいことだよね。馬鹿なんかじゃない。ごめんなさい。


 2つの世界を通して、人といることの楽しさを知ってしまった。こりゃあ、帰ってからは大変だぞ。また1人に逆戻りだもん。直子ちゃんと仲直りできなかったらどうしよう。


 帰るのも、帰れないのも、怖いなぁ。いっそ2つの世界がずっと行き来できるようになったらいいのに。


 私は、どこにいたらいいのかなぁ。

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