24話 男たちの沈黙

 やってしまった…………。


 そうだ。私は自分の心の声を抑えることができない。胸の内で独り言を言っているつもりでも、実は口から出ていた、なんてことはしょっちゅうだ。


 だが、よりにもよってこのタイミングでそれを発揮しなくてもいいじゃないか!


たまき、お前なぁ……」


 ああ、やめてルーィさん。一面に飛び散った吐しゃ物を見るような目で私を見ないで。


「なるほど、事情は分かった」


 ああ、やめてジバリさん。虫の死骸を見るような視線を私に向けないで。


 そんな、軽蔑の眼差しで見られたら、私――――。


 興奮してきたな。


 ボガン!!


 ――――ッッいったぁい!!? もしかして、また漏れてた!?


「その通りだよ」


 ポキポキと指を鳴らしているルーィさん。いやぁ、思いっきり頭をぶん殴られちゃいましたね。この痛みすら愛おしい、なんて言っていたら、余計嫌われるのかしら。


「環。その辺でやめておいた方がいいわよ」


 カーヌちゃんは呆れたような表情で、そのまま固まっている。うん。そうだよね。当然のことだ。自分たちのことをスケベな目で見ていただけでも気持ち悪いことなのに、その上蔑まれたり殴られたりすることに快感を覚えているんじゃ、手の施しようがない。


 仲間にも運にも見放された哀れな私……! 自業自得以外のナニモノでもねぇ!! 穴があったら入りたい、その穴に入らなかったからこうなってるんだけどね。


 どうしよう。今すぐにでも走って逃げたいけれど、こんな場所でみんなとはぐれたら、絶対にもう2度と会えないし、再会できない=元の世界に変えることも叶わなくなるってことだから、うん、逃走だけはやっちゃいけない。


 でもこれから先、みんなの顔をまともに見られる? 本人たちにバレたのに、平気な表情をしてまたグループにいられる? いやいやいや。無理でしょ。私のメンタルが持たない。いくらこれまで同様に接してくれたとしても、それが反って私の心を苦しめるに違いない。


 そうですよ! 私は恩人たちで変な妄想をしているどスケベ女なんですよ!


 なんか色々と頭の中を駆け巡っているけれど、これは大丈夫、漏れていないはず。これまで以上に唇の動きには注意を払っているからね。きちんとお口チャックできてるよ。


 恐る恐る顔を上げると、誰も表情を変えていなかった。良かった。さっきのままだ。つまりはドン引きしてるってことだけど、さらに悪化したということはなさそう。


 と思ったらジバリさんが、


「悪化しないんじゃない。できないんだよ。これ以上は落ちないぞ」


「あっ、ソウデスカ」


 私は、自分の頭が相当おめでたい出来をしていることを実感した。そりゃそうだよ。このメンバーにおける私の評価は地に落ちたよ。それどころか地に潜ったよ。どうしてそんなことも想像できないんだろう。見捨てられてもおかしくない状況だ。


 いや駄目、見捨てないで。見捨てられたら、私は帰れなくなっちゃうから。


 なんて我儘、今さら聞いてもらえるかな……。


「環」


「えっ、あっハイ!?」


 何なにナニ!? ジバリさんが急に私の両肩を掴んできた。いや、この体勢だとこのままキスする流れになりますよ。違う! それは解釈違い! 私は混ざらなくていい! 傍観者でいたい!


「環。お前は満足したら、きちんと帰る気になるのか」


「え、多分……」


「もうこちらの世界に心残りはないんだな」


「まぁ、そうなります」


「未練や後悔を残していきたくないんだな」


「その通りでございます」


 そこまで質問すると、彼は私から手を放し、今度はルーィさんに向かっていった。


 いやいやいや。それはダメでしょ。駄目だよぅ!?


「ルーィ。今ここで、自分とキスをしろ」


「断る」


 当たり前の反応だった。当然だよ! 私が言えたことじゃないけど、普通そうなるよ。


「俺様が格好良いのは女にモテるためだ、男に言い寄られるためじゃない。まして、お前なんかとキスができるか」


 こんなことは冗談だと受け取ったのだろう。ルーィさんは歯牙にもかけない。


 そんな呑気にしていたら。ジバリさんがルーィさんの肩をガシッと掴んだ。


「ちょっと待て。言ったよな、お前なんかとはキスできねぇって!」


「環が無事に帰るにはこれしかないんだ。協力しろ」


「おいやめろ。顔を近づけるな。何でそんな真顔でいられるんだお前は!?」


「やめて2人とも!! これは違う、私の望む展開じゃない!」


 いや、無理矢理強引に迫るのも、アリっちゃアリか……?


「はーい。子供は見ちゃダメよぉ」


「言われずとも、見たくないです」


 カーヌちゃんとベクティナくんは、全員に対して呆れているみたい。当たり前だよなぁ。


 逃げ出そうと暴れるルーィさん。抵抗を抑え込むために、ジバリさんはとうとう彼を押し倒した。


 おいちょっとコラ。何だこのどスケベ展開は!? やべぇぞ勃起してきた! 付いてないけど、そんな気がする!! なるほどこういう感覚なんだな!


「ホントマジでやめろ止まれ。おいジバリ、てめぇそんなキャラだったか!?」


「安心しろ。すぐに終わる」


「俺の人生もその一瞬で終わるんだよ! てめぇもそうだ、羞恥心とかはねぇのか!?」


「仲間のためにすることだ。恥ずべきことではない」


「俺のためにはなってねぇんだっつーの!!」


「ねぇ、あたしたちはあっちに行こうか」


「そうですね。少し歩けば村に着きますし、ちょっと商店を見てきましょう」


「ヤレェ! アトチョットダ!!」


 目の前の後継から得られるオーガズムとエクスタシーによって、とうとう私の理性は消し飛んだ。


 あと数センチで、私の心残りも全て解消される。さぁ、やれ。


 私は自分の中で唸る猛獣を止めることができなくなっていた。


 そして――。


「だぁっ! わかったよ、テメェと仲良くよろしくやってりゃいいんだろ!? とりあえずはそうしてやる、だがな、キスはなしだ! そんなことしてたまるか。おいジバリ、テメェも正気に戻れ」


 全力で拒否したルーィさんが、キスシーンを回避してしまった。残念。


 ジバリさんも気が動転していたことに気づいたのか、頭を振って呼吸を整えている。


「すまない。あまりに衝撃的な事実に、おかしくなってしまっていた」


 そんな人の気を狂わすくらいのものなのか、腐女子趣味って。まぁ理解や態勢のない人にすればそんなものなのかな。申し訳ないね。


 全国の同士のみなさんも、他所の場所ではあんまり自分の主義を振りかざさないようにしようね。よっぽど素質のある人でないと、蛇蝎だかつの如く嫌うよ。そんなことをしたら、他の同士のみなさんの迷惑にもなるからね。節度を保った腐女子ライフを。環さんとのお約束だぞ。


 それにしても、ジバリさんとルーィさんはこれからどうするつもりだろう。私のせいで2人の関係を歪めてしまうのは、心が痛い。


 私がしっかりしなくちゃ。1ファンが公式を変えるなんてあっちゃいけないことだ。私がこのままうだうだしていたら、どんどん2人を、ううん、2人だけじゃない。カーヌちゃんもベクティナくんも、グループ全体を崩してしまう。そんな不協和音に、私なりたくない。


 きちんと強い意思を持たなくちゃ。帰るんだって。腹を括ろう。これ以上迷ったり躊躇ったりすることはやめよう。


「ごめんなさい。私も、覚悟を決めました」


 今度こそあの時空の穴をくぐるんだって。


 私の未練がルーィさんとジバリさんの関係だっていうなら、きっとみんなの未練は私がきちんと決断をできないことだろうから。


 はっきり言おう。私のやりたいこと。やらなきゃいけないこと。それは推しCPに迷惑をかけることなんかじゃない。


「私、帰ります」


 お母さんとお父さんをこれ以上心配させられないから。直子なおこちゃんと仲直りしたいから。それが私の、1番の願いのはずだ。

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