第28話 完結後のおまけ話②らったった♪競馬場④
レジャーシートまで戻ると、さくらが迷子になってまで走って買いに行ったレース結果が出ていた。
あおいの予言した7が勝ち、2着が11、3着が12だった。
「ワイドは、7-11と7-12が当たり……そんなあ」
お財布ごと持っていったら、全通り買ったのに。千円しか持っていなくて足りなくて、諦めた外枠の馬が来るなんて。それか、7の単勝でよかった。
「7はあまり人気がなかったので、中波乱でしたね」
午前中、壮馬は確実に儲けていた。笑顔でお弁当を食べている。
「どれもおいしい。屋外に合う!」
叶恵はビールだ。からあげをつまみにしている。
「酒は、ほどほどにしなさい」
「つまらないこと言わないで、壮馬くん。そっちこそ、確実に儲けているけど、それどうするの。まさか、絵衣子さんに逢いに行くか貢ぐつもりじゃないわよね」
「う……!」
的中だったらしい。
「悪いこと言わないから、あの人はやめなさいって」
「叶恵さん、あおいもいるので……その話はちょっと」
酔っている。叶恵はすでに酔っている。
しかも、相手の女性は絵衣子さんって言うんだ。確か、函館山で『A子さん』ってぼかして教えてくれたのに、まんまじゃん。
「私が自分のお金をどう使おうと勝手だ」
「社長にばれたり、しくじったらどうするの。強情」
「ごーじょー?」
あおいが聞き返した。
「壮馬くんみたいな人のことを言うのよ。強情」
「ごー・じょー!」
「社長で思い出しましたがさくらさん、聡子社長の具合はいかがですか」
「あっ、ずるい。話をそらしたし」
「お母さ……いえ、社長の体調は少しずつ、よくなってきています」
「どこか、お悪いのですか?」
「悪くはありませんよ。健康体です、ただ……」
言ってもいいのだろうか。社長宅へお手伝いに来ている叶恵は、体調不良の理由をすでに知っている。
さくらはちょっとためらって、ちらっと叶恵の顔を見た。『言え』と書いてあった。
「ええと。公式発表はもうちょっと先ですが実は社長、妊娠したんです。まだ、判明したばかりなんですが、さっそくつわりみたいで」
あおいには聞こえないように、さくらは壮馬に耳打ちした。
ちょうど、叶恵があおいに卵焼きを食べさせてくれていて、そっちは玲の話で盛り上がっている。
「おめで、た、ですか……ここにきて、続けて!」
「そうなんです。周囲も驚いています」
「四十、ですよね社長」
「はい。四十です」
「すごい。すばらしい。おめでとうございます」
壮馬は照れたのか、顔を真っ赤にした。しかし、聡子を讃えている。
「ありがとうございます。でも……本心では私、あんまり喜べないんですよね。社長、欲張りだなって。玲と類くんも合わせるとこれで、四人目ですよ? 私のほうが、赤ちゃんほしいのにって。あ、でも、これはただの嫉妬です、てへへ。聞き流してください」
「さくらさんも、がんがん励めばいいじゃない。ルイさんも同じ気持ちなんでしょ? 若いふたりで、がんがん♪がんがん、励め。は・げ・め!」
「うわあ、やめてください! あおいの前で!」
「はげ?」
あおいが愛らしく首をかしげた。
おなかがいっぱいになって、あおいは眠くなってしまった。ずっとあのテンションだったのだ、無理もない。
「むぅ……おねむ」
「ねんねしていいよ、おやすみあおい、よしよし」
さくらはあおいを赤ちゃんだっこした。背中をとんとんしてやる。
「でも、うまにのりたいの! あおい、うまに!」
「馬なら、私がやりますよ」
「いや。ほんとの、うまー! あいすもたべたいー!」
「わがまま言わないで、あおい。馬はジョッキーさんが乗るのよ」
眠い上に、自分の意見が通らなかったので、あおいはぐずった。
「たぶん、そう言うだろうと思って。あおいちゃんに、これ」
叶恵が一枚のチケットを取り出した。
「え……これ、馬車券?」
「さっき、体操に参加したとき、あおいちゃんが貢献してくれたお礼にって言われて、職員さんから。一応もらっておいたの。ふたり、乗れるって。オトナでもいいって。母娘で行ってきなさいよ」
「まじですか! ありがとうございます」
「私は壮馬くんといちゃこらしているから」
「……しませんよ、こんなところで」
「じゃあ、どんなところならいいの? ん、壮馬くんの部屋? 今日、お持ち帰り? やだあ、うふふっ」
やっぱり酔っている、叶恵。ご機嫌だった。最近、ゴブサタなのかもしれない。
玲が本命と言いつつ、壮馬にも気があるのだとしたら、玲は渡したくない。玲には、玲だけをずっと好きでいてくれる人がいい。というのは、さくらがのわがままだろうか。
「ですから、そういう会話はお願いですから、控えめでお願いしますってば。じゃああおい、ままと行こうか」
「さくらさん、おひとりでだいじょうぶですか?」
「た、たぶんなんとか。地図もありますし」
券に書いてある馬車の運行時刻も迫っているので、さくらとあおいは馬車に乗りに行った。
馬の背中、というわけにはいかなかったけれど、特別な馬車に乗れてあおいはとてもよろこんだ。
「ままー。かなえーちゃは、そーましゃんがすきなのかな」
「えっ」
急になにを言い出すのか。
「かなえーちゃね、ままが、ぱぱをみてるときみたいなおめめで、そーましゃんをじっとみてる」
「ええっ」
「れいおじちゃとけっこん、しないのかな」
玲と叶恵がほんとうに結婚したら傷つくと思う。あおいもさくら自身も。
「ど、どうだろうね。ままにもよく分からないや。楽しい人と結婚したほうがいいと思うけど」
「れいおじちゃと、そーましゃんと、かなえーちゃ。さんにんでけっこん?」
「それは……できないよ」
娘(三歳)と恋の話をする日が来るなんて。やっぱり、早熟なのかな……類に似て。
あおいは、疲れたのか、馬車の揺れが心地よかったのか、降りるとほぼ同時に寝てしまった。あいすと言われたら困るなと思っていたので、ちょっと安心した。
眠る娘をだっこして、さくらはレジャーシートの場所へと戻った。
馬車に乗ったあとのあおいは、ひたすらねんねで予言もなくなった。
さくらの収支はマイナス五百円。取り返したいけれど、あおいがさくらにだっこされたまま寝ているので、動けない。ついでに頼むほどでもないな、と思ってしまう。
壮馬と叶恵は競馬で盛り上がっている。さくらは、レジャーシートの番人だった。
「午前中は美少女馬券師あおいさんの予言、午後もちょこっと儲けました! いよいよ最終レースです」
「え。もう最後のレースですか? いやだ、私マイナスなのに」
「あなたは、ルイさんっていう超・大当たりをすでに引き当てたんだから、これ以上当たらなくてもいいと思う。あおいちゃんまでいるし」
「同意です。今後も、次々と的中しまくるでしょうし」
「でも、それとこれとは話が別です」
浮気相手に貢ぐ予定のお金なら、全部吸い込まれてしまえばいいのに。恨めしくなった。
でも、慎重な壮馬のことだから、最終レースで勝負しても勝ち逃げできる金額は手もとに残して終わりそうだ。堅実に。
「壮馬くん。今日の儲けを全額、賭けなさいよ。私もやるから」
「いやだ」
「遊びなんだから。そんなに絵衣子さんに逢いたいの? 負けたら、私がなくさめてあげる。身も心も」
「……京都の玲さんに失礼だ。付き合っているんだろうに」
「友だちよ、玲さんは友だち。聡子社長に紹介されただけで」
「『独身の息子を紹介する』という、行動の意味をよく考えろ」
「はーい。でも、玲さんも誰かさんのことが忘れられないみたいだしぃ? 人妻で子持ちの、勉強はできるのにちょっと抜けている二十三歳OLのことが、ねぇ?」
こっちを向いて言わないでほしい。
「じゃあ、分かった。本日の儲け、七万三千六百五十円。最初に用意した元手は、二万だった」
「私は一万円が予算で、今あるのは六千円ちょっと」
壮馬、すごい。叶恵は負けていたらしい。
「二万はいいよな、残しても」
「リスクの低いほうに流れないの。勝負よ、勝負。端数は許すから七万円で!」
「いやだ」
「だめよ。さあ、さくらさんが立ち合い人になって」
「私ですか」
「けちけちしたら、絵衣子さんのこと社長にバラす」
「脅迫か」
「なんとでも言いなさい。壮馬くんには損がないのよ。負けても、私が慰めてあげるって。いいじゃない、賭ければ」
……ということで、ふたりは勝負した。
結果。
女神不在で、壮馬に勝ち目はなかった。人気の馬が出遅れる、波乱のレースだった。
守りに入った壮馬は、人気のある馬に全額をつぎこんでいた。
叶恵が六千円、単勝に賭けた馬が勝った。十倍ついていたので、六万円越えのプラス。
「すごい叶恵さん、勝負運ある……!」
「内枠、かっこいい馬。教訓を生かしただけ。じゃ、壮馬くんは今夜うちに来て。ごはん、おごってあげる。泊まってもいいし」
「……叶恵の家飲みは怖ろしい。明日、仕事なんだ」
「サラリーマンって、いやよねえ。日曜日の夕方になると、明日の会社のことを考えはじめるんだもの」
「当然だ。私は会社人間」
「ばかなこと言ってないで、そろそろ片付けましょ。絵衣子さんのこと、バラしてもいいの?」
周囲でにぎやかに競馬を楽しんでいたグループも、レジャーシートをたたんで帰り支度にかかっている。
「……む。あおい、ねてた……おーまさんは?」
ようやく、あおいが起き出した。
「おはようあおい。もう、終わったよ、そろそろ帰ろ」
「えー、かえるの、やだぁ」
「おうちで夜ごはんつくって、ぱぱを待つよ?」
だいすきなぱぱの話題をしても、あおいはごきげん斜めだった。ザ・寝起き。
「明大前駅まで、一緒にみんなで帰りましょうね。あおいちゃん」
叶恵は、壮馬を持ち帰るつもりで満々だった。帰るならば、壮馬は反対側の電車に乗らなければならないのに。
オトナふたりはどうなるのか、ちょっと興味があったけれど、さくらは何も言わずに笑顔で別れた。さくらもとうとう、オトナの対応である!
***
その夜、柴崎家のベッドの上。あおいがすやすや寝ている。今日は、とてもがんばったので、早くに寝てしまい、類の帰宅を待てなかった。
あおいの脇で、さくらと類は、静かに睦み合っている。娘に遠慮しながらも、さくらは類に身を預けた。
「さくらは競馬で負けたの?」
「うーん。マイナスだった。ていうか、あおいに振り回されて、あんまりできなかった、っていうのが正直なところ」
さらに言ってしまえば、迷子になってくたくたになった。でも、それは悔しいので言わない。
「ぼくも行きたかったなー。あおい、かわいくて元気だよね。体操しているところ、見たかった。勝つ馬を見抜く眼まで持っているなんて」
「……類くんがあんなに人がいるところに行ったら、騒ぎになっちゃうよ」
「ここで、軽く嫉妬が入りました!」
「そんなんじゃないよ、類くんの身を案じているんだよ。今は普通のサラリーマンだもん」
「まあ、半年後は社長になる予定のサラリーマンだけど」
「……ん」
さくらは、類の胸に頭をそっとのせた。あたたかい。心地よい。けれど、社長に就任して忙しくなったら、こんな時間も少なくなってしまうのかもしれない。
目を閉じる。
「やっぱり、類くんとお休みが合ったら、家族レジャーもしたい。おでかけ、買い物、遊園地、山登り。海水浴。キャンプにバーベキュー。旅行」
「どうしたの急に」
「だって、会社を継いだらきっと忙しくなる。今しかできないこと、がまんしたくない」
「さくらって、貪欲になったよね。よし、ぼくだって早く次の赤ちゃんがほしい。いいよね?」
うん、さくらはそう返事しかけたけれど、類に翻弄されてしまって、声にならなかった。
***
翌日。月曜日。会社の前で、壮馬にばったり会った。
「おはようございます、壮馬さん。昨日はありがとうございました」
「そーましゃん、おーはー!」
叶恵とふたりでなかよく出社、なんてことも考えていたので、ほっとした。
「さくらさん、あおいさん、おはようございます。昨日の夜、ポテチ体操を特訓してマスターしたので、お昼休みにでも一緒に体操しましょう、あおいさん?」
「クックック……!」
不穏に嗤う、あおい。ダークな魔王、降臨?
これが三歳児の笑みかと、壮馬が驚いている。
「ふるい。そーましゃん、ふーるーい! ふるい」
あおいは、『ふるい』と壮馬を一喝したので、さくらがフォローする。
「あのですね、今朝……月曜日ですよね。実は、体操の内容が新しいものに変わって。『ピピクポテプ体操第二』っていうのがはじまったんです。そろそろ新しいバージョンになるって、噂にはなっていたんですが、まさかの今朝のタイミングで。申し訳ありません、せっかく覚えてくださったのに」
「あおい、もうできるよ! ぱぱも! きょう、ほいくえんのみんなでするの」
「そ、それはよかった。あおいさん、今日も元気いっぱいですね」
「うん! あおいげんき!」
保育園まで続いている廊下を、先頭に立って、とことこ歩くあおいの背中を見ながら、さくらは壮馬に話しかける。
「……昨日、あのあとだいじょうぶでした? 叶恵さんと飲んだんですよね」
「はい。少し飲みましたが、一時間ほどで帰りました。叶恵に、玲さんからお電話があったので」
「え」
さくらとには『距離を置こう』と言っていた玲が、叶恵には電話している? 胸がずきりとした。
「叶恵のうれしそうな声を聞いていて、ちょっとつらくなって部屋を飛び出しました。あとで、『飲みが足りなかった』とメールで叶恵に叱られましたが」
「ちょっと、つらく?」
壮馬も、揺れている? まさか。でも、不倫一直線よりはずっといい。
「どうかしましたか? さくらさん」
「い、いいえ。全然!」
どうやら、壮馬本人は気がついていないらしい。
いやだ。さくらまで、どきどきしてきた。まさかの、新・三角関係? 叶恵・玲・壮馬!
(おまけ②おしまい)
同じ鍵 だから 信じている fujimiya(藤宮彩貴) @fujimiya
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