第36話:何だか随分と遠くに来た気がするな

 歩く事数刻数時間が過ぎた。

 昼過ぎに出たと言うのもあって日も落ちてきた頃、石畳で舗装された道の代り映えのない景色にうんざりしたタクトはそろそろ野営の準備をしようと提案する。

 もうちょっと進んでからでもと言うミニエルの隣でエリナがタクトの案に賛成すると、早速スカートから折りたたんだテントやらを取り出して準備を始める。

 始めは渋っていたミニエルも道から少し脇に入った所で周囲に結界を張り安全を確保する。

 そして何時もの様にエリナが作る料理を食べた後にタクトの特訓を行いテントで就寝すると言う流れであった。

 何時もと違う事があるとすれば、この日のタクトはやけに寝つきが悪く目を閉じてはいるものの意識がハッキリとしていた。

 仕方なしにとテントから外に出てみると周りに明かりが無い為か、満天の星空がタクトを出迎える。

 これまでも夜通し特訓を行ったりしたので星空を見上げる機会は何度もあったが、こうしてゆっくりと見上げると言う事をしていなかったのもあってか、とても美しいものに感じた。

 そのまま地面に横たわり、気候から感じる季節感で天の川や夏の大三角等と言ったものを探そうとするが、どう探しても見つからない事が今更ながらに異世界に来たんだと実感させる。


「何だか随分と遠くに来た気がするな」


 独り言をぽつりと呟くと、その声に反応するものが一つ。


「帰りたいですか?」


 姿は見せずに声だけを小さく響かせると、上半身を起こしたタクトがゆっくりと首を振る。


「死んだり子供になったり死にそうになったりとかしたけど、今更帰れないだろ?」


 それでも多少は帰りたい気持ちはあるのか、少し寂しそうな顔をしてこの姿で帰ってもどうしようもないよなと付け加える。

 それをタクトの中にある天使の核から覗き見るミニエルは、決してタクトには悟られないように姿を見せないまま苦い表情を作った。


「まぁ折角の異世界だ、やれるだけの事はやりたいよな」


 そんなミニエルの気持ちを知らぬまま再び地面に横になると満天の星空を眺める。

 暫く静かに眺めていたタクトであったが、ふと一つの疑問が生じた。


「なぁミニエル?天使から見た宇宙ってどんな感じなんだ?」


 タクトの元の世界の知識から見る宇宙とは無限に広がる真っ暗闇の空間に惑星が浮かんでいる様なのであるが、天使と言うファンタジックな存在から見たらどうなのかふと気になったのだ。


「天使から見たら惑星で言う海の部分ですね。タクトさんの世界でも言いませんでした?宇宙””って」


 言われてみれば宇宙は海に例えられる事もあるなと考える。


「まぁ天使はその海を文字通り光の速さを圧倒的に超えて泳ぐわけですけど。そうやってその世界から別の世界に飛び出す事で移動するんですよ」


 生身で光の速度を超える等と言われると益々ファンタジックな生き物なんだと思わせられるなと感じるも、よくよく考えたらその力の一端が自分にも備わっているんだなと思い出し少し怖くなる。

 それにしても光を超えるなんてまるでSFサイエンス・フィクションのワープ走法みたいだな等と考えた処でふと思いつく。


「ん?光の速さを超える………別の場所に行く………天使の力は一応だけど無い事は無い、行けるか?」


 飛び起きて深呼吸をするタクトを見て、突然何をするつもりかと問うミニエルであるが答えは返ってこない。

 代わりに両の手を前に突き出すと目を閉じてブツブツと呟きだす。


「必要なのはそうあるべきと言う想像力イマジネイション。出来るだけの力を想像イメージする。足りない部分は直観フィーリングで埋めれば良い」


 数分ほどそうやって目を閉じていたが、決心した様に目を開くと一気に魔力を解放する。

 足元には魔法補助の魔法陣が展開され魔法に必要な処理演算を魔法陣が肩代わりすると、タクトは頭をフル回転させて元の世界で流行っていたSF《サイエンス・フィクション》の超大作を思い出す。

 空間を歪め時間に干渉し光より早く重力を振り切るそんな一隻の宇宙船。

 世界を埋め尽くさんほどの暗闇を走るソレを先ほど聞いた天使の姿に頭の中で変換し、更にそれを自身に重ねる。

 そうして漸く言葉を発する。


空間跳躍航法長距離瞬間移動


 伸ばした両手の先に闇が広がった。

 闇だと感じたのは一瞬で、それらは明確な色を見せた。

 その色は直ぐに景色へと認識を変える。

 王都の正門からちょっと進んだ所から見える城壁がその闇だったものから見えた。


「ぉー、やっぱ魔法って凄いな。何でも出来るぞ」


 足元の魔法陣の力を借り維持しながら感想を述べるタクトの前に、完全にドン引きと言った表情のミニエルが姿を現す。

 いつの間にかエリナもテントから出てきてたかと思うと、既に野営の片づけも済んでおり先ほどまであった筈のテントも綺麗さっぱり収納されている。


「おそらく王都かと思われる場所が見えておりますが、これは何でしょう?」


 エリナが珍しく首を傾げている。

 タクトがこの穴に入れば王都に行けると言うと、では行きましょうとエリナが手を伸ばす。

 何時もの様に手を繋いで穴に入る二人を見てミニエルはため息をつくとその背を追いかける。


(恐らくこれは本体ファヌエルも予想してませね。一割しか出力が出せないエンジン天使の核完全品天使同等の効果が出せるなんて普通じゃない、本体ファヌエルにも調べてもらう必要がありそうですね)


 複雑な表情で考え事をするミニエルは、そのままタクトの中にある核へと姿を消すのだった。

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二代目勇者の迷宮攻略記録 ねこ @neko_02

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