選定者のモンダイ

秋寺緋色(空衒ヒイロ)


 クラクションとブレーキ音がとどろいた――!!


 走りこんできたダンプトラックのまえには男の子――!!


「危ないっ!!」


 どこかで上がる悲鳴と同時に、人影が飛びだし、子供を突き飛ばした。


 だが、突き飛ばした本人は反動で、その場にとどまってしまう。


 次の瞬間――


 衝撃でねあげられ、すくびとは宙を舞った――


     ☆


「――で、どうして私はこんなところにいるか、ご説明願おうか?」


 男が少年に問う。

 少年は周囲を見廻みまわした。


「えっ!? あれっ!? おれ――何で教室なんかに……?」


 きたいのは少年のほうなのに、男に先手を打たれてしまった。

「……さっきまで……街を歩いていて……甘くないクレープに気をとられていたら……車のクラクションが――」

 少年は自分の置かれた状況がわからず、記憶をたぐる。

「……まぁいいだろう……それはそれで。私の説明する手間が省けるしね――続けて」

「男の子がダンプカーの目の前に飛びだしてて、おれ、危ないと思ったから、夢中でその子を突き飛ばして――」

「ふむふむ、それで?」

「そして……そして……そうしたら――あれっ!? 何で教室になんかいるんだろう……? ところで、あなたは誰なんですか?」

「……」「……」

 ――少年と男はともに沈黙した。

 だしぬけに男が間の抜けた、賞賛の拍手をする。

「すばらしい。私が言わなくてもほとんど自力で思い出したようだね、小野マサキ君?」

「おれの名を――?」

「もちろん知っているとも。それが仕事なんでね……」

 マサキは話者を見た。

 男。年輩。中肉中背よりやや瘦せ型の体つき。髪の毛はふさふさ、たっぷりある薄灰色。目は細い。四六時中笑みをたたえているような口元だ。

 何色ともつかない濃いめのスーツを着ているが堅苦しい感じは、ない。

「――君は現在高校二年生。休日、何をするでもなく、あてもなく街に出た。そして自分の無意味な行動に、後付あとづけで理由をつけることにした。そういや友達が言っていたな――『小野はもう、甘くないクレープ食べたか?』――甘くないクレープ? そう。それはお惣菜パンみたいな食べやすい存在なのだろう。それでいて意外な食べ物にカテゴライズされるものだ。甘いピザとイコールだね」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。『甘くないクレープ=甘いピザ』っていう、意味不明な図式はともかく、滔々とうとうとおれの休日を詳細に話しているのがせない。おじさんはストーカーか何かかい? チョーキミガワルインデスケドー」

「こらこら、カタカナで棒読みするんじゃない。いちいち面倒だからあとは説明を端折はしょるよ。つまりそういうわけで、君は男の子をたすけて、ダンプにはねられ、いまや生死のハザマに存在する超空間にいるんだよ」

端折はしょりすぎだっ!! それに――生死のハザマ? 超空間? どういうことだよ?」

「ちなみにこの超空間は回答者が居心地よく過ごせるよう、回答者好みに場面設定されることになっている。現在の設定は『誰もいない教室』『夕暮れの放課後』――そこで、最初の質問に戻らせてもらうんだが、どうしてこんな設定なのか、ご教示いただこうか?」

 マサキは言いよどむ。

「……ちょっと前に好きな女の子に――」

「……ああ……もういいよ。分かった。分かりました。興味がなくなったなぁ~ どうせ放課後の教室で告白して、両想いだってことが分かって、ほんわかした気持ちになった環境が今と同じ、とかいうんだろ? あ~あ、てんで、つまらないね~」

〈そんなことまで知ってるのかよっ――!?〉

 男の一方的な話ぶりには少し怒りをおぼえたが、マサキはそれよりも気になることができた。それは彼が自分のことを何でも知っている以上の気がかりだ。

「ところでおじさんがさっき言った『回答者』――っていうのは?」

 男が笑い声をあげる。

「へぇ。君はホントに手間要らずな子だねぇ。まったく感心するよ。そう。確かに私は『回答者』っていったよね? 君のことを――」

 うなずくマサキ。

 咳払いする男。

「いいかい? そもそも『回答』っていうのは『質問』がセットで存在するものなんだ。普通はね。そこで、君にこれから質問をしようと思うのさ。なに、簡単な質問だ。二者択一の質問。AとBのどちらを選びなさいっていう類のものだ。むずかしくはない。ちっとも。むずかしくはないが、非常に大切な質問だ。そしてその回答に、君は縛られることになる」

「どういうことですか――?」

 だが、少年の質問には黙殺で応じる男だった。

「まず、どうしてこんな質問をしなきゃならないか、状況説明ってのをしなきゃならないだろうね? え~っと、オノ――マサキ君?」

 先刻は「小野マサキ」の名をよどまず言ったのに、今度はワザと、思い出すように、つぶやいてみせる――からかわれているのだろうか?

「君はさ。いま、とても中途半端な状況下にある」

「?」

「『生死のハザマの超空間』って私は言ったよね? 言葉通りだよ。君はここにやってくる前、ダンプカーにかれそうになっていた男の子を救った――だよね?」

 うなずくマサキ。

「マズイよね~、それは。それそれ。そんなことをするから、君はこんなとこにきちゃったんだぜ? 普段はさ。遊び呆けていて、勉強しない落ちこぼれの子がだよ、何をおもったか一念発起。テスト期間中、徹夜につぐ徹夜でガリ勉しまくって――ごめん。ガリ勉って死語だっけ?――試験科目すべてで百点満点取りましたとさ。どうなると思う?」

「――ええ、っと……親が喜ぶ――とか?」

「ブッブーブッブブー――」「――『ブ』が多すぎるっ!!――」「――不正解。正解は『雨が降る』……だよ」

「雨が降る……?」

「そう。雨で納得いかなきゃ、雪? あられ? ひょう? 嵐って言葉でヒトくくりにしてもいい。何ならハッキリ天変地異っていってもいいよ。とにかく、人間が普段しない意外な行動をとったとき――そこには何やら予期せぬことが起こる場合がある。超常的な何か――『魔がさす』現象がね。普段なら決してやらない悪事をはたらいてしまうことだけが『魔がさす』ってことじゃないんだ。それは狭義。広義はいま言った通りさ」

「『がさす』……」

「そうだよ。何ともの悪いことに、ね……」

 ニヤリと笑い、ここで男はマサキが考えるための合間インターバルを置いた。

 思案しているマサキ。

「――つまり……おじさんは死神ってこと――!?」

 男は深い溜息を吐く。

「違うよ……私は『選定者』――言葉の意味は真逆だと思うけどね。今回の場合、実際に選定するのは君なんだから……」

「おれが選定する……」

「そう。状況は今言った通りだ。君は男の子を助けた――『魔がさす』――生死のハザマ(←いまココ)ってこと。そして――」

「――?」

「君は私の質問に回答せねばならないのさ――どうするかを。どちらにするかを。それによって状況は変わる――君の生死も、ね」


     ☆


「状況が分かったところで本題に入ろう。生死のハザマであるこの場所で、君は法則ルールに従わねばならない――まぁ、そうだな、その法則を『大自然の摂理』、『大宇宙の法則』、『絶対的超越存在』、あるいは『神の見えざる手』とか、そのものズバリ『神様』とかに言い換えてくれても一向に構わない。大差ない。だが――法則ルールのっとって、君は正しく選択せねばならない。この場合、選択し直さなければならないんだ」

「法則に則って……選択……し直し……」

「そうだ。君は思わず、反射的に、ダンプカーにかれそうになっていた男の子を救った――これ自体は犠牲心に満ちた純粋崇高な行為だと言える。だが、それは本意だったのか? 実は不本意だったのではないだろうか? ――というわけで法則さまからは『ものいい』や『ビデオ判定』、あるいは『審理の差戻し』的なものを要求されている。つまりこれが、魔がさしている状態ってことなんだ。男の子を『救う』か『救わない』かをもう一度――」

「――何度でも同じだよ。おれは再びあの状況になったら――」

「――やめろっ!! 答えるなっ!!」

 男の叫びに、マサキは黙った。

「答えないでくれ――そんなに性急に答えを出すんじゃない! 何のために私が――選定者がいると思っているんだ!? 一度決めたら最後、取り消しはきかないんだぞっ!!」

 大きく息をく男だ。

「二度とはくつがえらないんだ……いいかいマサキ君、私と約束してくれ。私が質問しないうちは決して不用意に回答はしないと……」

 うなずくマサキだ。

「ありがとう、マサキ君。え~と、話を続けようか――そうそう、法則には順序があってね。本題の前に、まずは例題があるんだ。いまからひとつ、私が例題を出すから、マサキ君は熟慮のうえ――これに回答してもらいたい。そんでもって――お、ま、た、せ、しました~――本題の、男の子を本当に『救う』か『救わない』か、を再選択してもらうことになるよ?」

「わかりました……」


〈いろいろには落ちないが、ここは法則ってヤツに従うしかない。

 そうしなければおれは、生きることも死ぬこともままならないようだから……〉


「じゃあ、さっそく例題を出そう。君に答えてもらうのは何と――ババァ~ァンッ!!……ァン……ァン……ァ……ン……」


 効果音もそのあとのエコーもまったく必要はないな、そう痛切に感じたマサキであったが、黙殺した。


「――『トロッコ問題』っ!!」


「……トロッコ……問題……?」


「ヒィァ、ウィゴウ!」


 選定者は、有無を言わさず出題を開始した――


     ☆


「マサキ君、きみはいま線路の切り替えスイッチのそばにいる。

 そこで、きみはとんでもない光景を目撃してしまう。

 石を満載したトロッコが猛スピードで暴走しているっ――!!

 だが、止める手だてはない。明らかにブレーキが故障しているようだ。

 線路の先には作業員たちが五人、作業しているが、彼らはトロッコにまったく気づいていない。このままだと彼らはトロッコをけられず死んでしまう。

 幸い、君は線路の切り替えスイッチのそばにいるのだから、スイッチを切り替えればトロッコの進行方向を変えることができる。君はすぐさま、そうしようとする――

 だが――

 ああっ!! 何ということだろうっ――!!

 運の悪いことに切り替えた先の線路にも作業員がいるじゃないかっ!!

 こちらは一人だ。

 君がスイッチを切り替えれば、今度は、こちらの作業員が死ぬ。

 さて――

 君はどうする?」


 選定者は回答を促すようにマサキに手を差し伸べた。


 彼はしばらく上をあお、考えたのちに、


「こちらからの質問がいくつか――」

「どうぞ」


「一人の作業員のほうは死なないかもしれないよね? こう、ひらりとトロッコを身軽にかわしたり――」

「できない。五人全員か一人か、必ずどちらかの作業員は死ぬ」


「暴走トロッコの音って結構うるさいよね? だから、その音に気づいて――」

「君以外の人間はトロッコに気づいていない。この絶望的状況を認識しているのは君だけだ」


「大声でどちらかの作業員に――」

「――腕を大きく振ったり、声を張り上げたりしても作業員には一切いっさい、合図やメッセージは届かない」


「じゃあ、トロッコに何かをぶつけたりしたら軌道がれたりして――」

「暴走トロッコは無敵。どんな小細工や障害物、衝撃物も受け付けない。必ず線路上を走って、確実にどちらかの作業員にぶつかる」


「そういや、作業員のなかに自分の兄弟とかはいないのかな? いればおれ、判断が変わってくるかも――」

「五人と一人、そのうち誰も君の身内、友人、知り合いはいない。完全に他人だよ」


「じゃあ――」

 言ったものの、それ以上マサキの質問は続かなかった。

「――じゃあ、そろそろ回答をお願いしようかな。マサキ君、きみはどうする?

 五人を選ぶ? それとも一人を選ぶかい?」

 マサキは腕を組み、顔を伏せた。悩んでいる。容易に答えられそうにない――が、意を決したか、顔を上げて選定者を見た。だが、気の進まぬ、浮かれぬ表情だ。


「五人を、選ぶ……よ……気は進まないけど……」


「スイッチを切り替え、トロッコの進行方向を一人のほうに向ける――というわけだね? では、どうして五人を選ぶ? 一人なら死んでもいいってことかい?」

「いやいや。そういうわけじゃない。そういうわけじゃないんだけど――でも、そういうことになるのかなぁ……

 五人にはそれぞれ家族がいるだろ? そうしたら実際に死ぬ人数よりも、多くの人間が悲しむことになるだろうし――」

「きみの言葉は私が以前みた『スタートレック』って映画を思い出させるよ。自分の身を顧みず、被爆しながら修理作業をして宇宙船の危機を救ったミスタースポック。彼が、死に際にカーク船長にこう言うのさ。

『多数の幸福は少数の幸福に優先する』ってね。最大多数の最大幸福。功利主義の最たる論理だね。もっともその次回作では、ミスタースポックを生き返らせるために、今度は『少数の幸福は多数の幸福に優先する』をカーク船長は実行するのだけれど……」

「で、答えは――?」

「きみの言っているのが『正解』かどうかって意味合いなら、正解も不正解もない。答えなんか無いよ。最初っから。一人のために五人には死んでもらってもいい――な~んてことはないだろう? 道徳的倫理的に冒涜的だよ。ただ、さっきも言ったけど、功利主義っていう考え方は歴然と人間のなかにあってね。だから、きみの回答が『正解か不正解か』ではなく『多数派か少数派か』ということなら、マサキ君の回答は多数派だよ。より多くの家族が打ちひしがれる姿を見たくはない、それが人情というものさ……」

 マサキは浮かない表情をしたままだ。

 一人の命か五人の命か選ぶのは間違っているような気がする――だが五人を選ばざるを得ない。


 ひるがって『魔がさした』自分への問い――


 男の子の命を救うのか、自分の命を救うのか――反射的に男の子の命を救ったけれど、どちらも家族の数で比べるなら同じくらいだろう。では、親戚縁者まで範囲を広げるか? いやいや。問題の本質が変わってゆく気がする。なら、寿命の長さで比較するか? 幼児と高校生――ふむ、これなら自分が身代わりになって死ぬことに正当な理由ができそうだ。

 ――もう一度、男の子を救った行為を「選びなおす」としたら、自分は再び男の子を救うだろうか? それとも、男の子を救わないで自分の命を優先するのだろうか?

 苦悶に顔を歪めながら、思考に思考を重ねた果てに答えはあるのだろうか――?

 結局、独善的で利己的な回答であることに変わりはないのではないか――?

 と、そのとき――

 マサキの脳内に光が射した。

 答えが出し抜けに見つかった――


〈そうだっ!! これだっ!!〉


 自分として納得のゆく答えだった。

 この問いはこういうことだったのだ――!!

 古代ギリシャの数学者が「ヘウレーカ」と叫んで風呂から飛び出した気持ちがわかった。

 自信はなかったが、確信はあった。

 人はなんと言うか分からない。が、自分はこれが答えだと思う。

 自分としてはこれ以外の答えはあり得ない。


「マサキ君――」


 表情をみて選定者が声をかけてきた。

「それでは……以上のトロッコ問題をふまえたうえで、最初の質問に戻ろうか。男の子を『救う』か『救わない』かを、もう一度問わせてもらうよ?――いやいや、回答は直接、私に言わなくていい。

 君が自分の選択を強く念じれば、君は――君の時は再始動する。

 そして、再びあの瞬間に立ち返る――男の子を助けるために車道へと飛び出した、あの瞬間に――」

 うなずくマサキ。

「もう二度と、私と会うこともないだろう。ここを去ればすべての記憶は失われる。おそらく私のことも忘れているだろう。

 さようなら、マサキ君。願わくば君の選択が最善でありますように……」


     ☆


 ダンプカーが迫っている――

 それに気づかず、男の子が道路へと歩みでていた――

 耳をつんざくブレーキのきしみ、そしてえるクラクション――


 マサキは言われたとおり、強く念じた。

 ――選びとった答えを。


〈おれは選べないっ! どっちも選べないよっ! いいや――どっちも選ばないっ!〉


 つまり。

 マサキの回答は――


「あるがまま、ゆだねる」ということだった――


 トロッコ問題もそうだし、男の子を救ったこともそうだ。

 切り替えスイッチはさわらないし、一度救った男の子はやはり救う。


 男の子を突き飛ばし、そのままダンプカーにねあげられる。

 衝撃は感じたが、不思議と痛みはなかった。


 落下する感覚をおぼえながら彼は、導き出した自分なりの正解を考える――


〈人間は世界のことわりに介入してはならない。

 一度選びとったことわりを変えてもならない。

 ゆえに、あるがままに、ゆだねることこそが最善なのだ――〉


 落下の速度がはやまる。


「格好つけてみても、死ぬのはやっぱり怖いなぁ……」


 意識の最期の一片というものは、存外つまらないものだと思った。


「アスファルトの地面、痛そうだなぁ~」


     ☆


「じゃあ、お兄ちゃん、またね~」


 元気な声で男の子が病室を出てゆく。

 事故で助けた子供だ。

 引き戸が、おじぎをする母親の残像を残して閉まる。


 マサキは奇跡的に命を取りとめていた。

 それどころか頭部の、何針かの裂傷以外は体に数箇所、擦り傷があるだけだった。

 頭部を打っている疑いがあるので入院はしていたが、検査も終わりにさしかかり、二、三日後には退院の見込みだ。


「あ~ おれ、よく生きてたな~」


《選択肢を間違えていたら君も私同様、生死のハザマ――あの超空間に居残りだったんだよ……?》


 カーテンの揺れる明るい窓辺に、うっすら半透明の人影があったが、マサキには見えない。


 あの男――選定者だった。


《君は正解したのさ……だから生きている。法則に生かされることが決まって、事故の怪我も軽傷で済んだ。本当に良かったな……》


「意識失ってるあいだ……なんだか長い夢を見てた気がするんだよな~」


 笑顔になる選定者。


《人間だったとき、私は回答を間違えた。

『私が死んだ理由』は選ぶことを選んだから――

 ――そして。

『君が生かされた理由』は選ばないことを選んだから――

 ――そういうことさ。

 法則ルールにより空間にとらわれてから、私には苦しく、悲しい、後悔ばかりの日々が続いた。正しい選択肢をちゃんと選んでいれば死ななくて済んだのに――! 自分を責めさいなんだ。だが、これではいけないと思った。だから、君のようなハザマに来た人を導く、選定者にしてもらったんだ。

 私は『選定者』ではあるが――人の生死をどうこうするなんて権限はない。そんなものは神様ルールから与えられていないんだ。

『ハザマにきた者が助かる回答を、直接教えてはいけない』――これが大前提でね。

 せいぜい、考えるためのヒントを選定して、より良い選択をしてもらうだけ――それゆえに『選定者』という名前なんだ。できることはそれくらいのものさ。

 そしてマサキ君、きみにはもう分かっていることだろうけれど――

 人は基本、他人の生き死にに干渉してはならない。それは人の領分ではないんだよ。

 神様にお任せのお仕事なんだ。

 ――もっとも、こんなこと言っても、目覚めた君はすでに記憶を失っている。

 私のことなど、おぼえてもいまいが、ね……》


「ありが……とう……」


 そのとき、感謝の言葉をつぶやく声がした。

 驚いて、男は目をまるく見開く。

 ――が、すぐにそれがベッドで眠りについたマサキのものだとわかる。


 そうして――


 満足げに、やわらかな笑顔を浮かべ、選定者は消えゆくのだった――




〈了〉

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選定者のモンダイ 秋寺緋色(空衒ヒイロ) @yasunisiyama9999

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