私アムゴッド18 『未来へ続くエピローグ』

「やあ、嬢ちゃんたち」

 犬の表情なんてわからないけれど、今唐乃介がニヤニヤしていることだけは分かる。

「こんにちは、唐乃介」

「お前に、聞きたいことがあるんだ」

「ああ、なんだって、本当の事を答えるぜ」

「そうね。あなたは、私たちには嘘をつかないから」

「それはどうだろうな。ホラ吹きで通っている野良犬の言う事を信じる方が、この町では変なんだってわかっているだろう?」

「変なのはこの町の方よ。あなたは、この町について何を知っているの?」

「棺ヶ丘について知っていることなんて、俺は何にもないぜ」

 野良犬だからな、と唐乃介は伏せをしながら言った。

「そうかしら。じゃあ、質問を変えるわ」地面に伏せる唐乃介の頭を撫でる。「あなたは、何を知っているの? この町──オブリビオンについて」

 唐乃介の耳が、ピクリと動く。

「俺にこの言葉を教えたのは、唐乃介?」

 彼が言った。

「……さあな。なんだい、そりゃあ。聞いたこともないね」

「本当かしら」

 それが嘘なのか、本当なのかはわからない。

「唐乃介は夜の町を歩いたことがある?」

「いいや」

「それは嘘だな」

 彼が即答した。そうでなければ、魔法少年の事を唐乃介が知る由もない。もしも本当であるのなら、魔法少年の存在を知っているという事実が、唐乃介が真実を知るものに近い存在だという証明になる。

「オオカミ少年っていうのは、こういう気持ちだったのかね」

「自業自得でしょ」

 撫でるのを止めると、唐乃介は少し寂しそうに鼻を鳴らす。

「もう一度聞くぞ。唐乃介。オブリビオンとは、なんだ? この町を襲うあの黒い影の正体は? なぜ俺は魔法少年をやらされている? なぜこの町には、死がいるんだ?」

「それは──」

 じっと、唐乃介が私たちの顔を見る。

「……」

 口を開けて、何かを言おうとする。

「答えて」

 もう一度鼻を鳴らすと、やれやれ、とでも言いたげに首を振った。


「知らない方が、身のためかもしれないのよ?」


 その声は、私たちの後ろからかけられた。

 女の子の声。

「……え?」

 振り返る。声の主は当然、唐乃介じゃない。

「君は──」

「知るべきではない事というのは、どんな世界にもある。それでも、知りたいの? あなた達は、この、平和な世界のことを」

 仮面をつけたまま、それでも少女は、はっきりとした声で言った。

「──知りたいわ」

「神崎千尋。あなたには、どうにもできないことだと言っても?」

「……ええ」

「ただ魔法少年の使命を全うしていれば、それで死ぬことはなくなるのに?」

 彼を見て言う。

「ああ」

 じっと、仮面の奥の瞳が、私たちを捉える。

「本当に後悔しない? なぜみんなが当たり前の日常を、何が普通なのかを忘れている、その意味を知っても、後悔しない?」

「わからないわ。けれど、知ろうとすることに、後悔はしない。知ったそのあとで、どうするか。それは、その時に考えるのよ」

「……なら、教えるわ」

 仮面の少女は、一歩私たちへと近づいた。

「あなたは、一体誰?」

「私は、とあるシステムの一部よ」

「システム?」

「この町を動かしている、大きなシステム」

「そんなものが、この町の何を動かしているんだ?」

「この町、だけじゃないわ。この世界は、そのシステムによって運営されている」

 話が、良く見えない。彼女はいったい、何が言いたいのだろうか。

「それって……」

「私は、話していいと言われたことだけを、あなたに伝える。それは真実であっても、全てではない。それでもいいのなら、話しましょう」

 そうして彼女は、左手をそっと、頭に乗せた。


「この町、この世界。空創箱庭都市オブリビオンの真実を、あなたたちに伝えましょう」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オブリビオン 藤本佑麻 @fgm_tym

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る