私アムゴッド00 『存在しなかったプロローグ』
唐乃介は、町を歩いていた。
ホラ吹きで有名な彼は、しかし、喋らなければただの犬と同じである。
だからこそ、唐乃介はそれではつまらない、と人間たちに語り掛ける。
「今日は、三丁目のスーパーで特売をやっているぜ」
「この前向かいの家の旦那がひったくりにあったらしい」
「この道をまっすぐ目を瞑って歩いていくと、やがて別の世界に飛ばされるんだ」
すべてが、彼のその場で考えられた嘘であり、町の人間は唐乃介が喋る犬であるということにも、そしてそのすべてがホラであるということにもすっかり慣れ切っていた。
オオカミ少年状態になっている自分を、唐乃介は特に恥じたりも、反省したりもしていない。
なぜなら、自分は犬だからである。
犬なのだから、人間のややこしいあれやこれやに巻き込まれることはない。持前の嗅覚で、厄介ごとを即座に察知するとその場からそっと離れる。犬だけが知る秘密の道なんてものは、この町にはいくつもある。
そうやって、彼は棺ヶ丘で生きてきた。
そんな唐乃介が、生まれて初めてともいえる、本当の事を、それも二度、言った。
内容は同じものだったが、それは、自分のアイデンティティを自ら否定する行動だ。
彼は気にしていた。
町のとある公園、そのベンチに座る仮面をつけたまま微動だにしない少女の事を。
彼女に最初に話しかけたのは、神崎千尋でも、魔法少年でもない。
唐乃介だった。
最初はいつもの調子で、適当なことを言った。
けれど、何を言っても彼女は反応しない。
唐乃介は人生で初めて、挫折を知った。
けれど、すぐにそんなことは気にしなくなった。犬なのだから、気にしていてもしょうがない事である。
しかし、少女は、いつだって一人で、公園のベンチに座っていた。
いつからいたのかは、分からない。唐乃介が気が付いていないだけで、昔からずっと、そこにいたような気もするし、ここ数日で突然現れたような気もする。
唐乃介は犬である。
つまり、棺ヶ丘の人間すべてが守っている「夜に出歩いてはいけない」というルールを守る必要がない。
すなわち、彼は魔法少年が夜の町を駆けているという事実を知っている。
彼なら、あの少女に何かしてあげられるかもしれない、と自分の信条を曲げてまで、気を使ったのだ。
……いや、もしかしたら。
周りの人間が、彼は嘘をつくのが好きな、ホラ吹きの犬であると思い込んでいるだけで、彼自身が、決して本当の事を言わず、嘘しかつかないことに特にこだわりをもっているわけではないのかもしれない。
ホラ吹きであるということにアイデンティティを持っていると思い込んでいるだけなのかもしれない。
ともかく。
唐乃介は魔法少年に声を掛けた。
結局、その場で魔法少年は少女から良い反応を得られたわけではなかったけれど、次に唐乃介は、神崎千尋に声を掛けた。
神様を自称する女子中学生である。
しかし、神様を自称しているという事を、いつまでも笑ってみていられるわけでもない。棺ヶ丘において、神崎千尋だけが唯一、違和感に気が付いている。
閑話休題。
唐乃介が声を掛けた神崎千尋は、熱心に少女に声を掛けた。きっと相性が良かったのだろう。決して反応を見せない少女にも、神崎千尋はただ話しかけ続けた。
少女は、仮面をしていて表情が見えず、ただひたすら自分の役割を全うしているだけだが、それでも、あの町にいる人間である以上、当然、感情と意識を持っている。
それが例え、氷よりも冷たいもので、大山よりも動かないものであっても、少しずつ、変化はしていくのだ。
……どうも、物語調の文章になってしまった。
読書を趣味としていると、自分で何かを書き記すときに、自然とそうなってしまうものなのだろうか。
あまり、いい出来ではないと思うのだけれど。
さて、この手記は、ある意味ではプロローグになり得る。
一体この続きに、どんなストーリーが展開されるのか、と言われると、それはわからないが、元来物語におけるプロローグと言うのは、そういうものである。
魔法少年が戦い、そして、神様を自称する少女が町に憤慨する。そして、その二人が出会う。
そこに至るまでの、ほんのわずかな記録である。
あの二人が、世界の真実に気が付くのかどうかまでは、分からないが、きっと良い方向に進んでくれるのではないか、と思う。
願わくば、彼女たちの人生に幸多きことを。
……しかし、彼らが、町の人間たちが。
棺ヶ丘の真実に気が付いた時、きっとそこに、幸など一ミクロンも存在しないのだろう。
そのことを分かっているからこそ、心が痛む。
しかし、こちらから干渉するわけにはいかないのだ。
すべては、世界平和のため。
すべての人間が、幸せな夢を見るために。
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