私アムゴッド17 『I am GOD』
何かとても素晴らしいアイデアが浮かんだような気がして、けれども、あまりそれを覚えていない。
思い出そうとして、記憶を掘り起こしても靄がかかる。
幹山家の夕食に続き、朝食にまでお邪魔させてもらって、私は少しだけはやく家を出た。
学校に行く準備はすべて、私の家に置きっぱなしになっている。
速足で家に戻ると、唐乃介と出会った。
「やあ、嬢ちゃん」
「久しぶりね、唐乃介。でも、ごめんなさい。今少し、急いでいるの」
「だろうな。見たらわかるよ」
「それじゃあ」
「あの公園の子とは、仲良くやってくれているみたいだな」
「え?」
「ほら、前に話しただろう?」
そう言えば仮面子の事を知ったきっかけは、唐乃介だった。
「そうね。まだ一度も、会話をしたことはないけれど」
「確かに不愛想だからな」
そんなレベルだろうか。
「まあ、そうね」
唐乃介は、ポチポチと軽快な擬音が聞こえてきそうな足取りで、私についてくる。
「でもあの子は、お前さんを気にかけているみたいだぜ」
「え?」思わず足を止める。「どうして、あなたがそんなことを知っているの?」
「そりゃあ、知らない事は、知りようがないからな」
「私は、原因を聞いているのよ。あなたがそんなことを知ることになった理由」
「俺は嬢ちゃんにあの子を紹介したんだ。俺自身が知り合いでも不思議じゃないだろう」
「喋ったことがあるの?」
「ああ」
犬だと、話しかけられるのだろうか。それとも、犬にしかない言葉で会話しているのだろうか。
けれど、唐乃介はホラ吹きだ。
どうにかそのことを思い出す。
どうせ、これも嘘だ。
「あなたは、夜の町を歩いたことがある?」
「いいや。ないね。夜は、この町を歩いてはいけないルールだ」
嘘だ。
唐乃介は、私に「神様なら、人間が守るべきルールを破っても問題ない」と言った。つまり犬である唐乃介が夜に町を練り歩いていても、何の問題もないことになる。
事実、私は無事だった。危険な目にすらあっていない。
むしろ、その点に関しては、唐乃介は正しいことを言った。
夜の町に出たことで、私は魔法少年と出会い、ヒントを貰った。
そう言えば彼も、仮面子を知っていると言っていた。もしかしたら、唐乃介に聞いたのだろうか。
唐乃介は、私や彼のような、普通の人間とは違う存在に、何かしらのヒントを与えているのだろうか。
そして、それを、見守っている……?
「唐乃介!」
「なんだい、嬢ちゃん」
「あなたは、魔法少年って、知っている?」
「知らないね。なんだい、その、魔法少女のパチモンは」
魔法少女が何かは分からないけれど、語感的に、魔法少年の親戚みたいなものだろう。
やっぱり、唐乃介は知っている。
ただ知ってると言うだけじゃない。
きっと───
◆◇◆◇◆
夜、鉄塔に向かう。
一人では到底登れない高さだけれど、彼が私の事を見つけて、下まで降りてきてくれた。
「話したいことがあるの」
開口一番、私が言う。
「隠しておきたい秘密を離すっていう顔じゃないな」
彼は私を抱きかかえると、鉄塔の上まで飛ぶ。
いつもの場所に座ると、町を眺めた。
「あなたは、唐乃介を知っているわよね」
「まあ、この町であいつを知らない人間は、そうそういないんじゃないかな」
それほどまでに、唐乃介は有名人だ。いや、有名犬? どっちでもいい。
「私、考えたの」
「何を?」
「この前、あなたは私が異世界から来た人間みたいだって、言ったわよね」
「ああ」
「それ、本当かもしれない?」
「へえ?」
「私には、お父さんの記憶がないの」
言葉にしてみると、意外にも、それは抵抗なく出てきた。もっと、引っかかるかと思ったのに。
「でも、それっておかしいことじゃない? だって、女だけで子供は出産出来ないのだから」
「確かに、そうだ。俺も両親の記憶はないけれど、きっとそれは魔法少年になるにあたって、必要ないことだからなんだろうな」
「私のお母さんも、お父さんの記憶がないの。仮に私が小さなときに死んでいたのだとしても、それを忘れているなんて、変でしょう?」
「だから、神崎さんは異世界から来たってことにつながるわけだ」
「もしかしたら、世界を移動したショックか何かで、私とお母さんは記憶を失っているのかもしれない」
けれど、それがどうしたというのだろうか。話しているうちに、分からなくなる。
けれど、とにかく何か、手がかりを見つけなければいけない。
「やっぱり、私の感じている違和感は、間違っていなかったのよ」
例え、この町の人間からしたら、間違っていなくても、それをおかしいと思える人間がここにいる。
ならそれは、正すべきだ。
この町のルールが、みんなを幸せにしているのなら、私だって何も言わない。けれど、この町のルールは、奪うだけで何も与えてくれない。
「それで、どうしようと?」
「あなたは、魔法少年になる前の記憶がないのよね?」
「思い出そうとしても、駄目だ。けれど、そうか。魔法少年になる前の記憶がないってことは、魔法少年じゃない時があるってことだ」
「ええ。あなたも、普通の人間だった時があったはずよ」
「俺を魔法少年にした奴がいる。まあ、それはわかっていたけれど……」
「きっとそいつは、黒い何かの正体も知っているわ。その正体を知っているってことは」
「死についても、この町のルールについても、知っているかもしれないってことか」
「あなたを使って黒い何かを倒そうとしている。少なくとも、黒い何かの敵であることは間違いないわ。敵の敵は、味方ってこと」
「理由もなしに、この町のルールに俺を逆らわせてまで戦わせるはずもないもんな。そうか……。なら、俺を魔法少年にした奴と、どうにかして会う事が出来れば」
「そのヒントになるのが、唐乃介かもしれない」
「あいつが?」
心底驚いた顔で、私を見る。まあ、見た目だけで言えば、唐乃介はただの犬だ。
「唐乃介は、犬だから、この町のルールには関係がないの。夜に出歩いていても何も言われないし、夜の町であなたの姿を見ていても、不思議じゃないわ」
「あいつが、ねえ」
まだ納得のいかなさそうな顔をする彼に、私は言った。
「私に、夜の町を歩いてみろって言ったのも、唐乃介なのよ」
「そういえばそんな事言っていたな」
「私に、この町に関するヒントをくれた。それは、いつもの適当なホラが偶然当たったとかじゃないって、私は思うわ。きっと、唐乃介は明確な意思で私とあなたを引き合わせたのよ」
「今度、唐乃介と会ってみるか」
「それがいいわ」
「もう、随分と姿を見ていない気がするな」
そう言って、彼は笑った。
今日は、これ以上黒い何かが現れる気配はない。
再び町を見下ろした。
「私は、この町が嫌い」
「君から、大切な物を奪っていったから?」
「それもあるわ。けど、この町は、住んでいる人までおかしくしてしまっている。どうやって死ぬのかなんて、誰かに決められるものじゃないわ。事故であれ、病気であれ、しかるべき原因があって、人は命を落とすの。ただ朝が来て目が覚めただけで死ぬことが決まるなんて、おかしい。それを受け入れているのも、おかしい。この町は、おかしいわ。だから、私は棺ヶ丘が嫌い」
彼は長く息を吐くと、言った。
「……この町の名前は、棺ヶ丘。その意味を考えたことは?」
「さあ、ないわ。確かに、不吉な名前ではあるけれど……」
「俺も詳しくは知らない。けれど、この町には棺ヶ丘以外にも、もう一つ呼び名がある」
「そうなの?」
「なぜ俺がそんなことを知っているのか、俺にもよくわからないんだ」
「きっとそれは、あなたが魔法少年でいることに関係しているのね」
「この町の名前は、オブリビオン。なぜそんな名前で呼ばれているのか分かれば、きっと何か変わるかもしれない」
「
なじみのない言葉。
何か引っ掛かりを覚えるわけでもない言葉。
ただその言葉だけを、胸に刻み込んだ。
そうして、夜が明けた。
◆◇◆◇◆
幹山さんが亡くなったと聞いて、私はお供えのお花をもって幹山さんの家を訪れた。
奥さんは、少しだけ悲しそうな表情で私を迎え入れてくれた。
なこちゃんはまだ、お父さんがもうこの世にはいないという事実を、上手く呑み込めていない様だった。
「この度は、ご愁傷様です」
「わざわざありがとう。主人も、きっと喜んでいるわ」
「私なんて、幹山さんに、何も出来ていません。むしろ私が、いろんなことを教えてもらいました」
「すぐ説教臭いことを言うのが、あの人の癖なのよ」
「もっと、色々な話をしたかった。こんな人もいるんだって、私は初めて思いました。あの人と出会ってから、世界が広がった感じがします」
「ありがとう。その言葉で、少し救われたわ。そんな人と一緒になれたなんて、短い間だったけれど、家族でいられたんだって」
「それは、違います」
奥さんは、驚いた顔で私を見る。
「幹山さんたちは、今でも家族です。例えお父さんがいなくなっても、それくらいのことで、家族はバラバラになったりはしません」
何か言おうとして、奥さんは、一歩私の方へと進み出た。
私の手を握り、頭を撫でる。
口が動き、しかし声は出てこない。私は俯いた。
奥さんが膝をつき、私を抱きしめながら静かに泣く。
傲慢だと思いながらも、私はその背中に手を回して、ぎゅっと抱き返した。
◆◇◆◇◆
待ち合わせ場所の公園につくと、既に彼は仮面子の隣に座っていた。
「遅れてごめんなさい」
「いや、時間ぴったりだ」腕時計を見ながら彼が言う。「さあ、行こうか」
唐乃介は神出鬼没……、と言えば聞こえはいいかもしれないけれど、いいかえると町をふらふらしているだけの野良犬だ。
まずは唐乃介を探し出すところから始めなければいけない。
「なぜ、俺が魔法少年になったのか、その理由は分からない」
「ええ」
「けれど、魔法少年になるのがなぜ俺だったのか。その理由は、なんとなくわかる気がするんだ」
「それが、あなたの運命だったから?」
「いいや、違う」彼は、少し照れくさそうに笑う。「ヒーローになりたかったんだよ」
「ヒーロー?」
「誰かを助けるヒーローだ。俺は、そういうのになりたかった。まあ、そんな小さな願いを、誰かさんが組んでくれたんじゃないかな」
そう言って彼は、手を差し出した。
その手に自分の手を重ねる。
「俺は魔法少年で、君は神様だ」
「ええ。私は、神様。だから、町を救うのよ」
「俺の事を魔法少年にした奴が、俺がきちんと役割を果たせているかどうか、確認する必要がある」
「そのために、唐乃介を使っているのね」
「多分。きっと、直接俺を見ることが出来ない理由がある」
「町のルール……。自ら夜の町に行けば、自分が襲われるかもしれないから。それになにより……」
「この町にいるということは、死に憑りつかれる可能性があるということだ」
だから、人間ではない唐乃介が、キーになっている。
手を握る。
今はまだ、誰も──自分の母親でさえ救えない私だけど、神様として、この町を救う。
「行こうか」
「ええ」
一歩を踏み出す。
それは、いつもと変わらない一歩だけれど、私たちにとっては、大きな一歩だ。
私は神様である。
神崎千尋という名の、神様。
神様なのだから、皆を救うのは当然のことだ。
死から棺ヶ丘に住む人を救い、みんなが忘れていることを思い出させる。
神様である私にしか出来ない、使命だ。
まるで、そんな私たちの心を見透かしているかのように、目の前に唐乃介が現れた。
唐乃介の前に立つ。
私は、真実にそっと手を伸ばした。
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