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  • 編集済

    そうか突破しても縦深防御の戦法があるのか…。
    突破する側としても、突破に対応する側としても、の2つの視点から総括的に評論されているのめちゃくちゃわかりやすいし役に立ちます。

    「突破の側面が45度の角度で内側に傾斜していること」っていうのはつまり

       ↑
    __/\__
      突↑破

    こういうことですか?


    追伸:ご丁寧な返信ありがとうございます、めっちゃわかりやすい!

    作者からの返信

     突破された場合はその進撃を予備で停止させつつ突破口を迅速に塞げば、戦術的には孤立した敵梯団を包囲する形になるので有利なのです。しかし作戦面に目を移すと、突破口は周囲にいくつも存在し、パイを切り分けるように味方前線の後方を分断していきます。
     そうなれば、司令部は戦線整理のために撤退を命じるかも知れませんが、この際に敵突破部隊の待ち伏せや味方の撤退援護のための無理な攻勢によって大きな損害を出すだけでなく、突破部隊のより速い進撃に臆して撤退命令が連続し、なし崩し的に国土を失うといったパターンもあります(電撃戦)。
     しかし前線のすぐ後方に前線があればこういった事態を効果的に避けることができる、と言うわけですね。

    あ、それはそう言うことです。側面の長さを無視した突破は側面戦力の不足を招き、結果として突破ならびに戦果の拡大を失敗させます。突破面の傾斜があると、ないと想定した場合よりも相対する敵戦力は増えますから。

    編集済
  • 「世界平和の戦略」への応援コメント

    原始社会においては寄り良い生活の為、水源等をめぐって争い、ローマの時代は名誉や利益、政治で戦争が起こり、中世は宗教なども戦争の理由になり、帝国主義や植民地利権は近世において大きな理由となった。
    第一次世界大戦は戦争は制御できる政治の一手段と誤認した首脳部により欧州や中東で戦争が起こり、第二次世界大戦は利権だけでなく独ソ戦の様なイデオロギーの対立による戦争もあった。
    そして二十世紀は革命や内乱が多発しさらに植民地の独立戦争、冷戦もあった。
    今現在は対テロ戦争と言う戦争がありある種宿命かのように戦争の種は尽きず無くなることがない。
    対して戦争が少ない、もしくは大規模な戦争が起こりにくかった時代を考えれば眉唾物ではあるが古代にはパクスロマーナと呼ばれた超大国による平和の時代やビスマルク体制下の欧州や冷戦があげられる。
    冷戦はイデオロギーの違う世界を2分する二大国の情勢で諍いが起きない訳がない。それでも大規模な米ソの正面衝突が無かったのは戦略核兵器による相互確証破壊の理論によってなったと思う。平和とは次の戦争への準備期間であると言うのは真理かもしれない

    作者からの返信

    おお…… もはやこちらが本編なのでは(迷推理)

    120年程度ごとに大規模な戦乱が訪れるという理論があります。勿論欠陥が数多いものですが、平和が次の戦争への準備期間とするならば、良いところをついているのでしょう。
    できれば「あと五分……」のごとく永遠に準備していてほしいものです。

  • 機甲部隊が穴を開け後続が戦果を拡張する。
    その電撃戦に対し、焦土作戦によって補給線を延ばさせて停止させる。
    ブラウ作戦の様に市街地に誘い込み機動力を奪う。
    ただ成功すれば包囲殲滅すら可能となる可能性がある戦術、規模の大きい軍事大国しか取れない戦術

    作者からの返信

    コメントありがとうございます!
    ブラウ作戦、さすがは同志!(ネタです)
    電撃戦をするには獲物が大きすぎましたね、どうやっても補給的に一撃でモスクワまではいけませんし……フランスとソ連では条件が違いすぎました。あの距離を自動車輸送に頼るのには無理がありますしそもそもゴムが無く、鉄道の規格は違うわガソリンのオクタン価が低くてそのままじゃ使えないわ補給指揮系統は一元化されていないわetc。(また別でやります)

    市街戦での機動戦力の扱い方は難しいですよね。スピア戦術とかも、いつか解説すると思います。

  • それを考えると第二次世界大戦終盤の東部戦線は異常な戦力比ですよね

    作者からの返信

    まったく、畑から人が取れる国は格が違います。
    当初は速度的、威力的、練度的面でドイツが優勢だったものの、攻勢限界により速度がゼロになり、物資欠乏と速度低下により威力が減少し、損耗によって練度が低下するにつれて、『ランチェスターの法則を作戦・戦術で適用して優位に立っていた』ドイツが、ソ連の『ランチェスターの法則を戦略レベルで適用』した戦い方に大差をつけられることとなりました。

  • 突破に成功してもその後の再編やらなんやらがまた大変と。いい所しかない戦術は無いとはいえ中々一長一短なものである。

    作者からの返信

    成功したなら敵が崩壊しているのでまだ余裕があるんですが……失敗した時が悲惨ですね。人的損害が凄まじいことになりますから。

  • 包囲は決まれば夜戦では強いけどその分難しいし千早赤阪の戦いみたいに攻城戦の場合包囲しても勝てない事は有るんだよな

    作者からの返信

    仰る通り、攻城戦では敵の戦闘正面が全方位になりますし、防衛力も桁違い、野戦での包囲とは全く違ったものになります。
    攻城戦について詳しくは別でやる予定ではありますが、攻城戦において何より問題となるのが補給です。包囲されている側の補給が問題視されがちですが、基本的に防衛側が寡兵なため必要補給量は包囲している側より遥かに少なくなります。問題は攻勢側で、補給難から包囲をあきらめたり、強攻を仕掛けて著しい損害を出したりするわけです。
    野戦の包囲と同じ要領で攻城戦をやった日には……想像したくもありませんね。

    編集済
  • 包囲殲滅なんか成功すれば戦争芸術だよなぁ
    やっぱりハンニバルは強かった

    作者からの返信

    本当に、カンナエの戦いは芸術的です。いかんせん古い戦いなので脚色混じりかもしれませんが、あんなに綺麗に包囲を決められるなんて天才です。タイミング、予測、隠蔽、どれか一つでもミスをしていればカルタゴは負けていましたから。

  • 「戦争の準備」への応援コメント

    開戦工作と言えばグライヴィッツ事件も有名ですよね

    作者からの返信

    多くのコメント、本当に励みになっております。
    大義名分は作るもの、というのが全体主義国家の常ですからね。ドイツ然りソ連然り、ポーランドやフィンランドからしたらたまったもんじゃないでしょう。(個人主義国家が大義名分を作らないとは言っていない)

  • 「戦略の定義」への応援コメント

    戦争は目的を達成する手段であって戦略はそれを完遂する為のプランて言うことを覚えておかないといけないですね

    作者からの返信

    この話の内容をたったの二行で纏めてしまわれた……まったくもってその通りです。
    考えてみれば当たり前なのですが、それを忘れさせがちなのが戦時の熱狂や憎しみなんです。
    心底嫌いあっている国も、互いに目標がないので戦争をしない。そんな時代が続けば良いと思っています。


  • 編集済

    「戦術行動② 迂回」への応援コメント

    迂回機動の難しい所は迂回する部隊もある程度以上の戦闘力が必要で正面で敵を拘置する部隊もある程度以上の規模が要るからかなり勢力が強くないと使えない事だな
    電撃戦は凄かったのかもしれない

    作者からの返信

    基本的に迂回される側は戦略的に劣勢な場合が多いですからね……。
    電撃戦は非常に優れた迂回戦略であり、同時に優れた突破戦略だったと思います。電撃戦に関しては縦深突破戦術と対比して突破の話で少しやりますので、乞うご期待!

  • 「戦術行動① 正面攻撃」への応援コメント

    迂回機動戦術でも正面戦闘は必要不可欠
    正面に兵力がないと回りこめないからね

    作者からの返信

    コメントありがとうございます!

    まったくもってその通りで、どんな華麗な機動戦を展開するにしても、正面攻撃を担当する部隊がいなければ成功はあり得ません。縁の下の力持ちたる彼らにどれだけ褒賞を与えて、危機的状況の時でも士気を保たせられるか。名将の要件の一つでしょう。
    そして丁度迂回に関しては次回やる予定です!

  • 戦記物で兵站線を重視しすぎるとエンタメとしては売れないのが悩み所…

    作者からの返信

    コメントありがとうございます!

    そう、そうなんですよね……私は個人的に兵站だけを描いた小説を喉から手が出るほど読みたいのですが、特にネット戦記で兵站術を重視しても評価はされにくいです。これはもう嘆いても仕方ないことです。はぁ……。

  • こちらも面白いです。
    沢山の知識を分かりやすく、まとめるの得意ですね。アレクサンダー大王好きです。
    30代前半に病気で死んだんでしたよね?
    子供たちも殺された記憶があります。

    作者からの返信

    そう言って頂けて嬉しいです。
    アレクサンダー大王良いですよねぇ、一挙手一投足にロマンがありそうなイメージです。
    アレクサンドロス大王の死因は謎が多いです。病死という説もあれば、蜂に刺されて死亡という説もあります。死亡場所にも諸説ありますが、バビロン説(イラク南部)が有力ではないでしょうか(わからなちけれど)