暗殺者の創造

@abeshi7800

第1話 嫉妬

 ターニャは笑う。また、あの顔だ。ボクは机にペンを置いて、ゆっくりと顔を向ける。そこには、ボクの一番好きな顔があった。大好きだ。彼女が笑うことはめずらしい。感情の起伏の乏しい彼女は、どこか神秘的でもある。綺麗な金髪に、やや小麦色の肌、そこにあるボクの知るかぎり、世界一整っている。澄んだ緑色の瞳に吸い込まれそうになる。

「……何を考えていたの?」

「なに?」

「なんか思い出して楽しそうな顔をしてたから」

 思い出し笑い、思い出し微笑み、わずかな喜びが感じ取れた。

「楽しいことではないわ。でも、オスカーのことを考えていたわ」

 ただ事実を述べただけの温度のない美しい声だった。

 そんな飾り気のない彼女の髪には紫色のリボンが付いている。彼女は飾り気のないのが常であり、オシャレを気にするタイプではない。昨日までは付けていなかった。そして、昨日はあいつがふらりと帰ってきた。

 いつもそうだ。この顔の理由をたずねると、オスカーがでてくる。きっとこれも奴からのプレゼントなのだろう。

 オスカーは、記憶を失ったボクを拾ってくれた恩人だ。年齢は父親というほど離れているが、兄貴のようにかまってくる。ボクが今年で9歳になり、オスカーは三十路が近いと体にガタがきやがるとか云々いっていた。三十路とは30歳のことらしい。

 奴が何をしているのかは知らない。拾ってくれたが、育ててくれたとは言えない。月に数回、時には数か月戻ってこないこともある。

 ここは、世俗から離れた山奥の家だ。ボクはあの日以来、ここを出たことがない。ご飯を作ってくれるのも、勉強を教えてくれるのも、すべてターニャだ。ボクが山を下ろうとすると、必ずオスカーか奴の仲間がきて、めちゃくちゃ怒られる。その時は、ターニャもおこる。

 基本的には自由であるが、束縛を感じることもある。ターニャがいるからいいけど。

 ボク、アルランテは奴のことを嫌ってはいない。むしろ、尊敬している。だが、最近は尊敬と比例するようにボクをいらつかせる。オスカーは自分にないものを全て持っている。いや、ボクができるのはオスカーが与えてくれたものだ。

 ターニャを好きになってからだ。このいらつきは。本気でだ。年齢は聞いたことはないけど、二十歳前後だと思う。とすれば、ボクとオスカーの中間あたりだ。子供の自分と大人のオスカーのどちらを彼女は好きになるだろうか。

 もやもやする。

「ターニャはオスカーのことが好きなの?」

「アル、その質問は125回目よ。好きよ。でも、恋愛感情はないわ」

 いつものようにこたえる。恋愛感情がないとつけたのは、文字通り100回も聞いたからだろう。しかも、この言葉の意味はボクにとってつらいものである。オスカーに対してではない。彼女は、自分には恋愛感情というものがないと言っているのだ。

 オスカーとボクのことのどちらが大切なのか。言葉を置き換えて何度も聞いたことがある。彼女は、アナタよ、とこたえる。

 だが、そこに大きな苛立ちがある。

「そのリボン可愛いね」

「そう、ありがとう。アルに褒められて嬉しいわ」

 彼女の言葉に照れるが、やはりその言葉の裏に、ちくりと痛む。

「それは、あいつから?」

「そうよ。あの人は趣味がいいから、きっとアルが気に入るといってたわ。アルに好かれたいもの」

 ドキッとした後の複雑な感情。その正体は、やはりあいつだ。あいつは、ターニャはオスカーが選んだから付けているのだ。

「オスカーの選んだものなら何でも付けるよね。服も髪留めも、食べ物だって」

「あの人はいつもそうじゃない」

 これだ。彼女は好きとかどうかではなく、そんなものを超越して、オスカーのことを信頼している。絶対的に、それはボクが抱く恋心なんてものが介入できるものではない。

「楽しそうに見えたのも、あなたが気に入ってくれると思ったからよ」

 あいつはきっとボクとターニャの2人を満足するように仕組んだのだろう。いつしかそのことに気づき、オスカーの優しさを怖いと思った。心を複雑にかきまぜる。

 子供と大人……、それを突き付けられているようだ。

「前に言ってたように、ターニャの羅針盤はオスカーなの?」

「そうよ」

 事実を語る。この討論は数十回もしたけど、彼女を変えることは無理だった。ターニャは選択のすべてをあいつに委ねている。それは、愛よりももっと深いものではないだろうか。

「ターニャ、ボクはターニャのことが好きだよ」

「私もよ」

「そういうんじゃなくて、本当に好きなんだ、本気なんだ」

「私も本気で好きよ」

「オスカーに負けないくらいだよ。とられたくない」

「…アル、大丈夫よ。あの人は私のことは好きではないらしいの。そして、あなたのことを一番好きになるそうよ」

「なるそうよって、あいつが言っ」

「だから」

 言葉を遮った。

「私のあの人への気持ちを奪わないで」

 何も言うことができなくなった。ほんの少し、いつもよりも感情的にみえる。あのターニャが。125回のやりとり、はじめの25回は子供心からだった。いまでも子供ど真ん中だけど、100回は自分なりに本気だった。いつも一歩一歩、彼女の本心がみえてくる。いや、変えているのか。

「……オスカーは、私のことを大切にしてくれる。私も彼を大切に想ってる」

 考えながら話している。126回目の話し合いで、また少しわからなくなった。

「でも、あの人は私のことを好きではないわ」

 彼女の澄んでいた緑の瞳が暗く沈み込んでいく。

 その言葉の意味はわからなかった。彼女は、これ以上は話したくないと拒否をした。それでもボクは聞いた。聞きまくった。あのターニャが、食料が困らないようにして、3日間も家出をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暗殺者の創造 @abeshi7800

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る