第33話 会長に巣食う何か





「お、お兄ちゃん、その人は……」


 会長が現れてからしばらく。リビングに下りた沙奈と出くわす。


「始めまして、沙奈ちゃん。私は佐久間さんと同じ学校の生徒会長、桜庭結梨と申します」

「え、あ、佐久間沙奈です……」


 沙奈はびくびくとする。


「え、どこから入って……?」

「窓ですよ?」


 まるで当たり前なことを言うかのように。


「え?」

「窓ですよ?」


 それがどうかしました、と付け加える。こいつには逆らわないでおこう。


「お、お兄ちゃん、この人とどういう関係……?」


 沙奈は俺の下に走り寄ってくる。


「ははははははははははは」


 俺は壊れた機械のように、高笑いした。


「お兄ちゃん!」

「生徒会長の言うことは絶対!」

「洗脳されてる……」


 ついに佐久間王国の王も入信してしまった。


「もう、佐久間さん、冗談はよしてください。私は佐久間さんにそんなことはしてほしくありません」

「ああ、そう」


 意外だった。

 会長なら喜んで俺を支配すると思ったのだが、案外素の付き合いを求めているのかもしれない。


「沙奈さん、まだ晩ご飯は食べていませんよね? 私が作りますよ」

「いや、それは俺がやるから」

「佐久間さんは座っててください。これも花嫁修業の一環ですから」

「花嫁修業……?」


 沙奈が俺と会長とを交互に見る。


「いかれてんだ、こいつ」

「もうこの家は駄目かも……」


 俺と沙奈はぶるぶると震え、抱き合った。


「沙奈さん、私のことはお姉ちゃんと呼んでもいいですよ」

「生徒会長さん……」

「ふふふ、やっぱり夫の妹とはうまくはいきませんねぇ!」


 突然語尾が上がる。怖すぎる、こいつ。


「では、またご飯が出来たらお呼びするので待っててくださいね」

「「…………はい」」


 俺と沙奈はリビングで待つことにした。


「お兄ちゃん、ヤバいよあの人」

「それもそうなんだ」

「なんであんな人に好かれてるの?」

「それがだな、分からない」


 全く分からない。何故俺があんな完璧超人の生徒会長に好かれているのか、皆目見当もつかない。俺が一体何をしたっていうんだ。


「大地さん呼んだ方が良いんじゃない?」

「確かに」


 俺はスマホの電源を付けた。


「スマホは電池切れですよ」


 仕切りの向こうから声がする。

 スマホは本当に、電池切れだった。


「聞こえてたのか……!?」

「お兄ちゃん、私かつてない恐怖を感じてるよ」


 沙奈がこんなに怯えているところは初めて見た。

 そうこうしているうちに、会長が料理を持って現れた。


「遅くなりましてすみません、佐久間さん、沙奈さん」


 唐揚げやサラダ、ご飯に味噌汁、魚の煮つけにハンバーグ、およそ完璧と言えるような料理の数々が出てきた。


「しゅ、しゅごい……」


 沙奈は垂涎する。


「腕によりをかけて作りました。では皆でいただきましょう」


 会長はあたかも当たり前かのように我が家を仕切り、テーブルにつく。俺と沙奈も遅れて、テーブルについた。


「それではいただきます」

「「いただきます」」


 どういう家なんだよ、ここは。

 沙奈は唐揚げから食べ始めた。


「美味しい!」


 途端、目をキラキラとさせてご飯をかきこむ。


「すごい! お兄ちゃんのと比較しても遜色ないくらい美味しい! お兄ちゃんは料理は上手だけど手抜きだからむしろこっちの方が美味しいかも!」

「ふふふ、喜んでもらえてよかったです」


 なんということだろうか。

 会長は普通に料理が上手かった。


「では佐久間さんも是非食べてくださいね」


 会長が俺に料理を分けてくる。


「佐久間さんのだけは特別ですよ」


 何やら俺にだけ特別なメニューがあるらしい。見た目は普通のコロッケだが、果たして。まあ、沙奈の様子を見ると、相当料理が上手いのだろう。

 実食。


「……」


 咀嚼する。

 なんだろう。美味しい。美味しいんだけど、何かがおかしい。


「美味しいですか、佐久間さん? 美味しいですか、佐久間さん!?」


 会長が俺に詰めよってくる。


「あ、ああ、美味しい。美味しい、けど……」


 なんだろうか、この味。今まで俺が口にしたことがないような味がする。

 俺が率直に感想を伝えると、


「ふふふ、気づいてもらえてよかったです。佐久間さんのためだけに特別なものを入れましたから」

「………………わーいやったーうれしいー」


 これ以上は聞かないことにしよう。

 謎のコロッケ以外は、普通に美味しかった。



 × × ×



「じゃあお兄ちゃん、私お風呂入ったから入ってきていいよ」

「ああ」


 食事を終え、沙奈が風呂から上がってくる。俺はその後に入る。


「じゃあしっかり歯磨いて寝るんだぞ」

「うん、おやすみお兄ちゃん」

「ああ、おやすみ」


 さてさて、俺も入るとするか。

 俺は服を脱ぐと、風呂へ入った。


「ふ~……」


 湯舟は気持ちが良い。

 俺はちゃぷちゃぷと湯を体にかける。

 

「ああ~……」


 大きな吐息を漏らし、肩まで湯につかった。最高だ、風呂。


「佐久間さん、すみません、片付けに手間取ってしまって」

「うわあああああぁぁぁぁぁぁ!」


 一糸まとわぬ会長が、俺の風呂に入ってくる。


「なんで入って来てんだ! 帰れ! 次に入れよ!」


 姿が見えないと思ったら片づけをしていたのか。若干の申し訳なさが残る。


「ふふふ、佐久間さんは恥ずかしがり屋さんですね」


 タオル一枚かけていない会長は俺の湯舟に入ってきた。今俺と会長は、何もまとわず完全に対面している。

 唯一の救いは、入浴剤で俺の体が見えないことか。


「マジで出ていけ! ヤバいって! おい!」

「ふふふ、佐久間さん」


 会長は俺に迫ってくる。

 これはヤバい。何をしても何らかのトラブルが発生してしまう。

 俺は身を硬直させた。


「ふふふ」


 そして会長はぎりぎりまで俺に近づくと俺に背を見せた。


「私佐久間さんに後ろを守ってもらうのが安心するんです」

「そ、そうか……」


 なんとかかんとか、危機は脱した。会長がいかれたやつで逆に助かった。


「抱いてもらってもかまいませんか?」

「は、ははは、じゃあ軽くね」


 ここで拒否しようものなら俺の貞操が危ない。

 俺は会長に後ろから軽く手を回した。


「ふふ……」


 会長はとろりとした声で言う。


「佐久間さん、愛しています」

「ははは」


 なんでなんだろう、本当に。


「私は佐久間さんがいたからここまで頑張れたんですよ?」

「……?」


 どういうことだ。

 俺は会長の言葉に不可解なものを感じながら、どうにかこうにか風呂をやり過ごした。

 会長に先に風呂から出てもらい、俺は後に出た。



 × × ×



「これは……?」


 会長は当たり前のように俺の部屋に来ていた。


「子供のころの思い出みたいなもんだな」


 会長は俺の服を触る。手つきがいやらしい気がするのは俺だけか。


「子供のころ……」


 会長は復唱する。

 自分の知らない子供のころの俺まで想像していると見たね。


「会長、じゃあ俺は床で寝るから会長はベッドで寝なよ」


 じゃ、というと俺はすぐさま床に寝そべった。こういうのは速さが大事だ。ぼーっとしていると会長とともに寝ることになってしまう。


「それは許しません。佐久間さんは私と二人で、一緒のベッドで寝るんです」


 会長は俺をお姫様抱っこすると、ベッドに放り投げた。そして上から覆いかぶさってくる。


「ふふふ」


 会長は嫣然とした笑みで俺を見下ろしてくる。


「早く寝なさ―い!」

 

 俺は会長を俺の隣に移動させた。

 背に腹は代えられん。とにかく今は無事に寝ることだけが先決だ。


「佐久間さん」

 

 会長は俺を見てくる。横になりながら、会長と目が合う。

 数十分会長は俺と目を合わせながら、


「佐久間……さん」


 会長はうっとりと目を閉じていった。

 勝った。どうにかこうにか、会長は眠りについた。

 俺は勝ったんだ。

 内心叫びたい気持ちだが、会長が手前にいるので何も言うことは出来ない。

 俺は会長が怖すぎて、眠ることが出来なかった。



 × × ×



「けて……」

「……?」


 会長に背を向けていた俺は、会長の呟きに反応してしまう。


「けて……」


 会長が苦しそうにうめいている。 

 こんな会長、見たことがない。


「――けて、助けて……」


 苦しそうに、もがく。

 一体どんな夢を見ているんだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 誰かに謝るかのように、うめき声を上げる。見てみれば、体はしっとりと汗ばんでいた。


「結梨……?」

 

 声をかけてみる。


「ごめんなさい、許して……」


 会長は天井に小さく手を伸ばす。

 これは……会長の過去? 


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 今まで何を考えているのか分かったものじゃない、と思っていた会長だったが、会長には会長の深い傷があったのかもしれない。

 俺が知らなかっただけで、会長は今まで何かしらのひどい経験をしていたのかもしれない。


「私が悪かったです……」


 ぶつぶつとぎりぎり聞こえるくらいの声量で、言う。

 会長は苦しそうに、腕をかきむしった。


 俺はそっと、会長の手を握る。


「……」


 少し、うめきが弱くなる。

 そして安心したのか、そのまますうすうと寝息を立てて眠り始めた。


「お前も色々あるんだな」


 俺は会長の手をにぎり続けた。


「俺に全部任せとけ」

 

 俺は俺に近しい人間が絶望するのが、大嫌いだ。




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佐久間くんレベルアップ 利苗 誓 @rinae

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