第32話 会長のお泊り


「ところでこの子は後輩の何?」

「七福神です」

「おにぃ変なこと言わないで!」


 沙奈が俺の服を掴む。


「おにぃの妹、沙奈です」

「へぇ~、後輩妹いたんだ~」


 夏目さんが沙奈の頭を撫でようとする。


「っ!」


 沙奈が夏目さんの手を叩き、俺の背後に回った。


「夏目さん嫌われてますね」

「おにぃその女の仲良し駄目」

「へぇ~」


 夏目さんがにやにやと沙奈を見る。


「ちなみにお姉さん、その後輩と一緒に私の両親に挨拶に行ったりしたんだナ~」

「おにぃ……」


 絶望に染まった顔で沙奈が俺を見る。


「大丈夫だ沙奈、夏目さんはちょっとここがあれなだけだ」


 俺は頭を指さす。


「お姫様抱っこもされたナ~」

「おにぃ……」


 またも沙奈が俺を絶望の目で見る。


「大丈夫、夏目さんはあれがそれなだけだ」


 夏目さんはにやにやとしている。人の妹で遊びやがって。


「どうしよ~、ヨルの子供が出来てたら……」

「おにぃ……!」


 ぽかぽかと沙奈が俺を叩く。


「ちょっとちょっと夏目さん、意地悪もそのくらいにしてくださいよ、沙奈が信じちゃってるじゃないですか」

「お前、あの夜のこと覚えてないのか?」

「あの夜……?」


 毎日を適当に生きすぎているせいか、夏目さんの言っていることが分からない。

 

「あんなに激しく私を……」


 よよよ、と夏目さんがたたらを踏む。


「まさか俺本当に……」


 社交界の後だっただろうか。あの夜なら俺ならやっていてもおかしくないかもしれない。


「サークーーーーー!」


 明日香が俺を睨む。


「おい! 佐久間! お前いつの間に他の女に手出してる! 聞いてないぞ私は!」

「ひぃっ! 助けて!」


 俺は明日香の魔の手から逃れる。


「冗談だと言ってください先輩!」

「冗談冗談」


 からからと夏目さんは笑う。全く。


「あの、僕一宮っていうんだけど、よろしくね」


 沙奈と目線を合わせて、一宮が言う。


「……まあ、よろしくしてあげてもいいけど」


 沙奈が一宮と握手をする。一宮はにこ、と笑った。


 夏目さんたちと俺たちは、楽しい時を過ごした。




 × × ×



 俺たちは夏目さんたちと別れ、帰途についていた。


「いやぁ、楽しかったなぁ」

「全く、サクは本当目離したら色んな女に手出してるんだから」

「佐久間ハーレムを作るために奔走してるからな」

「そんなことに奔走しなくていーの」


 明日香が俺の頬を引っ張る。


「じゃあまた学校で」

「おっけ」

「ばいばい~」


 俺と沙奈は明日香、大地と別れた。


「じゃあ沙奈、俺は部屋戻るな」

「うん」


 そして俺は部屋へと戻る。

 はあ。ようやく俺も安住できる場所に帰ってくることが出来た。


「……?」


 こつ、と何かが窓に当たる音がした。

 無視。


「?」


 こつこつ、と今度は二度、窓に何かが当たる音がした。虫でもあたってるのか?

 不思議に思ったものの、俺は特に反応しない。


 こつ。


「……」


 黙殺。


 こつこつこつこつ。


「……」


 黙殺。


 こつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつ。


「うわああああああああああぁぁぁぁぁ!」


 俺は布団をかぶる。出た。ヤバい。完全にあれだ。人間が会ってはいけない超常現象だ。


「誰か! 誰かいないか!」


 俺は叫ぶが、ラップ音はやまない。


「頼む! 俺が! 俺が悪かった! 許してくれ!」


 何に謝っているのかはよく分からないが、とりあえず謝罪をする。謝罪さえすれば許してくれるはずだ、という安易な俺の考えがなかったと言えば嘘になる。


「…………」


 するとどういうことか、謎のラップ音は収まった。


「ふう……」


 安堵。これは明日お札か何かを張らないといけないかもしれない。

 ようやく布団から出た俺はスマホを手に取った。


「佐久間さん」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 耳元で突如として聞こえた声に、俺はとんぼ返りをする。


「来るな! お化け! 止めろ馬鹿野郎!」


 俺は布団にくるまり、端の方で縮こまった。


「佐久間さん?」

「…………」


 聞いたことのある、透き通った声だった。


「何をしてるのですか?」

「結梨……」


 会長だった。


「なんでお前、俺の家……?」

「妹さんに入れてもらったのですよ」


 ふふふ、と会長は笑う。いや、なんで俺の家を知ってるのかを聞いたはずなんですが。


「佐久間さん、今日ショッピングモールに行ってらしたんですよね?」

「え?」


 怒気にあふれた声で、会長が言う。


「いやぁ、まあ、その、えーっと……なんだ? あれ」


 言葉がうまく出てこない。


「幼馴染に誘われたから、まあ仕方なく」

「一宮さんも夏目先輩もいたとか」

「まあ、いたと言えばいたなあ」


 会長の長い髪で目が隠れ、より一層怖い。


「なんで私はいないんですか?」

「え」


 怒っている。確実に、怒っている。


「いや、元々明日香と行く予定だったし、まさか生徒会メンバーがいるとかしらなかったし、やっぱり、えっと、予想外だったっていうか」

「じゃあ私との予想外の外泊があってもいいんですよね?」

「いやあ、ははは、まあ、あははは」


 回答をためらわざるを得ない。ここで間違った回答をすれば、俺は死ぬ。

 会長が俺のベッドに乗ってきた。


「佐久間さん、私のことお嫌いですかぁ?」

「いやぁ、まさか、あははは」


 会長が少しずつ俺に迫ってくる。

 これはお化けよりも何倍も怖い。


「あと、やっぱりベッドに知らない人が上がって来るのちょっと俺潔癖だからあれだっていうか、その」

「でも明日香さんと妹さんは佐久間さんのベッドで寝てましたよね?」


 なんで知ってるんだ、こいつ。


「あ、そうだ!」


 会長は手を叩いた。


「私が脱げば汚くないですね!」


 会長はその場で服を脱ぎだした。


「ちょっと待ってくれ! いや、間違えた! 俺服のままでベッドに乗ってもらわないと本当悲しくて泣いちゃうんだよなぁ」

「そうなんですね」


 会長はしゅんとする。


「佐久間さん、私のことお嫌いですか?」

「いやあ、まさか。こんなに綺麗で勉強も出来て人徳もあって生徒会長もしてるこんな会長を嫌いになる人間なんてまさかいるわけ……」

「そ、そんな可愛いって……」


 えへへ、と会長が喜ぶ。半分くらい言わされてるけどね。

 でも会長が美人であるのは間違いない。問題はこの性格だ。


「佐久間さぁん、私も佐久間さんと外泊したいなぁ。佐久間さんの汁吸いたいなぁ」

「ははは、知る、ね。なるほど、相互理解は大切だ」


 言葉遣いがいちいち怖い。


「もうこんな夜だしなあ。私一人で家帰るのはさみしいなあ」

「ああ、じゃあお金出すからタクシーで」

「あ~、どこか都合の良いホテルも空いてないしなあ。一秒でも外に出ると悪漢に襲われて私の貞操が危ないしなあ。どこか優しい人はいないかなぁ?」


 会長は人差し指を唇に付け、悩んだふりをしている。多分悪漢も裸足で逃げ出すよ。


「じゃあ、今日は俺の家――」

「いいんですか!?」

「ひぃっ!」


 会長が猛速度で俺に寄ってくる。


「あ、えっと、はい」

「やた! 着替えの準備してきててよかった」


 完全に泊まる気じゃねぇか。

 そもそも外から窓に石投げてきてたのは会長だろ。夜に外から他人の家の窓に石投げるような女怖くて誰も近づけねぇよ。

 という言葉を飲み込み、俺は会長を家に泊めることにした。


「いやあ、結梨が俺の家に泊まってくれるなんて楽しみだなぁ、あはは」

「うふふ、佐久間さん、今夜は寝かさないですよ」

「あははははははははははは」


 笑うしかなかった。


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