第14話 夜のあと
嘘みたいな話だけれど、2軒目探しに手こずって、結局私たちは最終電車を逃した。毎日、曜日通りに働いていたせいで、世間がお盆に入っていることを忘れてしまっていた。携帯電話で目星をつけたお店がことごとくお休みに入っていたのだ。
「よさげなお店だったのにね。」
お休みの貼り紙を前に、苦笑いする藤間くん。駅からずいぶん離れたところにきていた。
「さっきのお店、入ってみますか…?」
さっきのお店、とは道中で見かけた隠れ家的なバーのことだった。窓越しに覗いた店内は雰囲気があってお洒落だったけれど、カウンターにかけている品のいい先客の姿に、とても身の丈に合わないからと、回避していた。
「今から他のお店探すよりいいかもね。」
「社会勉強ということで。」
そう言って気軽に入ったバーは、想像していたよりはかなり若いバーテンダーが1人で営業していて、50インチはありそうな大型のテレビには海外のアメフトかラグビーの試合が流れていた。メニューの文字は小さく、今まで聞いたこともない名前が並んでいた。なんとかオーダーすると、初めて見るようなお洒落カクテルは、驚くほど口当たりの薄い、足の細いグラスに入っていた。お値段も1杯頼むと4桁。横並びのハイチェア、読書もできないくらい、薄暗い空間に慣れない私たちは段々何を話したらいいかもわからなくなり、お互い2杯ずつ頼んだ後、会計をした。その時にはまるで、浦島太郎になったかのような感覚で、店を出たときにはとうに0時を回っていた。
「今から戻っても、電車間に合わないですね…」
ふわふわと夢見心地な中、この波に乗るよう、背中を押す言葉ばかりをかけた高山さんがただ一言、念を押した言葉が頭を過る。ホテルにだけはいっちゃダメよ、と。その時はまさかまさかと笑ってやり過ごしたけれど、本当に電車を逃す時間まで一緒にいることになるとは思わなかった。9歳も年下の男の子が真っ直ぐな視線が痛い。
「とりあえず、駅の方戻ろうか…」
「そうですね」
寝静まったビジネス街の裏路地を、藤間くんの背中を追いかけるように歩く。少しずつ冷静になって、バーでの会話を断片的に思い出す。1軒目で話していたスーパーヒーローの影はなく、2軒目ではお洒落なお酒を前に、今までどんな人と付き合ってきたのか、今の会社で付き合っている人がいるのかの質問攻めだった。「そんなことあるように見える?」とはぐらかすと、「見えます」なんて真面目な顔して応えられたら、熱でもあがったみたいにくらくらした。
「今の会社では誰とも。」
その時の藤間くんの表情はお店が暗くてよく思い出せない。何で私はこんな話をしているんだろう、こんなの、まるでヒロインみたいじゃないか。誰かに興味を持たれることなんて、いつ以来だろう。
経済的にタクシーで帰れないこともないけれど、そんなことを言い出してしまうと、壊れそうな何かを感じていた。別にホテルに行くわけじゃない。わかってる。それでも今夜、手くらいら繋ぐと思ってた。
ときめき 伴茉莉 @someonelikeyou
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