第13話 リバーシブル―

 駅に向かう道すがら、藤間くんは八方美人だという自分の話をした。


 一人っ子で、学校の先生をしていた両親は完璧主義者。子供の頃から2人の顔色をいつも窺い、よく預けられたという祖母は母親と折り合いが悪く、子供ながらに気を遣ったこと。その癖は家の外に出ても抜けることがなく、学校では先生、友達がイメージする藤間亮でいないといけないような気に追いやられていたこと。もちろん、アルバイト先でも。



「偉いね、藤間くんは。」


「そんなことないです、全部自分のためですから」


 駅へ着いたとき、時刻はまだ22時にもなっていなかった。


「…私にも気を遣ってる?」


「そんなこと…なくはないです」


 否定しようとした藤間くんは、急転換して顔をくしゃりと歪ませた。この言葉もまた、私への気遣いでしかなかった。せめて私ぐらい、気を遣わなくてもいいのに。そんな言葉をかけようとして飲み込んだ。彼が気を遣うことが好意の現れだとしたら、私の言葉ひとつで変えることなんかできない。いや、これは私の過剰な自意識の裏返しだ。私は、こんな言葉をかけることで、自分が彼に好意を持っているように思われやしないか、そう思われるのが怖かっただけなのかもしれない。たった一言のために何人天使と悪魔を戦わせたら気が済むのだろう。つくづく私は面倒くさい人間だ。こんな心を見られたらますます気を遣わせてしまうに違いない。


「少しは遣ってよ、年上だからね、一応。」


「そうでしたね」


 改札の中、ホームへ続く上りエスカレーターのふもと。あと一歩が踏み出せないうちに、脇を通る人がまた1人、また1人とホームへ吸い込まれていく。「またね」のタイミングを見失っていることにはもう気がついていた。立ち話を始めて15分は経った頃、藤間くんが不意に左手首の腕時計を見た。


「まだお店、空いてる時間ですよね」


「そうね。」


「立ち話もアレなんで…もう1杯、いいですか?」


 自分は彼が気を遣わなくていい人になれているかもしれない気がして、少し嬉しかった私は頷いた。

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