キミラノでビブリオバトルはじめました《猫屋敷華恋》編

石束

わりと真剣にシャレにならない私、《猫屋敷華恋》の危機的状況について《キミラノでビブリオバトルはじめました》 その1

 1.


 私、《猫屋敷華恋》は追い詰められていました。


 週末に仲間内でおすすめ本を持ち寄っての書評会、というか、いわゆる『ビブリオバトル』をやることになっているのですが、そこで紹介する本が、なかなか、決まらないのです。

 最後は、この『観賞用』の棚のどれかにする、というかなるのですが。むむむ。


 いつもなら、好きな本を一冊選んで、思う存分『愛』を語る――のが、私のスタイルなのですが、今回ばかりはそうも言ってられない『理由』があるのです。


 ◆◇◇


 私、猫屋敷華恋には『先輩』と呼ぶ、同じ学校のひとつ年上の男の人の知り合いがいます。

 我ながら持って回った言い方だとは思いますが、もうこれ以上に説明できる言葉がありません。友達かもしれないし、他人かもしれない。少なくとも恋人とか不倶戴天の仇とかではない。でも「人数×(かける)学年の数」で表現される学校の他の先輩方とは異なる『先輩』であることだけは、確実。

 具体的にはとある『趣味の一致』によって、ちょっと近くに感じている人なのです。また、『趣味の不一致』によって多少距離も感じていたりもします……って、ああもう。また「それのどこが『具体的』なんだ言ってみろ」とか、先輩に怒られる。


 すっごい簡単に言うとこの人、「読書家」です。学校の休み時間に本を読み、放課後は校内の図書室に入り浸り、帰り道に書店をはしごして、休日は高確率で文化公園内の図書館にいます。

《文学》の棚付近に陣取ってることが多くて、童話や外国文学とか手にしていることが多いです。ガリバー旅行記とか、ロビンソン・クルーソー、マザーグース、白鯨にアンクル・トムの小屋、三銃士、昆虫記、車輪の下、罪と罰、水滸伝に三国志、西遊記……いわゆる「誰でも知ってる古典の名作」で、なんというか、私が近寄りがたい本ばっかり。

 先輩が「海底二万里」を読んでた時に「アニメで見ました!」と言ったら、なんか微妙な表情(かお)をされましたが、たぶん私は悪くありません! でもその後で(仏頂面のまま)アレクサンダー・ケイという人が書いた「残された人びと」というタイトルの本を勧められて、隣に座って何だかわからないまま読み始めたら、とあるアニメの原作でした。……あんまり面影がなくて、なんとなく先輩の言いたいこともわかるんですけど。

 ……というか、普通に口で説明してくれたらいいじゃないですか。

 でも勿体ないなあ。面白いのに、コレ。「あのアニメの原作!」とでもつむぎさんにポップをつけてもらったら、借りる人も増えるのに……


 ……あれ? いけません。ちょっと話がそれました。


 まあ、そんな感じで、ラノベを読むことが多い私とはちょっと方向性が違う人なんです。

 あと?そのほかに?――そうですね……


 基本的に優しい人です。怒ってるのかな、と思う時もありますが、不機嫌が長続きしないタイプ。物腰が柔らかくて、楽しいことがあると明るく笑う人で、本人は気づいていないみたいですけど、本を読んでる時の表情が、結構変わります。また、上下問わず、真っすぐ相手を見て話す人です。ノートと鉛筆と消しゴムに拘りがあってお気に入りのメーカーから浮気をしない人。ちらっとみたらノートの字がものすごくきれいで、さらさらといつまでも苦も無くずっと書いているかと思えば、親指と人差し指でくるくるとペン回しをしていたり。

 それから。

 それから、こっちの話も途中で話の腰を折ったりしないで、最後まで聞いてくれる人。うるさがったり、めんどがったりしないで、ほんとにほんとの、最後まで。こっちが話すことがなくなって、雨が降ってる窓の外を眺めている時も、黙っていっしょに雨の音を聞いてくれる人。


 そんな人です。


 そして。

 私が精魂傾けて布教しているにも関わらず、一切おススメのラノベを読んでくれない人。

「時間がない」の一言で、一刀両断。

 まあ、その。つまり、その。要するに、その。


「本好きのラノベ嫌い」

 

 色々書いてきたけれど、たった一言でいうならば。

 私、猫屋敷華恋の『先輩』とは、そういう人です。



 2.


 私は帰宅後、部屋着に着替えて自室に籠り、来るべきビブリオバトルに向けて作戦を練ることにしました。

 

 あ、ちなみに。今の私の恰好はだぼっとしたオーバーサイズのカットソーに、ふんわり裾が広がる手触りの良い布のショートボトムというらくちん着なので、あんまり色っぽくありません。ごめんなさい。

 なんか最近、トップスがどれも窮屈になってきて、気が付けば、楽な服へ楽な服へ逃げているような気がします。

 勇気を出して相談したところ、先輩には(八の字に眉を寄せた困り顔で)

「まだ成長期やってんのか?」

とか言われましたが、残念なことに身長は伸びていません。がっでむ。


 ――と、ちょっと話が逸れました。

 

 私が今いる部屋は自室の本棚がある方(勉強机とベットは別の部屋)です。

 ここには本棚と本棚と本棚と、お気に入りのソファとクッション、ちいさなサイドテーブルしかありませんが、今のところ私のすべてがここにあるといっても過言ではありませんっ!

 名付けて『ラノベ部屋』! 綾乃ちゃんやノエルちゃんが来てくれるようになったので、クッションの数が増えました! 

 あと、先輩が、何故か頑固に座布団以外を許容しないので、一つだけ絣模様の座布団があるのが、ちょっとシュール。普段ラノベを読まない先輩だけど、ウチに来てくれた時だけは、座布団敷いて壁にもたれて適当な文庫をひっぱりだして読んでくれています。

 先輩とラノベの話ができるのは、この時だけなのが残念です。


 数日前の事。


 せっかく図書館でみつけた希少かつ貴重な読書男子であるところの『先輩』を、いかにラノベ道に引きずり込むかを、とある喫茶店で綾乃ちゃんとレオンやノエルちゃんに相談したところ、ちょうどシフトでフロアに出ていたディアナさんに捕捉されました。そして早番で五時上がりだったつむぎさんが来たところで、

「今度、うちでイベントをやるので、それをきっかけにしたらどうでしょう」

とつむぎさんのお店で初開催となる『夏休みビブリオバトル』への参加を勧められたのでした。


 とはいえ。

 あの先輩を、何の準備もなしに店頭イベントに連れて行くのは、心配です。


 乱読気味で「ラノベを読んでる暇がない」などとフザケたことをぬかす先輩ですから、一人浮きまくるのを承知で、国語辞典とか持ってきそうな気がします。

 そのくらいマイペースというかマイワールドな人なのです。

 学校帰りにつむぎさんのお店に寄った時も、夏休み前の文庫売り場をみて

「太宰とか賢治とか龍之介とかは、もうラノベでいいと思うんだ」

などと暴言を吐いていました。

 どー考えても、のべつ幕なしにラノベをおススメしている私への当てつけです! 

 たしかに課題図書を見に行きたいといったのは私だし、付き合ってもらったことには感謝してますけど! 中島敦は教科書の「山月記」しか知らなくて、他の読んだら新鮮だったし! 先輩のおススメは巻末にオリジナルの「人虎伝」も載ってる親切な文庫だったけど!

 でもでもでも! 言っていいことを悪いことがあります! 世が世なら背教者として火あぶりになるレベルです!


「……あ、でも。」


 先輩のおススメの「国語辞典」。面白かったなあ。五版もいいけど、四版も楽しいし。ガイドブックみたいな本も一緒に貸してもらったせいで、中々項目さがすのがとまらなくて……


 ――と、ここまで考えて、私はふと気づいたのです。


 今まで『先輩にラノベを好きになってもらおう!』と思っていたけれど、現実は『私が先輩好みの本をいつのまにか好きになっている』のではないかと。

 いや、引きずられているなら、影響を受けているだけならまだしも、これが「意図的に」行われているのだとしたら。

 ぞわり、と産毛が逆立つような悪寒を感じました。


「これって、もしかして私……『調教』されて、るの?」


 まずいまずいまずい。

 なんてことだ。なんてことだ!

 は、早く。一刻も早く、先輩をこちら側(ラノベ側ダークサイド)に引きずり込まなければ。

 そうしなければ。このままでは――


「……わ、私の方が国語辞典に萌える体にされてしまう!」


 ――と、まあ。そのような諸々諸般の事情により。


 早急に、緊急に、可及的速やかに! ほんきで急いでなんとかして! 先輩をラノベに目覚めさせねばならないので!

 書店の公開イベントである『夏休みビブリオバトル』への参加を理由に、我々はいわば「練習」として、身内だけのビブリオバトルをすることにしました。

 ラノベ初心者の先輩に、『入門書』になるようなお話を紹介するのが目的の「お試し書評会(勝敗あり)」 それ故、先輩は発表者、すなわち「バトラー」ではなく、投票権を持つ聴衆「オーディエンス」としての参加になっています。


 本番のイベントである『夏休みビブリオバトル』で紹介する本は何がいいのか? その前の『お試し書評会(勝敗あり)』で先輩に紹介するのは何がいいのか? もちろん、最終目的はつむぎさんのお店で行われる初めてビブリオバトルだから、出たばかりの最新刊でもいいのだけど、「練習」とか「リハーサル」と割り切って、この際『入門書』替わりの超名作を両方で紹介してもいい。


「………それに、」


 文庫の背に伸ばしかけた指をちょっと止める。

 ふと、本も読まないで雨の空を眺めている『先輩』の横顔が、ふっと思い浮かびました。

 いつものノートは閉じられている。いつもの鉛筆は人差し指の上で、くる、くると回っている。


 ――最近、そんな風に考えて込んでいる姿を見る事が多い、ような気がして。


 そんな彼の横顔を、私は手元のラノベから顔を上げて、見ている。

 彼がこっちを見るまで、こうしていよう。

 理由もなく決めて、眺めていたら、それは、意外に長く――


「うん! ――きめた!」


 私は呟いて、その一冊を『観賞用』の棚から抜き出しました。



 3.


 試験後、夏休み前の、特に予定のない週末の昼下がり。

 僕は、「友人……たぶん。」等というほかない、実に曖昧な位置づけの『後輩』から、『ビブリオバトル』に誘われた。

『ビブリオバトル』とはいわゆる「書評会」の一形態と考えればいい。各人推薦すべき一冊の本を持ち寄り、説明してその感想を語り合う。その点で、書評会には違いない。ただ図書館などの同好の友人たちと、新しく入った本を肴に行う書評会とちがい、「バトル」という剣呑な言葉がはいっているのが、一味違う。

 この「書評会」は各人5分の持ち時間で本を紹介し、その後三分間の質疑応答を行う。全員の発表後、多数決をもって最優の一冊を決めるのだ。

 本来優劣などないはずの、各個人の愛読書に、あえて優劣をつける。

 そのために、主張し、闘争し、雌雄を決する。

 発表者を《バトラー》といい、催しを称して《ビブリオバトル》というのは、そういうわけだ。


 とはいえ、戦いだからといって、紹介の本や作者を貶める表現や質問はしない紳士協定めいた不文律もある。これは発表の優秀を競うものではなく、紹介された本がどれほど良い本かを競うべきであるという観点からだ。

 優劣をつけるからこそ、真剣に討論できる。でも紹介される本に対して否定的な発言はしない。

 だから、勝負とはいえ何も構える必要もないのだけれど。


「……え?え?え? なんで、どうして」とキョドってる少女が、あそこに一人。


 現在、国の重要文化財に指定されている明治初年に建てられたという神学校の大講堂。その半すり鉢状の底部分に設えられた教壇に一人立たされた彼女――僕の後輩という立場の制服姿の女子高校生猫屋敷華恋が、呆然と室内を見まわしている。


 その隣では僕の知人でもある図書館の副館長が汗をふきふきマイクを握っていた。

「いや、ビブリオバトルも一般的になりまして喜ばしい限りです。ウチの会はどちらかというと昔の少年少女ばかり(苦笑)なのですが、今回はこんな可愛らしいお嬢さん方が小会議室でお仲間でやってらっしゃったのを急遽こちらの方へ参加していただけるようお願いして参りまして……」

 無理くり引っ張ってきました、ということを丁寧かつ遠回しに告げる。


 つまり、今日はこの部屋「講堂」と別の「第二小会議室」で、それぞれに開催していたが珍しくバトラー不足で合同でやることにしたらしい。

 ちなみに投票権を持つ聴衆『オーディエンス』の方は、全館放送が入ったせいで席が半分埋まるくらい集まっており、しかも現在も二つある入口からぞくぞくと増えている。


「図書館定例ビブリオバトルに、女子高生バトラー緊急参戦!――なんて全館放送で流すとか、何考えてんだ副館長あのひと


 まあ、その部屋に知り合いというか、図書館のビブリオバトルで常連だった自分がいたのも、副館長が強気になった理由なので、あんまり他人の振りもできないんだけど。しかし、正直、この展開は読めなかった。

 うちがやろうとしていたビブリオバトルは、あくまで仲間内、しかも……成り行きから、「ラノベ」縛りである。

 講堂でやってるビブリオバトルは逆にある意味「普通」。思い出の一冊から時事評論、写真集や絵本、児童書まで登場するなんでもありだからこそ、バトラーもオーディエンスも、様々な「層」が入り混じる。

 そこへラノベで斬り込むのもアリといえばアリだけど、それなりに覚悟と準備がいる。勝手知ったる身内だけで始めようとしていたのに、いきなりがちゃぶ台がえしよろしくひっくり返った。

 今の華恋の脳内には、大音量で『盆廻り』が鳴り響いていることだろう。


「つむぎさんが、止めるか断るかすると、思ったのになあ」

 部屋を借りる都合で代表になっている本関係の知人、書店員さんの綴野つむぎさんが二つ返事で了承した上に、今も一番前で拍手しているし。

 いや、そんなことより、なにより。

「……大丈夫かな。華恋のやつ」

 ざっとみたところ40人以上50人以下。年齢層は上は70才代から下は小学生。子連れのお母さんも入れれば0才児まで含む。男性女性は3:7ってところか?

 オーディエンスの関心、あるいは注目度は最初の1人ということもあって、高い。

 高いのだけど……

 7人だけの身内でやるはずだったのに、いきなり50人近くの人間の前に引っ張り出された華恋は、さながら信号機のように、赤くなったり蒼くなったりしている。


「でも、今更、本を変えるとか無理だろうしなあ」


 お前、まじでこの聴衆に向かって、ライトノベル片手にバトラーやる気かよ。

 

 聞こえるわけもないこの距離。僕は心の中で、つぶやいた。

 少なくとも遠目で見る限り。

 わが後輩、《猫屋敷華恋》はわりと真剣に追い詰められていた。


 ◇◇◇


 アア、イヱ、ナンデ、ナンデ、こーどー。

 ……はっ! なんか今、意識とんでた!


 目の前には、階段状になった机と椅子がずーっと上の方まで続いている。お客さんは半分くらい(精神衛生上、少な目)

 一番前に座ったつむぎさんが

「人いっぱいのビブリオバトルっていいなあ。うちのイベントでもこのくらいきてくれないかなあ。ああ、告知チラシとかつくっとけばよかった」

と喜んだり、悔しがったりしている。

 ……え? ほんきで私ここでバトラーやるの? ラノベで?

 一度目を閉じて

「……………」

目を開ける。……やはり、世界の姿は変わらない。わかってます! 現実だよ! いきなり異世界に行ったりしないって、知ってます! 


 思わず知り合いの顔を探すと、一人を除いて全部一番前に座ってる。

 レオンが呆れるくらいにいつもどおり。ノエルちゃんが珍しそうに建物を見ていて、ディアナさんは入ってくる人の方を眺めてる。

 つむぎさんはにっこりわらって手を振ってくれている……けど、この人がすべての元凶であることを、私は三日くらい忘れない……そして。


 私の次の発表順になった綾乃ちゃんは、魂みたいな白いものを口から吐きながら、闘う前にすでに真っ白に燃え尽きていて……私がいうのもなんだけど、大丈夫かな。あれ。

 目を合わせても反応が返ってこないので、綾乃ちゃんのことは一旦あきらめて、視線を上に移動する……と、一番上の席から心配そうにこっちを見ている『先輩』が見えた。

 そっか。オーディエンスだから、遠慮して後ろに行ったんだ。


 ――こんな時くらい近くにいてくれてもいいのに。


 などと、口から洩れそうになった。

 ブックカバーを付けたままの文庫本を唇に当てて、息ごと弱音を飲み込む。

 

 そしたら、また、あの雨の日の午後が、脳裏をよぎった。

 本も読まずに、いつものノートを閉じたまま、いつもの鉛筆が先輩の人差し指の上で、くるり、くるりと回っていて。

 私は、『先輩』の横顔を見ていた。

 何もせずに、何かを持て余すようにしている先輩の横顔が……

 何か苦しそうで。つらそうで。

 でも、いつも話を聞いてもらうばかりだった私の中には、あんな表情かおをしている人にかける言葉なんて、無くて。

 先輩がいつも読んでる名作文学とか読んでいたら、私にも何か言えたかもしれないけれど。

 でも、今、私の手の中にあるのは、コレだから――


 コレが私の大好きで大切で全部で、私が伝えられるもののすべて、だから――


 タイマーが回り始める。さざめきが鎮まる。五分間が始まる。

 ビブリオバトル。

 猫屋敷華恋――私が自分が好きな本について、好きなだけ話していい5分間が、始まる。


 私は、意を決して、文庫本から紙のカバーを外した――



 4.


「くやしい、です」

「……泣くなって」

 夕やけの帰り道。文化公園内の遊歩道へ寄り道して、人目がなくなった後で。

 華恋が泣きだした。

「綾乃ちゃんにチャンプ奪られるとは思いませんでした」

 まあな。それは僕も意外だよ。柴藤さん、直前までどっかに魂とばしてたのにな。

 演台に立った途端に覚醒したみたいに堂々と話し始めたっけ。

 最初は、ほとんど意識がないような状態だったけれど、華恋の発表を聞いている内にだんだん『火』が入ってきたのだと、後で隣に座っていたレオンに聞いた。

 

「どうだ?緊張したか?」

「最初だけ」

 反省会をやりたいわけじゃないけど、別の話はさらに振りにくい。

 どうしたものか、と迷っていたら、華恋の方から問いがあった。

「聞こえましたか?」

「ん?」

「先輩がいる、一番上の、後ろの席まで、私の声、届きましたか?」

 ワイヤレスマイクが準備されていたから、勿論きこえたけれど。

「声か」

 たぶん、華恋が知りたいのはそういう事ではないのだろうと、思った。

「声は出てたぞ。ちゃんと後ろまで聞こえた。気持ちの入ったいい発表だった」

 熱を感じる。そんな言葉がふさわしい、魂の発表だった。

 誰かの背中を押すような、そんな――

「たまにはラノベを読んでみようかな、と思う程度には、な」


 まあ「仕方がないのでサービスしてやろう」とか思ったのだけど。

 そんなこちらの様子を怪しんだのか。

 前を向いたまま、華恋が探る様な口調で訊ねてくる。


「……先輩」

「ん?」

「ちょっとくらい、元気になりました?」

 なにを……と、言い返そうとして、さすがに違うと思った。

「まあな、『ちょっと明日から頑張ろうかな』ってくらいにはな」

「その『ちょっと』はダメなやつだとおもいます!」


 こいつに気を遣わせるほどに「まいっていた」つもりはなかったのにな。


「あ、ところで、先輩は誰に投票したんですか?」

「ああ、それなら――」

「すとっぷです! やっぱりいいです! 聞きたくありません!」

「いや、そうはいかん! 何としても聞かせてやる耳を貸せ」

「いーやー、聞きたくない! 聞きたくありません!」


 レンガ敷の並木道。歩幅の違う僕たちは不揃いな靴音を鳴らしていく。


 一冊の本を読み終えたら、次の一冊を探しに行く。

 一冊の本を語り終えたら、また次の本を取り出す。

 

 魔法のツボから金貨を取り出すように、持ち出しても持ち出しても楽しいことは終わらない。

 今日の一冊よりも、きっと、もっと面白い次の一冊を目指して。


「いいから、きけーい」

「いーやーでーすー」


 ぐだぐだと話しながら、二人して夕暮れの帰り道を。

 僕らは明日へ向かって、歩いていく。

 



 Fin

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キミラノでビブリオバトルはじめました《猫屋敷華恋》編 石束 @ishizuka-yugo

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