人嫌いな化け物の話。

Shiba

第1話 化け物の始まり

 人間が言語を話し始めるずっと前から、この世界には“唯一無二の化け物”が存在していました。化け物には、「あれはなんだ」「これがしたい」などの自分の意思や好奇心、思考はあったのです。しかし、自分の存在にはそこまで関心がなかったようです。化け物は自分の存在について、疑問を持つ事はありませんでした。化け物が存在した時には既に沢山の形をした生き物が陸を歩いていたのです。化け物は自分が安全は部屋の中で、テレビでも見ている感覚だったのでしょう。陸を歩く動物、ずっと動かない食べ物も食べない、それなのに成長だけはする植物。化け物はそれらに夢中で、 自分の存在など気にはならなかったのです。それらの生き物に夢中だった化け物は、ある日会話をする生き物を見つけました。今まで見たどの生き物よりも心惹かれたその生き物を、来る日も来る日も観察し続けました。会話をする生き物は絵を描くようになり、自分達が理解し合える文字の様なものを書き始めました。勿論、ずっと観察していた化け物にはそれが何を意味するのかを知っていました。日々成長して行くその生き物に化け物はより一層興味を持つ様になりました。

 ある日、化け物はどうしてもその生き物達とコミュニケーションを取りたいと言う衝動に駆られ、陸に足をつけました。その時、化け物は今まで自分はあの“空を羽ばたく生き物”だったのだと理解します。そして、今までずっと観察していたあの生き物が、“空を羽ばたく生き物”を殺し、そしてそれを食べていた事を思い出します。化け物は初めて死んでしまうとどうなるのかを考えました。化け物が考え出したのは、「今までと変わらない」と言うものでした。同じ形をした生き物は沢山います。だから、動物や植物を食べると言う事は分かっても死には変化がない、ただ動かなくなる、それだけの事なのだと考えました。そこでは動かなくなったその生き物ですが、空を見上げれば、あの“空を羽ばたく生き物”は数え切れないほど飛んでいるのです。そう考えてしまうのも無理はないのかもしれません。化け物は心惹かれたあの生き物の群れに近づき始めます。初めは警戒されていたものの、殺される事はなく、食べられる事もなく、群れに溶け込み始めました。今までは、自分が何なのかを知ることもなく、ただ観察し続けていた化け物が人間として生き始めたのはその頃です。

 その化け物には性別はありません。しかし、人間として生きると決めた事に敬意を払い、失礼がない様、これからは仮に「彼」と呼ぶ事にします。

 彼は、人間とともに狩をし、今まではしなかった食事も取る様になります。それから、空腹というものを知り、喉の渇きも感じるようになります。彼は、より人間らしくなり続けます。

 ある日、彼は湖に映る自分を確認しました。始めは、群れの誰かが湖の中にいるとばかり思っていたけれど、日に日にそれが自分だと自覚します。彼は自分が人間だという事にやっと気が付いたのです。彼は、自分が人間であることをとても喜びました。自分が心惹かれていた存在だったのです。それが嬉しくて嬉しくてたまりません。彼は湖に行く時間が増えました。

 長い間湖を見ていた彼ですが、少し退屈になってしまったので、群れの元へ帰ると、記憶と比較するには、あまりにも違いすぎるその文明発展した場所です。けれど、彼は、人よりも適応能力は高く、その場所ともすぐに馴染みました。

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