お題「草むら」「元日」「蕪」
「七草採ってきたから、お粥にして食べよー」
真冬の文芸部。
どうしてこんな日に部活があるのか、なぜこの寒さでストーブやヒーターの使用が許されないのか。色々と疑問は尽きないが、今突っ込むべきところは顧問が掲げた草たちだろう。
「音無先生、今日が何月何日かご存知ですか?」
「やれやれ、私も舐められたものだね……そこまで落ちぶれたつもりはないよ」
どこまで落ちぶれた自覚があるのかを聞いてみたいところだが、今は黙って彼女の言葉を待つ。
「今日はズバリ、1月1日! 世間様ではいわゆるお正月と呼ばれるやつだ」
「……正解です」
そう、現在は新年の初日。
本来ならば部室ところか校舎にも入る余地はないし、暖房設備なしで快適に過ごせるような気候の季節ではない。
まあそれは百歩譲ってもいい。
今が元日であり、人日の節句にはまだ早いということにも目を瞑ろう。
ただ――
「じゃあ次の質問です、先生」
「どんとこい!」
「……春の七草って知ってます?」
先生の手に握られたそれが、どう見ても七草粥の具材とは異なることは、どうしても見逃せない。
「…………え」
「もしかして先生、七草をご存知でない」
「いや知ってるよ、荻尾花、葛撫子に女郎花。藤袴……とあとはなんだっけ」
「桔梗です。いやそれも七草だけど季節が違います」
秋の七草は多分あまり食べられることはない。というか鈴ねえ――音無先生が持っているそれは秋の七草ですらない。
「秋の七草を知っていてなんで春の七草が分からないんですか……」
普通逆だろうに。
普通の人なら冗談……分かりにくいボケという可能性が濃厚だが、この人に限っては素の反応だ。天然ボケともいう。
「でもさでもさ、春の七草って普通に生きてたら知ることないじゃん?」
「おそらく殆どの日本人は人生で何度も耳にしますよ」
正確に諳んじることができる、となるとかなり人数は減るだろうが。
そもそも目の前の天然教師(生まれつき教師という意味ではない)は、普通の人生とかけ離れたこれまでを送っている。おかげで自分の人生にも普通じゃない要素が入り混じってしまった。
「それどこから採ってきたんです?」
「校庭のすみっこ」
つまり草むらから、正真正銘の雑草である。いや春の七草も人によっては雑草になるんだろうけど今は気にしない。
「先生、それは流石に食べられません。素人が分からないままに雑草を食べるのは危険かと」
「えー……」
残念そうな顔と声。
ものによっては腹痛や中毒症状を引き起こすだろうし、うかつに食べるのは危険だ。草自体が外的要因によって汚染されている可能性もあるし。
「……加熱したらいけないかな?」
「ダメです」
今まで気づかなかったが、部室の入り口付近にはしれっと米が置かれている。見たところざっと10kg。どんだけ七草粥食べたかったんだこの人。近くにはスーパーの類もないし、鈴ねえは徒歩でここまで来ているはずだ。
「……………………」
米袋は既に封が切られている。おそらく家にあったのを持ってきたのだろう。
そして袋の中にはまた別の袋。見たところ塩か。
「どうしたの?」
「いいえ、なんでも。ちょっとトイレに言ってくるので留守番しててください」
必要なものだけさっと持って、部室を後にする。
「はーい……?」
廊下に出て携帯電話を取り出す。登録してある番号の一つを選択。
「あ、僕だけど。悪いね、元日から」
「実は――――」
※
「戻りましたー」
「長かったね、道草でも食べておなか壊した?」
「誰がんなことしますか、誰が」
それより机の上片付けてください、と続ける。
「ん、お盆……となにその上に乗ってるの」
「いいから」
数秒かけて片付けられた机上に、持ってきた一品、というか二品を乗せる。要は二人分の料理である。
「これって……」
「はい。ご所望のものをお持ちしました……まあ七草粥じゃなくて一草粥ですけど」
園芸部の知人が敷地内で野菜を育てている、と聞いていたので相談してみた。
もしかしたらスズシロ――大根くらいはあるかなと期待していたら、あったのは別のもの。快く譲ってもらえた。
「
「………………」
「先生?」
そこそこ苦労した粥を前にして、無反応の先生。
気に入らなかったかと顔を覗き込むと――
「……うれしい」
――満面の笑みが、そこにあった。
「さいですか」
「ありがとう、かぶら君。今年中で一番うれしいかも」
「……今年はまだ始まったばかりでしょうに」
「うん、じゃあこれから、もっとうれしいことを私にプレゼントしてね?」
「前向きに善処します」
経緯もいまいち分からない元日の部活動は、こうしてなかなかの結果で終わりを迎えた。
お題小説 nago @nago
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