あなたを買い取ります
自分がイヤでイヤで仕方がないの
おかしいんだ
自分が大好きなくせしてね
オカネ欲しい 友達欲しい 毎日楽しく暮らしたい
いつもそんなことばっかり考えている
一番欲しいものは何って?
決まってるじゃん、「愛」だよ
彼氏はいる
出会い系で知り合った大学生
オカネも結構くれる
でも、私らの間に「愛」があるのかと聞かれると、答えは疑問符だ
多分、ないと思う
オカネ使って街で騒ぎまわるかエッチするかしかしないもの
ぶちゃっけた話、本当に愛されていたらこんなに飢えないと思う
愛されることにね
でも、その求めている「愛」がどんなものなのかすら分かっていない
分かっちゃいないものを求め、間違った求め方をして空回り
間違った場所を探し、そこで見つからずにまた空回り
キライ キライ
自分大嫌い
自分なんて死んじまえ
消えてなくなっちゃえ
ホラホラ
私は手首を切る
麻薬と同じ
鈍痛と、脳のどこかが痺れるような感覚
その一瞬だけ、私は私を忘れられる
でも、言ったように忘れられるのは一瞬だけ
醜い自分を、価値のない自分を罰して罪が軽くなったかのような錯覚
時間がたてば、また怖くなる
また自分を傷付ける
リスカは一時しのぎで、何の解決にもならないことは分かっている
でも他にどうすべきかを知らない私は
空しいと知りつつその行為を機械のように繰り返す
長いこと高校にも行ってない
そのせいか、ある日担任と称する先生が訪ねてきた
母親に通されて、その先生は私の部屋へ
あれ こいつ私の担任だったっけ…?
ソイツは、泣き虫先生と呼ばれる頼りない国語の女性教師だ
教育実習生から上がりたてのホヤホヤ
場慣れしていないせいか いつもおどおどしている
みな面白がって先生をからかう
色んないたずらをする
すると先生は、ちょっとしたことでもすぐ涙を浮かべる
だから、ついたあだ名が 『泣き虫先生』
そっか
私が不登校になってから年度をまたいでたのか
知らないうちにクラス替えか まるで笑い話だよねコレ
担任も変わってるわけだ
よろしくね また学校に来てよね
待ってるからね
泣き虫先生はそう言った
私はそれが癇に障った
そんなこと先生なら誰だって言う
どうせあんたも、不登校の生徒がいたら困るんだろ?
出てきてくれないと査定にでも響くんだろ?
要は、自分のためじゃないのか
心から私のために言ってるんじゃないね
自分のために、私に学校に出てきてほしいんだ——
根拠もないのに何でそう決め付けたのか分からない
そう思いたかったのかな
何でも理由をつけて、表面上美しく見える人間の厚意を破壊したかったのかな
本当の愛情なんてないと思い込むことで
それを得れてない自分が可哀想なのではない、と安心したかったのかな
だから私は、自分を心配してくれているように見える先生を破壊したくなった
帰れ
誰が学校なんて行くか
二度とくるな
部屋にあった色々なものを投げて先生を追い出した
音楽スピーカー投げたのはやりすぎだったかな
先生は泣いて帰って行った
ふん
でもいい気味だ
これに懲りてもう来ないだろう
学校側は恐らく救いようがないと私を退学処分にするだろう
……懲りない先生だ
泣き虫先生がまたやってきた
私はいい加減キレた
この偽善者め
『いい先生』『不登校児を立ち直らせた』
そんなにしてまでその名誉ある称号が欲しいか
お前の前でやってやる
私は先生の見ている前で、手首を切ってやった
ちょっと脅かすために、いつもより深く切った
どうだ
ザマぁねえだろ
自分の無力さを知れ
生徒一人救えない、愛の無力さを知れ
普通、こういう時あわてて傷口を、血をなんとかしようとする
そして二通りの反応がある
ひとつは怒る、という反応
バカッ もっと自分を大切にしろっ
ひどいヤツは怒鳴るだけでなく殴ってくる
父親や先生に多い傾向だ
二つ目は、泣くという反応
これは母親
「私にはあんたが分からない。一体どうすればやめてくれるの?」
そう言って、オロオロして泣く
……知るかよ。
そんなことが簡単に分かるんだったら、やめてますって
ああ、イライラする
心配してくれてるんだろうけれど、うっとおしい
私は病んだ心で、ひとつの哲学をひねり出した
愛情なんて、相手に伝わらないと意味がない
具体的成果を挙げない愛情なんて偽物だ
いくら人を思って愛情を注いでも、相手を変えることができないなら——
それは所詮ただの脳波であり、電気信号にすぎない
人を救えない愛情に価値はない
血がボトボトしたたり落ちた
泣き虫先生は、微動だにしなかった
あわてなかった
ムキになってナイフを取り上げたりしなかった
私を力で押さえつけたり、止めたりしなかった
ただ悲しい目で私を見つめるだけ
真っ赤な血がフローリングの床に溜まる
楕円形に血溜まりが広がっていく
ちょっとやりすぎた
先生に腹を立てた反動にせよ、ちょっと自制心がきかなさすぎた
私はペタンと血だまりにへたり込んだ
ショックも手伝って、私はエンエンと泣いた
先生は、自分の服が汚れるのも躊躇せず血溜まりに座り込んだ
涙目でかすんでよく見えなかったんだけど
泣き虫先生は正面から私を抱いてしっかり包んでくれた
あだ名にふさわしく、泣き虫先生は本領を発揮した
おいおい。私よりも大きな声で泣いて、どうするんだよ。
何も、説教めいたことは言わない
ただわんわん泣くだけ
血だらけで抱き合って泣く二人
応急処置の心得があるのか、ちゃんと止血はしてくれた
不覚にも私は思ってしまった
……先生の胸って、あったかいなぁ。
今でも、意外な展開に狐につままれたような感じだ
私は、泣き虫先生とある契約を交わした
きちんと、契約書まで作ってね
さて、その契約の内容はというと——
「ここに5万円あります」
泣き虫先生はお札をテーブルに広げた
「あなたのお母さんも共同出資してくれました。私から2万。お母さんから3万。このお金で、一ヶ月間あなたの体を買い取らせてください」
……はぁ!?
私は目を丸くした
本当に突拍子もない、おかしな提案だ
でも、5万円はなかなか魅力的な金額だ
もしかしたら、この先生は今までの先生と違うかもしれない
かすかにだけどそう思い始めていた私は、その契約にのってみることにした
(契約内容)
一ヶ月間の間、あなたの体は代価を払って買い取られました。
よって、自分の体といえども自分勝手にしてはいけません。
一ヶ月間は、以下のことを禁じます。
・自傷行為。リストカットを含め、自分の体を傷付ける行為。
・セックス。例え彼氏が相手であっても、これを禁ずる。
・出会い系サイトなどを通じての援助交際。
・その他、若い女である自分の体を武器にしてお金を稼ぐ一切の行為を禁ずる。
※その代わり、決まりを守り続けることであなたが苦しくなったり、辛くなったりしたときには先生・または母がどんな時でも駆けつけ、相談にのることを約束いたします。
契約開始から一週間
こんなに辛い日々はなかった
逆に、こんなにも人の温かさが身にしみた日々もなかった
何度も、叫びたくなった
何度も、手首を切りたくなった
私は泣き虫先生のケータイ番号を教わった
『24時間営業だよ』ってさ
私って悪魔だからさ
ホントかよ、って思ってかけたよ
深夜の二時過ぎに
そしたらね すぐに電話に出てね
会いたいなって言ったら 『今すぐ行くからねっ』 って
ウソだろ? って思ってたら間もなく自転車のブレーキ音がして——
チェーンとブレーキが手入れされてないっぽく、キキキキィと嫌な音を立てる
二階の窓から下をみたら、泣き虫先生だ
……速っ!
私たち二人は、近くの公園のベンチに行って座った
私は先生に体を預けた
寄り添いあって、月を眺めた
長いこと語り合った
センセ
試してゴメンね
もう、こんなバカなことしないよ
ウソじゃない
この気持ち
私、センセイのこと好き——
援交のネットワークでつながっている友人から言われた
「あんた、最近付き合い悪いねぇ もう稼がんでもええん?」
直接連絡をとれるようにしてあったオヤジからもメールが舞いこむ
「会いたいんだけど。大4枚でどうかな」
私は、援交関係のメルアドやケータイ番号などのメモリを消去した
そして最後には私自身のスマホも新しく変えた
ケータイショップからおニューのスマホを手にして出てきた時
私は涙を一粒流した
それは、うれし涙
再出発の、すがすがしい涙
私は、もう自分を傷付けなくてもよくなっていた
だって、私はセンセイに買い取られたんだもん
自分の体と思えば、自分の自由なんだから多少は粗末に扱う
でも、この体が自分だけのものではない大事な体だと思えた今——
私は、私の体をぎゅっと抱きしめるんだ
……大切な、大切な私の体
この体はね、泣き虫先生のものでもあるんだ
私の部屋で、彼氏と会った
体中、生傷だらけだった
「どうしたの、ケンカでもしたの?」
「ああ。ケンカどころか、ありゃ命をかけた決闘だな」
彼はそう言ってフッと笑った
そして彼はその決闘について話し出した
ある日泣き虫先生は、私の彼を呼び出した
そしてハッキリ宣告した
今のあなたをあの子のパートナーと認めるわけにはいきません
彼女には指一本触れさせはしません
どうしても彼女とセックスしたければ、私を倒しなさい
私の屍を踏み越えていかない限り、あの子には会えませんよ
彼は先生に飛び掛った
先生は恐ろしく強かったらしい
「あの見かけであの強さは、サギだよ」
彼は話の途中で、そう言って笑った
ただ若い男を相手に、強い先生とて無傷ではいられなかった
お互い、ボロボロになった
「オレ、途中で何だかおかしくってさ、笑っちまったんだ」
彼は最終、ケンカをやめて笑い出したのだそうだ
すると、泣き虫先生も同じようにクスクス笑い出した
まるで以前からトモダチだったかのように、肩を組んで歩いたそうだ
今は泣き虫先生の許可を得て、彼はここに来ているらしい
「よかったな」
話し終えると、彼はベッドから立ち上がった
「あの先公は……本物だ」
彼が帰りかけるので、私は驚いた
「ヤラなくて……いいの?」
会えば必ず、彼は私の中で精を放たないと満足しなかったから
どちみち、契約のことがあったから求められてもしなかったけどね
「バカ」
彼は、笑顔で私の髪の毛をクシャクシャとかき回した
「オレには、お前のことが……大事だ。だから、今はしない」
そう言って、彼は軽いキスだけをして帰って行った
「うわあああああああああああああん」
彼が帰ったあと、私は声を上げて泣いた
うれしかった
初めて、大事にされた気がした
女として 人として
契約満期の一ヶ月が過ぎた
「どう? 契約更新、する?」 泣き虫先生は、聞いてきた
「ただ、私ビンボーだから契約金減らしてもらわないとね」
そこで、私はセンセイに言った
「契約期間は、生きている間中ずっと。私は、私自身と私の周囲の人を大切にします。契約金は永遠にタダ、ということでどうですか?」
その後、私はちゃんと学校へ通うようになった
私は愛というものが分からなかった時
自分を傷付けていた
自分の心も体も好き勝手に弄んでいた
でも
自分という存在が自分ひとりだけのものではないと知った時
私を愛する者のものでもあるということを知った時
その者のためにも自分を粗末に扱ってはならないと理解した時
私は生まれ変わった
私も
泣き虫先生がしてくれたように
誰かさんを買い取って
永遠に支えてあげたいな
あなたはひとりじゃないよ
ごらんよ
こんな私でさえ、ひとりぼっちなんかじゃなかったんだから——
泣き虫先生 賢者テラ @eyeofgod
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