泣き虫先生
賢者テラ
泣き虫先生
一言聞いていいかな
皆さんにとって学校って何
楽しいところ?
生きるのに必要なものを学ぶところ?
友達を作るところ?
私にとっては少なくともこうだ
学校とは
弱いものは死ぬところ
自分で物事を判断しちゃいけないところ
正しいか正しくないかを考えると心が持たないところ
どんなやり方だろうが生き抜く知恵をつけるべきところ
大人は体がでっかいばっかりで頼りにできない
真に恐れるべきはその地獄で最も力をつけた子ども
悪魔の申し子は今日も教育という名のもとに
その残忍で狡猾な牙を獲物に向ける
響子が自殺未遂をした
一週間前から彼女が中学を休んだ理由を知っている
だって
私はその場に立ち会っていたから
先生や他クラスの生徒が来ないか見張り役をさされていたから
響子は爪をはがされた
部活の事故ということだがあれはウソだ
周囲がどれだけしらばっくれようが本人が訴えれば悪事はバレるのに
いじめの怖いところは
本人からもそう言わせることができる魔力にある
「私って、ドジだから。ハードルで転んだ時に変な手のつき方しちゃって——」
だって
再び学校へ戻れば
そこに待ち受けているのは絶対に機嫌を損ねてはならない猛獣
何も知らない親や教師は
戻れてよかったね
また一緒に楽しく学校生活を送りましょうねと言う
バカじゃないだろうか
知らぬは大人ばかりなり——
さすがにバカな大人も
響子の自殺未遂に驚いて事態の調査に乗り出した
しかし運は悪魔に味方した
響子自身が精神を破壊されものを言えなくなった
死人に口なし
これで彼女の口からいじめの実態が公になることはなくなった
ヘタに裏切る大人どもより結束の固い子どもは口裏をそろえる
まったくボロをださなかった
誰一人真実を叫ぶ者はなかった
響子は毎日部屋の天井を呆けたように見つめて暮らしている
さぁ次の犠牲者は誰だ
私はやっぱり共犯だよね
無理矢理見張り役をやらされたんだけどそれは言い訳にならないよね
私がいじめられるのがイヤだから
逆らって私の生活が脅かされるのがイヤだから
でやっぱり私も響子をあんなにした罪の一端は私にあるんだ
そう思うと胸が苦しい
体育館倉庫に集まった女子
今度血祭りに上がったのは亜須美
寄ってたかって下半身をあらわにされた彼女
悪魔はささやく
さぁこの瓶をこの子のここにつっこみな
この子がヤッたことなけりゃ血が出る
もしかしたらもう男をくわえ込んでいたりして?
ジュースの空き瓶を渡された私は頭が真っ白になった
そら あんたがやるんだよ
痛いといけないから
お情けで少しは入りやすくしてあげましょうねぇぇ
蛇はその分かれた舌先をチロチロとうごめかせる
キャハハ これってレズぅ?
亜須美は叫んで助けを求めることすらできなかった
叫ぶどうこう以前の問題だった
この事態は彼女の心のキャパをあまりにも超えていた
被害者にとっての悲劇なのはもちろんだが
私もこの時 逆らえないことで犬畜生に成り下がった
帰り道
このまま生きていても仕方が無いと思った
国語の授業を受け持っている先生にヘンなのがいる
まだ若い女性教師だ
教育実習生から正規の教師になって、まだ二年目と聞く
場慣れしていないせいか いつもおどおどしている
みな面白がって先生をからかう
調子に乗って教卓に毛虫を入れといたり
引き戸にチョークの粉をたくさんつけた黒板消しを仕掛けたり——
どんな単純な手口のいたずらでもすぐに引っかかる
ちょっとしたことでもすぐに目に涙を浮かべる
だから ついたあだ名は『泣き虫先生』
……この人、先生に向いてないんじゃ?
私などはなんでこんな頼りない人が教師目指したのかと思う
とはいうものの先生なんて誰であろうが私らには大して変わりはない
不思議なことにその泣き虫先生は
どんな目に遭わされても学校をやめない
どんなに泣いても授業を最後までやる
絶対に学校を休まない
国語の授業でまともな心温まる物語を教科書で読むと
本当に自分が空しくなる
心が裂かれて裂け目から血があふれる
家に帰ってごはんを食べテレビを見て塾に行く
ごはんが最近全然美味しくない
肉を見るたびに私が踏みにじった亜須美の膣を思い出す
こないだ焼肉食べたあとでトイレに全部吐いた
人間が食事をするのは生きるため
これからも活動していくエネルギーを得るため
でも
生き延びて私がやることにどれほどの価値が?
こんな醜い私がご飯食べて生き延びて
塾行っていい高校・大学に行って——
いい暮らしができてもそこに何の価値が?
感受性豊かな時代に悪魔の子に教育された私が
生きながらえてもそこに何が?
子どもを生んでどんな愛でその子を愛せる?
どんな愛で男性をパートナーとして愛せる?
私の中にあるのは
蛇のように相手に巻きついて頭からかぶりつく
自分さえ良ければ他者も犠牲にする愛しか育っていない——
私にとって学校はいるだけで拷問の場となった
私は空腹というものを感じにくくなった
なぜなら私が人に言えない秘密を
私の小さな体に溜めておくには大きすぎる秘密を
爆弾をお腹の中に収めていたから
それがあまりにも大きな場所をとったから
痩せていった
体重が激減した
食べては吐いた
いけない
このままでは
私は落ち窪んだ眼窩の奥で悟った
……響子の次に壊れるのは私だ
何でだろうね
その時ぼんやりとした頭で思い出したのは
よりによって頼りにならないあの『泣き虫先生』
私ってバカじゃなかろうか
一番当てにならないじゃん
そうは思っても体は勝手に動いた
私は職員室へ行った
私には無意識に引っかかっていることがあった
なぜあなたは辞めずに先生しているの?
いつも泣いてそんなに楽しそうじゃないのに
あなたを学校から離れさせないものは一体何?
あら あなたはA組の宮田さん
よく来てくれたわねぇ
さぁさぁ
私は拍子抜けした
上へも下へも置かない歓迎ぶりだ
他の先生も苦笑している
だってぇ
用事がないと生徒たち誰も訪ねてきてくれないんですもん
お茶とお茶菓子まで生徒のために用意する始末
センセ、そこまでは……
私はちょっと笑った
久しぶりに笑った
お茶は美味しかった
お茶菓子も吐かなかった
大人って信用できないと思ってた
自分のことしか考えてないと思ってた
でもこの先生に関する限り考えを改めることにした
初めは趣味の話や先生の失恋談などの軽い話
それで心の扉が少しずつ開きかけた私
思い切って堅く口を閉ざしていたあのことを言う気になった
それで私がどうなっても構わない
今のままの平和に価値はない
剣を投げ込んでかき回して大きな波紋を起こすほうがよい
放課後先生のアパートにお邪魔した
そこで私は全部ぶちまけた
いっぺんで胸のつかえがとれた
心が軽くなったら、急に張り詰めていた何かが緩んで
蛇口を一気にひねった水道のように涙がドボドボ
えええええええん
ひいいいいいいん
寂しかったの
辛かったの
苦しかったの
もうイヤなの
少年院とかいうところに入れられても構わない
私もみんなもそれだけのことはしたんだもん
このまま黙ってて苦しさを抱えて生きるよりも
どんな罰を受けるとしても全て清算して生きるほうがいい
泣き虫先生はやはり名前どおりの本領を発揮した
先生と私は抱き合って泣き続けた
途中 心に余裕のでてきた私がふと考えたこと——
……私らの泣き声って近所迷惑になってないかな
先生 目が変わった
こわい
大人を怖いと思ったの私は初めて
悪魔を粉砕する目だ
泣き虫先生は弱いから泣き虫なんじゃない
強いから泣くんだ
弱いもののためにその辛さを自分のことのように感じて泣くんだ
私はこの時そう思った
私は悪魔たちを裏切った
いじめが行われた時を見計らって先生にこっそりメールで知らせる
泣き虫先生は般若のような形相で
一切の迷いのない歩調で歩いてくる
文化祭などの行事で使う大道具類をしまう倉庫
大きな音をたててそのドアが開け放たれた
闇の申し子たちはその審判者のシルエットを見た
泣き虫先生はこの時も泣いていた
だから悪魔たちに油断と隙ができた
なぁんだ
あの弱っちい泣き虫先公か——
いきなり主犯リーダーの子の体が吹き飛んだ
次にいじめのターゲットの子を羽交い絞めにしていた子が
恐ろしい速さで繰り出された先生のこぶしに張り倒された
頭に血が登った子のひとりがカッターで先生に切りつけてきた
ひるみもせずに腕でその刃を受け止める
刃は血を吸ったが先生はまったく気にもしない
先生の獅子の目が闇に光った
みぞおちに突き出された鉄拳が生徒を地に打ち倒す
泣き虫先生は悪魔の体に馬乗りになった
頬を滅多打ちにした
悪魔の顔へ先生の熱い涙が滴り落ちる
私は呆然とした
その場でいじめに関わっていた者全員先生に半殺しにされた
激しく殺す気でかかってきたので先生がやむなく腕をへし折った生徒もいた
みんな泣いた
不思議なことにみんなの目から悪魔の目つきが消えていた
ただただ悲しくて泣く子どもの目だった
先生派は説教めいたことは何一つ言わなかった
泣きながら生徒をぶちのめしただけなのだが——
でもみんな明らかに何かを教えられた
泣き虫先生はクビになった
暴力沙汰のせいだ
この事件は当然明るみに出た
あまりにも常軌を逸した悪魔の所業のようないじめは
報道を通して日本を揺るがした
先生自身も刃物で切りつけられ大ケガを負った
正当防衛も加味され世論の力もあってとりあえずクビで済んだ
主犯の子は少年院送致が決まった
「私は先生に感謝してます。先生ゴメンナサイ……」
人が変わったようにそう言って泣く映像は全国に流れた
私たちクラス全員は
日曜になると泣き虫先生のアパートへ遊びに行く
誰も先生を恨んでなんかなかった
先生じゃなくなってもこうして慕って会いに行くのだ
30人あまりでアパートの狭い階段を上がると
住人は何事かと怪訝そうな顔をする
ドアを開けた先生はため息をついて言う
「まあ。うれしいけど、この狭い部屋じゃダメだわ——」
そう言って笑う
つられてクラスメイト全員が笑う
そして先生が泣く
このパターンは定番だ
近所のミスドで大宴会(?)が開かれる
訪問の人数が多すぎた時の会場はここだ
ここでは皆が楽しそうだ
先生も楽しそうだ
先生は今 電気量販店の店員をしているそうだ
今度のことで教育界には二度と復帰できないらしい
「みんなも、電化製品はケーズデンキに買いに来てね!」
そう宣伝するとみんなが大笑いする
今は先生じゃないけれど
この人こそ本当の『先生』だ——
雨の降る日
私は一人で泣き虫先生のアパートを訪れた
「あらいらっしゃい。さぁさぁ——」
私が始めて先生に会いに職員室に行った時もそうだった
いつだって大歓迎してくれる
笑顔で迎えてくれる
泣くことも多いし怒ると怖いけど
いつでも私が安心して帰れる場所
心のふるさと
センセイ大好き
私はお茶菓子をよばれたあとでそう言って先生に抱きついた
涙がこぼれ落ちた
バカァ
あんたが泣いちゃったらセンセイも センセイも……
やっぱり泣き虫先生だ
いつまでも変わらないね
でもその変わらないことが私にはうれしい
先生の胸の中
私はすべての悩みも苦しみもこの瞬間だけは忘れ去った
……あったかいな。
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