5.ガール・ミーツ・G・G・B★
宙を舞いながら1撃(2撃?)で切り伏せられた猪魔獣を茫然と見ていた。
猪魔獣が青年の時と同様に砕け散る。毛皮やブロック肉などのアイテムがその場に散らばる。
あんなに苦労させられたのにずいぶんとあっけない。
いつの間にかミツバの体は薙刀のような槍を携えた同い年くらいの少女に抱き留められていた。丁寧にもお姫様抱っこである。
彼女はミツバを抱えたまま、羽のようにふわりと着地した。
「大丈夫ー?」
ミツバへそう問いかけた薙刀少女は夜明けを映したような瞳をおっとりと向けている。
襟足の短い赤みがかった焦げ茶の髪はサイドが長めに垂れており、片方をアップにしていた。それをまとめる髪止めが三毛猫のぬいぐるみで、尻尾がぴこぴこ揺れているように見える。
均整の取れた肉体は健康的でしなやかだが、ぼんと前方に突き出た胸が存在を大きく主張している。ネクタイのような首飾りが谷間を隠しているが胸が大きく開いていて、同性であっても目のやり場に困る。
薙刀少女は近くの直径30センチほどの木を一閃薙払うと、出来た切り株にミツバを座らせた。
さほど高さがなかったとはいえ、ばきばきずどんと派手に倒れた後、複数の鳥が飛び立つ音が木霊していた。
彼女は展開に追いつけず未だ呆然とするミツバの体を確認する。
一番重傷そうな右手の指を見つけると、胸の谷間から試験管のようなものを取り出し、中の液体をミツバの指にかけ始めた。
指に関してはぴりぴりと麻痺したような感覚で痛みは然程無かったはずだった。
しかし指が治っていくにつれ、見た目にふさわしい痛みがズキンと襲い始めた。
身悶えているうちに指は治り次第に痛みも収まったが、何故だろうと頭を捻る。
「装備からしてウチ達と同じプレイヤーだよねー? めちゃくちゃ痛いの、ウチ達の体だと麻痺るんだよー。初めてだったー?」
「麻痺……」
「そうそうー。とりあえず、はーい。これ飲みながらゆっくりしてよー」
渡されたのは木のコップから湯気立つ紅茶だ。レモンのような柑橘系の爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
ありがとうございます……と受け取って口を付けると香りから予想した通りの味が口の中に広がった。
はいこれもねー。と隙をついて口の中に放り込まれた物はほんのり塩気と香ばしさを纏うキャラメルだ。
思いがけず出会った甘味達にうっとりと緊張していた体が弛緩する。
なんだか体も内側からぽかぽかして来たように感じる。
突然のティータイムについついおしゃべりがはずむ。
……といってもミツバはほぼ聞き役だったが。
痛みが麻痺に変換されていたのはプレイヤーの仕様で、ある一定以上の痛覚はカットされ麻痺として表れるとか。
このレモンティーぽいのはHPポーションの元になる乾燥葉から入れたもので【HP】の自然回復率を上げてくれるだとか。
薙刀少女達が助けに入れたのは、小爆発音が響いていたから様子を見に来た結果だとか、そういう話をつらつら。
実はミツバが弓を引いている最中には到着していたのだが、しばらく様子を見ていたのだと謝罪も受けた。
二人が話している少し側では、髑髏の顎のようなマスクをしたフードの青年と魔女帽風のボンネットをつけた小柄な少女が散らばったアイテムを検分していた。
「B先輩。アイテムどうです」
「ちょっと待ってね。よしよしちゃんとデータ録れてるかも。『イービル・ブラッドボア/lv 12/状態:狂化末期(頭蓋骨損傷)』残った魔石の数からして末期成り立てって感じかな」
「狂化末期。ここ村に近いですよ」
「だよね。魔獣が現れるのも大分レアケースかも。それに狂化末期とか……。取り合えずアイテムは私が一端ひとまとめに回収しとこかな。分配は村に戻ってからでいいかな?」
ロリ魔女風少女がアイテムに手を触れると転送されたようにかき消える。
そうやって、ひとつひとつアイテムを消していく様子を横目で見ながらおしゃべりしていたミツバだが、ハッと思い出した事で慌てて立ち上がった。
「すみません! 実は私以外に死んだ人がいて。これと同じ物とかが散らばってたはずなんですが」
「え!? て、ああ。他にプレイヤーがいたんだね。大丈夫だよ。死んだ後の落し物はああやって『アダムカドモン』達が回収するんだよ」
ああやって。と指差す方を見やれば、白いマスコットのような何か達が色々回収作業を行っていた。
その内の1体がミツバに近寄ると、青年の着ていたモスグリーンのポンチョを差し出してきた。
「えっと、これは……」
「受け取っときなよー。この子達が渡して来たってことは、死んだ子があなたに譲渡した、てことだからねー」
「譲渡なんて……そんな……。彼が死んだのは私がヘマしたからなのに」
青年が死んだ経緯を思い出し、もっとどうにか出来たんじゃないかと後悔が押し寄せる。
そもそもミツバとさえ出会わなければ、彼女を守るために迎え撃つ選択はせず逃げに撤していたかもしれない。
そんな中、自分だけ利益を享受することを良しとしてしまっていいのだろうか。
ぎゅう。と胃が握られたような不快感が増してくる。
「別にそういうのはどうでもいいかなー。まだここ安全が保証されてない森の中だし、切り替えよ?」
「あ、はい。すいません」
冷や水をぶっかけられるとはこのことだろう。
アダカドからポンチョをきびきび受け取る。確かに感傷に浸るのはまだ早かった。
ミツバはそれを正論だと思ったし、少し怒られた気がしてヒヤリとしただけでさして気にしなかったが、他はそうではなかったようだ。
薙刀少女はベシンと軽く頭を顎マスクの青年に叩かれていた。
「あたっ。なにすんの」
「ばかか
「「え」」
そのやり取りに戸惑っていると、顎マスクの青年はミツバの携帯端末と手を一緒に握り込み、ノック部分を彼女の指を使って押し込んだ。
表示されたのは的確に彼女の簡易ステータスで、それを薙刀少女と二人覗き込んでいた。
「17歳」
「そして俺もお前も15歳だ」
こいつらそのスタイルで15歳ってまじかとミツバは驚愕した。
どちらも平均身長より高く、しなやかな筋肉で均整のとれた肉体美を体現している。なのにまだ成長期途中だというのか。
ロリ魔女少女が論点がずれてるんだよね。と呆れている。
なにやら漫才を始めてしまった2人を置いておき、ミツバは彼女に視線でお伺いをたてる。
彼女は苦笑して説明を引き継いだ。
「ついでに私はこの中で一番年上で、このパーティーの引率者になるのかな。これでも18歳だよ。『
「そうなんですね。『ミツバ』です。17歳らしいので、私もB先輩と呼ばせてもらいます」
「自己紹介が遅くなってごめんね。後あっちの女子が『ナタマリ』ちゃんで、男子が『トシバ』君かな。二人に関しては、言動とかあんまり気にしなくていかも。お互いに戦闘狂を競い合ってるって思っておいたらいいのかな」
「えっと。それでその……」
「無理して敬語使わなくても大丈夫だよ。薄々思ってたけど、あなた記憶喪失組ぽいのかな? 装備も初期のままだし、降り立ってまだそんなに経ってないんだよね? 大変だったよね」
捲し立てられるようにぽんぽん言葉を投げ掛けられる。
ほとんどその通りなので言葉を挟む必要がないのが幸いだ。
「そうだ【HP】は大丈夫かな? もし回復し切れてないなら獲得した経験値でレベルアップ可能か確認した方がいいかも。その時に体が再構築されて回りの魔力も一緒に取り込むから【満腹度】以外の数値が回復するんだよね」
レベルアップは基礎・職業・スキルすべてにおいて手動で認証しないと上げられないのだという。
特に基礎は経験値がプールされていても、一回の戦闘(ないしクエストクリア)を挟まないと連続で上げられない仕様だ。
これは急激なパフォーマンスの上昇で混乱してしまうのを防ぐためだというので必要な手順なのだろう。
そんな説明を聞きながらミツバは携帯端末を弄ってみることにした。
メニューを開くための暗証番号は青年との説明会で変えてある。
それを決めた記憶がなかったため、まさか端末封印!? と焦らされたが割と簡単な数字で設定されていたため事なきを得た。
青年は「じぃちゃんから聞いたガラケーの初期設定みたいだ」と笑っていた。
無事レベルアップを終わらせ【HP】が全快したことを確認する。
ついでに先ほどの事態を予防できるようなものはないかと、スキルの項目を確認すると<レベルアップ可能スキル><取得可能スキル>のタブが出来ていることに気づく。
そこには『取得条件を満たしたため【ASP】〔PSP〕で獲得できます』と記されていた。
新規スキルを獲得する場合は『BP』が必要だったはずなので、この場合その消費が免除されるということだろう。
選べるのは以下のスキルだ。
ASP:2
【基礎:剣】3p
【基礎:格闘】3p
【格闘技】5p
【フェイント】2p
【回避】2p
【集中】2p
【魔法拡張Ⅰ:数】2p
【魔法拡張Ⅰ:精密】2p
PSP:10
〔腕力強化〕3p
〔筋力増強〕3p
〔危険察知〕10p
〔痛覚軽減〕3p
先ほどの戦闘で辛うじて達成できたものといったところか。
他にも獲得出来る方法はあるだろうが、今はこのポイントでやりくりするしかない。
(やっぱり事前に危険が知れるのがわかりやすいか……)
ポイントが少し重いが仕方ないと深く考えずに選んだのがいけなかった。
トリフォリロが設定したポイント数はスキルの強力さはもちろん、場合によってはリスクの高さを表す指標も兼ねていたのだ。
ミツバが選んだ〔危険察知〕は【精神】を拡張する第六感系パッシブスキル。自身が危険だと思うシグナルを常に察知して警鐘を鳴らすスキルだった。
「ひっ……」
「どうかしたかな?」
スキルを取得した瞬間、その場に殺気が充満していることに気付き、ひどい悪寒が走る。
歯がガチガチとなる。
どくん! と波打つ心臓からの圧力が体を頭を揺らしている。
先の戦闘でも感じなかった死の予感が、体を内側から攻撃するように吐き気に変わる。
異変に気付いたB先輩が必死に声をかけているが、答える余裕はなかった。
呼吸はだんだん浅くなり、とうとうミツバの意識はブツリと切れたのだった。
「ミツバちゃん!? 一体どうして……」
「殺気に当てられたんでしょう。B先輩、囲まれてます」
「え!?」
「あーー。倒した木のせいかー。ただの動物だったら、怯えて逃げてたはずなのにー」
「魔獣だったら逆だ。想定より大分湧いてるぞ」
「うん。ごめん。B先輩! というわけなので、ミツバさん守っててください!」
「わ、わかったかも!」
ナタマリ達がそれぞれの武器を構える。
いつの間にか禍々しい光が夥しくもあたり一面を囲っていた。
そして、ミツバのログにはこう記されていた。
<ストレス値が耐性を超えて危険水域に達しました。意識がシャットダウンされました>
<プレイヤーのスキル使用による精神異常を確認。安全のため〔恐怖耐性〕取得を推奨します>
<…………>
<現状、手動での取得は不可能と判断。BPを消費し〔恐怖耐性〕が自動取得されます>
電脳仕掛けのガラクシアス≫または駄女神と廻すJKGMの異世界VRMMO運営日記 くら桐 @kura-kiri
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