4.怒りの反撃


 青年(幽霊ver)のリミットは【HP】秒らしいので、何をするにしてもさっさっとしなければならない。

 アシストモニター(青年が呼称していた)を横目で見直していると、何故か青年も見えているようで驚いていた。

 どうやらバグのようだ。

 これを報告したら一応仕事したことになるかな? と喜んでいる。


 バグだろうと見えているのなら操作を解説してもらおう。

 警戒しつつ、青年にモニターを見せながら弓を回収する。


『あんなことになってたのに【火魔法】がおすすめ点滅してるって……。あ、これもバグぽいね。ほら見てログ』

「……コストオーバー? ファンブル?」


 スキルには各々コストが設定されており、能力値によってセット出来る上限がある。

 つまりコストがオーバーするというのは、その上限を越えており、スキルの安定性が保証できない状態ということだ。


 【火魔法】が当てに出来ないとなると【弓技】はどうか。

 だがこれも簡単ではなかった。

 

『これ矢も一緒に出てきてないの?』

「そう。スキルの方にCS1って付いてるのが点滅してるだけで」

『あ、それたぶん『コネクトスキル』だわ。『関連内包スキル』と違って、全然関係ないスキルを連携させて使える奴』

「また新しい単語が……」


 ジリジリと猪魔獣から距離を取り始めながら簡単に説明を聞いていく。


「……関連のやつは『打根』を意識してるのかしら。そのまま【打根術】でも良さそうなものを」

『ヘルプで聞いた話だと【術】って【技】の上位互換だしなぁ。それのせい? それより『CS』だよ。名前からして矢を魔法で作って打ち出すんじゃね?』

「魔法系コストオーバーしてるのに?」

『あ』


 つ、積んでる……。と呟く青年は置いてこう。

 今、自分が取れる攻撃は【弓】【短剣】【火魔法】だけ。【サバイバル】で罠が出来そうな気はしているが、目の前に居てはどうしようもない。

 唯一、確率に左右されず攻撃出来るスキルは【短剣技】だが、未だまともにダメージを与えられてない状態で近づくのは無謀すぎる。

 何回か失敗を覚悟で【魔法】を打ちまくるか……。

 しかしさっきから【HP】が回復しなくなっているのが気かかる。


 ハァハァと息切れが激しくなってきているミツバを青年が心配そうに見つめる。

 気づいていて、あえて彼女はスルーしているが【持久度】も【空腹度】もすでに空っ欠だ。

 普通であれば能力値は徐々にマイナス補正がかかるし、0になった【持久度】のかわりに【HP】が減っていくのだ。

 【HP】の自然回復が無くなったのは当然の流れだった。

 まともに動けているのは〔疲労耐性〕のお陰に過ぎない。


 そもそも疲労以前にレベル1という低スペックの体が不自由すぎるのだ。

 消えた記憶のどこから来ているのか、無意識が求める動きに体が追いつかず、解消されない苛立ちが積もり続ける。

 借り物の体と知らなければとっくに爆発していただろう。

 

「……はぁ。あ”~~。ふふっ。全部任せた結果がこれ、ね」

『え、いや。多分わざとじゃ……』

「あのクソ女神、これで死んだらハッ倒してやる」

『いやいやいや!? ちょっと落ち着こう!? 女神様だって失敗の1つや2つあるって!』


 失敗のカウントもバグってる?

 女神を擁護するような鎮め方にイライラするも、ミツバは青年にぶつけてもしょうがないと大きくため息を吐く。

 その様子に慌てた彼は「それに……」と口を開いた。


『このまま死んで抗議しても『工夫と根性が足りなかったんじゃないの』って逆ギレされそうじゃん?』

「………………一理ある」


 ありありと思い浮かぶようだ。

 わずか1日も経たずリタイアしたミツバを見て「神様のせいにするより自分の無能さを反省したらどーよ!」と大笑いする姿が。

 ぶちりと何かが切れる音がした。


 私そんな性格悪くないもんーー!? と聞こえた気がしたがどうでもいい。

 だって(主に自分の妄想のせいで)苛立ちが頂点に行きすぎて、冷静になってるのか面倒くさくなって思考放棄してるのかよくわからないのだ。


「……ここって人里に近いんだっけ」

『た、たぶん。歩き回ってて、まだ立ち入ったことないけど……』


 深呼吸して息を整える。


「こうなったらテストの期限まで絶対に生き残ってやる……」

『おお!』

「それで文句を言わせない状態にして、あの自称女神様をメッタメタにハッ倒してやるわ!!」


 決意を新たに青年に向き直ると、胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 幽霊状態だから掴めないのかと思ったがこれもバグであろうか。まあいい。


『ひぇ。なに……』

「ちょっと私に抱きついてでもいいから張り付いてて」 

『へっ?』

「あなたの幸運とやら、私に貸してもらうわよ」


 猪魔獣も丁度動き出してしまったので、返事も聞かずに青年を張り付けて走り出す。


『あ、わわわ!』

「火の系統・第1の層・具現せし紅き灯火よ、立体を象れ『ファイヤ・キューブ』≪tctp://Akasha.arc.gm/ignis-magia/lb.1/fire.cube≫!!」

『プギッ!?』

「もう一回!」


<成功率低下。結果:命中>

<成功率低下。結果:コントロール失敗>

<成功率低下。結果:命中>


 ボン!と猪魔獣に命中したのを皮切りに、辺り一面にボン!ボン!ボン!と【ファイヤ・キューブ】の小爆発音が響く。

 詠唱が始まれば次の詠唱のセットが出来たし、走りながらでも視線さえ標的から逸れてなければ詠唱が成功するのは行幸だ。

 1つは明後日の方向に飛んで木を焦がしたが、失敗は折り込み済みである。

 猪魔獣に当たった部分からは紅いガラスの破片のようなエフェクトが散っている。

 後”15”、”20”の数字が弾けたのが見えたがあれはダメージなのだろうか。


 思いつきでラック・・・青年の貼りつき効果を期待したのだが、中々の結果ではなかろうか。

 元々のコストオーバーの値に対する成功率がどれくらいなのかはわからないが、一発目から大失敗ファンブルを引いた身からすると効果抜群と言って良いだろう。


『あんまりMP使いすぎても気絶するかもだから!』

「ええ!」


 初めからダメージを入れることが目的ではないとはいえ、やはり大したダメージになっていないことに憮然とする。

 気を取り直し「やっぱ属性の相克とかあんのかな」と呟く青年をよそに弓を構える。

 攻撃の動作で勝手にコマンドが進むようだ。

 弓を扱える知識はないはずだが、体が勝手に理想的なフォームを作る。


 眼前のボトムモニターには【HP】と【威力】と書かれたバーが平行に並んでいる。

 白く光る矢が現れ、弓を引く力を込めるほど【威力】のバーが増え【HP】のバーが少し減る。

 なるほど【無属性魔法】の性質が垣間見える。

 ターゲティングに関しては、視界のほぼ前面が青い範囲に囲まれ、標的を中心にターゲットマークが点在し、いくつかはゆらゆら動いている。

 魔法の時と違い、この中のマークのどれかに中るようだ。

 目を射抜ければと思ったが確率は低いだろう。

 何発か試しに引いてみたが矢が途中で砕けたりもあり【HP】を無駄に散らすだけに終わった。


 遠距離手段全滅。


 猪魔獣は怒りにますます血走っている。

 あんなチクチクした攻撃でもうざったいようだ。

 【弓技】のコマンドを戻し【短剣技】を選択する。

 すると弓が消え、刃の部分が槍のような打根風の短剣が現れた。


<【短剣技】が選択されました。PSパッシブスキルCQCClose Quarters Combat〕及び〔分類Ⅱ:近接戦闘知識Ⅰ〕の拡張が適用されます。>


 構えをとる。

 先程までとは違い、体の窮屈さは緩和され視界が開いたようにどう動けば良いのか

 青年を張り付けたまま走り出す。

 猪魔獣はその場で力を込めるよう待ち構えている。


『え、ええっ。遠距離攻撃やめるならオレ離れた方がいいよな!?』

「あ、無駄になるかもしれないけどもうちょっとだけ。後、先に謝るね。ごめんなさい」


 えっ。と戸惑う青年の服を掴み、思いっきり猪魔獣の真正面へ彼を投げつける。幽霊状態につき重さがないので出来ることだ。

 幽霊状態の青年の姿も声も猪魔獣には知覚出来ないだろうが、ほんの一瞬見えない何かを投げつけられたと注意を引ければそれでよかった。

 猪魔獣の注意が一瞬ミツバから逸れた気配に、賭けに勝ったとほくそ笑む。


 猪魔獣の死角をつき真横に移動する。

 猪魔獣からしたらミツバが突然消えたように見えたはずだ。


<【手品】スキルより、ミスディレクションが発動しました>


 ――目を刺すか。いやそれだと効果が足りない!

 短剣の柄を握り込み拳を大きく振りかぶる。


「完全に八つ当たりだけどごめん、ねっ!!」


 柄を握りしめたミツバの拳は猪魔獣のコメカミにめり込み、それの体をきりもみ回転させた。

 指ごと潰す程に打ち込まれた打撃は猪魔獣の脳を的確に揺らし気絶させた。


<〔CQC〕スキルにより、クリティカルと与ダメージ上昇が付与されました>


『お、おおお! やった!』

「まだ死んでないけど……あ……」

『いやそれでも金星だろ! あ、もうリミットか』


 さらさらと崩れていく青年にミツバはくしゃりと顔を歪ませる。

 その様子に彼は大丈夫と明るく声をかけた。


『またすぐ戻ってくるからさ! 最後投げられたりとか楽しかったよ!』

「……ありがとう」


 青年は完全に消えてしまった。

 結局、彼を散々振り回してリタイアさせてしまっただけとミツバは苦い気持ちになる。

 どうしようもない気持ちをもて余しながらもこれからどうしようと思うが、彼女の体は限界のボロボロだ。

 利き腕も潰れているのでトドメを刺そうにも短剣も握れない。

 しかしそんな事も言ってられなくなった。


 ザシッとなにかが立ち上がったような音。

 目を向ければ憤怒に燃えた猪魔獣の姿。

 さすがに世の中そんな甘くないかと思い知らされてしまう。


「マジ、もう、ムリ」


 立ち上がることも出来ないまま、向かってくる猪魔獣からの突進の瞬間を想像して目を瞑ってしまう。

 だが青年の幸運は置き土産を残していた。


「大地の系統・第3の層・清浄なる大地より石柱を槍のごとごとく打ち上げよ『ロックライン・グレイブ』≪tctp://Akasha.arc.gm/terra-ars/lb.3/rock-line.glaive≫!!」


 何かに打ち上げられた痛みで目を開ける。

 そして宙を舞う中見たものは、共に打ち上げられただろう猪魔獣が2人の男女に交差で切り捨てられている場面だった。

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