3.アシスト・オン


「ミツバ! 端末に『アシスト・オン』って唱えて! はやく!」


 声を荒げながら青年も「アシスト・オン!」と端末に叫ぶ。

 そして素早い動きでジグザグと、向かってくる猪魔獣の方向に走り出す。

 ミツバも促されるまま、彼を真似て端末へ恐る恐る唱えた。


<音声認証確認。オートプリセットが設定されていません。初期設定で起動されます>


 どこから響いているのか、機械のような平坦な音声が頭の中に入ってきた。

 同時にミツバの回りに半透明のモニターがずらりと並ぶ。

 青年のまわりには見えなかったので自分だけが見えるタイプなのだろう。


 短剣を構えた青年が横合いから猪魔獣へタックルするが、弾き飛ばされている。

 しかし全く効果がないわけではない。

 勢いを無くした猪魔獣は地面をすべり、彼を警戒するよう対面している。

 飛ばされた勢いで後転するように立ち上がっていた彼は、じりじりと猪魔獣と距離を取りながら口を開いた。


「ミツバのオープリ何がセットされてる!? 何が使える!?」


 何が使える。というと周りのモニターに映っているスキル群のことだろうか。


 【弓技Lv1】(CS1【無属性魔法Lv1】)ー短剣技Lv1

 【火魔法Lv1】【識別Lv1】【手品Lv1】【サバイバルLv1】


 ざっと見た限りこれらのスキルがセットされているようだと伝える。


「ラッキー! 弓と魔法なら距離とって攻撃出来そうじゃん! オレがこいつ牽制しとくから、適当に攻撃しまくって!」

「わ、わかった!」


 青年は気を引きつつ、回りの木々を障害物に猪魔獣の突進を上手いこと躱していく。

 突進を受けた木はミシリと大きく軋み、それがどんな威力かを大いに物語っていた。


 その青年の様子に幾分か緊張が和らいだミツバは攻撃の準備を試みていた。

 HP、MPなどもモニターされているが彼女1人のものだけだ。

 完全に回避出来ている訳ではない青年に、どれだけ猶予があるかは予測出来ない。

 なので、いちいち操作を確かめる暇はない。倣うより慣れろの精神で行くしかない。

 

 おすすめと【火魔法Lv1】が点滅しているが、魔法はまだどういうものか分からないので【弓技Lv1】をタップする。

 すると手の中に簡素な西洋弓のみが現れた。しかし矢が無い。

 どういうことかとモニターを見るも『CS1【無属性魔法Lv1】』が点滅しているだけで、なにもわからない。


 仕方ないので選択を戻し【火魔法Lv1】をタップする。手に持っていた弓を足元の木に立て掛けながら操作を進める。

 まだレベル1のためか選べる魔法は1つしかない。

 選択するとターゲットマークが現れ、標的を探してゆらゆら揺れている。どうやら射程距離が足りないようだ。

 思いきって近づくと、マークが吸い寄せられるように猪魔獣を捉えた。これなら。


「次、木に突進したら火魔法で攻撃するから!」

「りょ!」

 

 そう確認しあった直後、猪魔獣はズドンと木に大きくぶつかった。


「今! 火の系統・第1の層・具現せし紅き灯火よ、立体を象れ『ファイヤ・キューブ』≪tctp://Akasha.arc.gm/ignis-magia/lb.1/fire.cube≫!」


 ミツバがした行動としては、モニターにて標的が確定した状態で『OK』アイコンを押しただけである。

 すると勝手に口から呪文が紡がれた訳だが。

 どういうわけか頭では普通の言葉で詠唱したと認識しているのに、聞こえたものは『URL』のような羅列だ。

 例えるなら洋画を字幕で見るような感覚と言えば良いのか。


 しかし魔法の発動の仕方に戸惑う暇はなかった。


「!? ミツバ!?」

「……がっっ!!?」


 詠唱が終わった瞬間だった。

 手で包めるほどの大きさの立方体になった炎は、手から離れるとコントロールを失い、ミツバのすぐそばで爆発したのだ。


 爆発の閃光に視力は焼かれ、鼓膜はキーンと余韻が響く。

 顔を庇った手や腕は、炎の熱で焼けただれたのではと思うほど激痛が走った。

 ダメージだけで実際にはもう何もついていなかったのだが、反射的に炎を消すように地面に転がる。


 後でログを見るとこう書かれていた。


<コストオーバー中につき成功率低下。結果:ファンブル>


「大丈……!? しまっ――――!」


 ミツバの惨事に後ろを向いてしまった青年が、猪魔獣のタックルを抉るように受け何メートルも打ち上げられた。

 彼の体は地面に叩きつけられるとぐったり力を失う。


「――ラック君!」


 ミツバの掠れた視界に猪魔獣が入り込む。

 牙にべったりと血をつけ今にもこちらに突進せんと地面を蹴っている。

 動けるほどには痛みが落ち着いてきたが……。


「ぐっ、ぅ……」

 

 特別クエストで教えてもらったのは、レベル1の体がどういう状態なのかもあった。

 レベル1では精々5歳児くらいの『住民』と同レベルの身体能力しかない。

 青年のレベルも『2』とミツバと大して変わらないものだった。

 つまり今の状況は無謀にも5歳児達が凶悪な猪に立ち向かっている図、ということになる。


(なんでこんなことに……)


 ズキズキと痛む体に心は折れる寸前だ。

 自分のヘマのせいで青年も倒れてしまった。

 もういいじゃないか。死んだら何もかもリセットされる。

 こんな思いしてまで付き合う義理がどこにある。


 頭を過ぎるそんな思いに嫌悪感が沸く。

 何も思い出せないが故に、記憶が消える前の自分もこんなにだめな奴だったんじゃないかと思えてくる。


「……く、そっ」


 猪魔獣の殺気を浴びて恐怖で動けなくなるかと思っていたが、今は悔しさの方が大きい。

 立ち上がり睨み返す。

 この状況、どうするのが正解か分からない。

 とにかく青年がやっていたように時間を稼ぐしかない。


 そう覚悟を決めたミツバの頬を何かがかすめて、背後の木肌が爆発した。


「はっ?」


 ブスブスと焦げた木肌に、ちりちりと頬に残る熱さ。

 まさか、と思う間もなく猪魔獣の鼻先にこぶし大の黒い炎が収束していた。


 遠距離攻撃も出来るなんて聞いてない!!


 咄嗟に危なっかしいロンダートのような避け方をしながら何度か躱す。

 幸い避けるだけならドッジボール程度の難易度だ。

 だが森の中という障害物の多い地面に足を取られてしまう。

 猪魔獣が突進してくる。


「まずっ……!」

「……させるか、ぐふっ!」


 ミツバの前に躍り出た青年は迫る猪魔獣を食い止める。

 牙を手で掴み、数秒力比べをしていたが、甲斐なく、猪魔獣は彼を張り付かせたまま大木へ突進してしまう。


「――――――ッ!!」

「ラッ――!!」


 青年は叫び声を上げる間もなく、大木にめり込むほどの勢いで押し潰された。

 ごぼっと血を吐き出しながら、はく、はくと声にならない言葉を呟いている。 

 そんな彼の体は猪魔獣が頭をうずめている場所を中心にビシリッとヒビが入り、最期には粉々に砕け散った。

 散った彼の周辺にバラバラとポンチョや携帯端末などが散らばる。


「――――いや」

『ごめん死んじゃった!』

「あぁぁぁぁ……? ……はぁ!?」


 シリアスが空気を読めと霧散した。

 つい先ほど砕け散ったと思われた青年が半透明で真横に立っている。

 猪魔獣はめり込ませた頭部が上手く外れないのかばたついている。


『あ、ほら! チャンスだよ!』

「いや、え。なんでそんな!?」

『いやー即死判定だったんだけど。こうなるなんてオレも知らなかったなー』


 死亡時こうなることは聞いてたけど、と笑う青年に戸惑う。

 なんでも【HP】が0になった場合になる状態が2種類あり、どちらの場合も幽霊状態になるのだという。

 違いは即死判定を受けるかどうか。

 判定を受けなければ体は残り、一定時間ならば回復措置で復活する。

 逆に受けると体は砕け散り、一定時間以内に蘇生措置を取らないと死亡となる。


「で、蘇生アイテムとかは」

『あるわけないよね!』


 ですよねー。

 脱力しそうになる体に鞭打って体勢を整える。

 猪魔獣は頭こそ抜け出したようだが、僅かにふらついている状態だ。

 確かにチャンスではあるが、先ほどの失敗が頭にちらつく。


『オレは後ちょっとしか時間ないけどさ、諦めないで! オレも一緒に考えるから、絶対何かできるって!』


 青年がこんなコミカルな状態なら、猪魔獣が大木に埋まっている間に逃げればよかったか……? とも一瞬よぎったが、それはやっぱり嫌だなと思う。

 どちらにせよもう遅いのだ。

 腹をくくるしかない。


「……うん。わかった。もうちょっとだけ手伝ってラック君」

『おう! て、え?』


 いやオレの名前ラッカなんだけど……。と青年の呟きは集中しだしたミツバには届いていなかった。

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