2.記憶喪失プレイヤー★


「ーーーーっきゃああぁ!」

「※△×□~~!?!??」


 虫の突進をこめかみに受け、滑ったというよりほぼ落下に近いかたちで斜面を落ちた。

 どふっと何かにぶつかり、それを下敷きにして止まったようだ。

 Tシャツ擬きは両サイドがウエスト部分からスリットになっていたので、大胆に捲れ上がっている。

 完全に腹部(下手すると胸近くまで)丸出しで、下敷きにしたものの感触や体温が直に感じられる。


「…………っう」

「ふがっ……」

「ひゃあっ……!?」


 肌を掠めたぞわっとした刺激に思わず飛び起きる。

 なにか生き物を下敷きにしたとは思っていたが、それは同い年くらいの青年だった。

 アシメの前髪にウルフカットのブリーチヘアのイメージとは対照的に温厚そうな顔をしている。

 ポンチョがモスグリーンなのとズボンが七分丈なのを除けばほぼ同じ服装だ。


 覚悟していた痛みがそれほど来なかったのは、この少年がクッションになったおかげだ。

 身を挺してくれたのは体中についた葉や生傷でわかる。


 生傷から細かな赤い光がほわほわと飛散しては数秒ほどで止まる。

 自分の体の傷も同じようなことになっていて、そも体の造りから自分が知るものではないのかとミツバは呆けた。


「……あのぅ」

「あ、すみません! すぐ退くから……!」

「い、いや、らいじょうぶれす……」


 意識がはっきりしていることにホッとする。

 だがよく見ると、青年の顔は鼻血を垂らしながら幸せそうににやけている。 

 胸に何かを挟んだような感触を思い出す。

 そして胸に残る血の染みを見つける。


「…………」

「ぁいたっ!」


 ぎちっと爪を立てながら、青年から退く。

 理不尽かとも思ったが、これくらいは許してほしい。

 あえて言うなら、青年にラッキースケベの罪悪感なり残さないための処置だ。

 決してちょっと恥ずかしかったからではない。


「下敷きにしてごめんなさい。立てる?」

「えっと。あの、こっちもなんかごめんね……」


 素直に謝られてしまうとますます罪悪感がもたげてくる。気まずさに目を逸らす。

 何か話を変えたくて視線をうろつかせれば、お互いの細かな傷が無くなっているのに気づく。ついでに胸の血痕も無い。


「傷が治ってる?」

「あ、【HP】が自然回復したんだよ」

「えいちぴー?」


 これこれと青年はミツバの首にかかってる物と同じ物を取り出した。金古美の細長いダイヤル錠のようなものだ。

 彼がそれに3ヵ所付いているノック部分の1つを押さえると、半透明のモニターが現れた。


「これだよ。これが【HP】」


 そう言って指差したのはこれだ。


【名前】ラッカ/17歳/男

【レベル】2 (ハイヒューマン) 

【職業】遣異界使(ゲスト)lv2【副職】blank

【HP】248/248 【視力】42/42 

【MP】200/200 【第六感】32/32

【持久度】■■■■■□□□□□

【満腹度】■■■■■■■□□□


 トリフォリロに見せられたものと似たような画面だ。むしろ幾分か分かりやすいように思う。

 RPGとかわかる人? と質問をされながら、それぞれの項目が何を示すのか説明される。

 だがミツバの表情は晴れるどころか、増々曇っていく。


「と、こんな感じなんだけど……」

「表記の意味は、わかったけど……。ごめんなさい。そもそもそれが傷が治ったことと、どう関係するの?」

「え?」


 想定外の問いに青年は言葉を失う。

 ミツバの格好、首にかかる同じ持ち物を交互に見て困惑を深くする。

 彼女は決して意地悪でこんなことを言っている訳ではないが、困惑が伝わってきて申し訳なくなる。


「えっと。ごめん。オレ頭悪いから君が何言いたいのか分かんねーや……」

「私もよく分からなくて……。今分かるのは『自称女神様と対面している以前の記憶が全くない』ことと『なにかの人手不足で異世界に降ろされた』ことくらいで……」

「え゛っ」

「自分が自分の知ってる体の造りとは違ってるっていうのは、さっきので何となくわかったのだけど……」

 

 そう話していると〈ピコン〉と音がなった。

 何の音かと辺りを警戒したが、青年の方から鳴っていたものらしい。

 彼は金古美の物を弄って複数のモニターを展開していた。


「特別クエストぉ!?」

「どうかしたの?」


 見せられたモニターに書かれていたのは『特別クエスト』とタイトルが打たれていた。

 くえすと? と困惑しつつも読み進めると『何も知らないミツバちゃんに以下のことを教えよう! 報酬:各BP1』となっていて眉をひそめる。


「確かにミツバは『あなたの名前』と言われたけど……」

「……同じ記憶喪失プレイヤーの1人だとは思ってたけど。まさか名前まで忘れてるくらい深く封印されてる人がいるとは思わなかったな」

「同じ?」

「実はオレもそう・・なんだ。君みたいに名前までって訳じゃないけど、記憶喪失ボーナスに釣られたんだと思う」

「へぇ……」

「貰ったのは自分のLUKラックの可視化と幸運系のスキルなんだ。普通はマスクデータらしいんだけど……」


 はっとして言葉を止めた青年は「まさか自分の幸運の巡り合わせでミツバちゃんがとばっちりを……? いやまさかね~」と口をひきつらせた。

 ラックと言葉の意味で、何となく運が良くなるようにしてもらったのだろうかとミツバはぼんやり聞いていた。


 2人は近くの大木に身を寄せると、特別クエストをチェックシートに現状を話し合った。


 まず、ここは異世界で、あることを目的として『とある学校の全校生徒』を対象に召喚していること。

 前提として、この異世界は未曾有の危機に瀕しており、それを解決するためには人手が足りない。

 ある目的とは人を呼び込むこと。

 この異世界をゲームとしてリリースすることで沢山の人間を無理なく集めたいということらしい。

 この体は借り物であり、『ステータス』と呼ばれるデータで管理されていること。

 そのデータを閲覧するのは首にかかっている『メニュー・クリプテックス』という携帯端末でしか出来ないこと。

 本物の体ではない借り物なため、怪我をしても時間が経てば【HP】回復と共に傷が治る。なので血痕もそれっぽい物であって時間が経つと消えてなくなること。

 そして、召喚された生徒達はその体のテストをしつつ、ゲームとして運営する際の『GMゲェムマネージャー』候補として適性をチェックされていること。


 それらをざっと聞いて、本当になにも説明しなかったんだなとミツバは今更あの女神への苛立ちを覚えていた。


「この『とある学校』ていうのがかなり特殊な学校らしくてさ。一般プレイヤーを招くためのテストだとあれだから、一部生徒にそこらへんの記憶を無くしてもらってレッツプレイ! て感じなんだって」 

「それが記憶喪失プレイヤー……」

「オレもそこらへんは覚えてなくてさ。あ、後。体が借り物だから、死んでも元の体に戻るだけなんだけど」

「うん」

「記憶喪失プレイヤーはその時に記憶喪失の契約切れるんだってさ。だからテスト中に一回死んだら、記憶が戻る代わりに『ステータス』は全部リセットされるって」


 テスト前半の最後まで生き残れたら、記憶が戻ってもステータスやボーナスはそのまま引き継げるという。

 

 長いような短いような話はこれで一段落。

 極端な話、このわけの分からない現状を終わらせたければ死ねば良い、ということだが……。

 試せるわけがない。全部が本当なのかまだ確証がないためだ。

 お互い消えている記憶の中に落とし穴があるとも限らない。

 

「とりあえず、たくさん説明してくれてありがとう」

「あ~いいよ。気にしないで。クエストとして報酬貰ってっからさ~」

「うん。でも、ありがと」

「へ、へへ。ど、どういたしまして?」


 説明会という名のコミュニケーションを取っていたお陰か、ミツバから自然と笑みがこぼれていた。

 それを正面から受け取った青年はきゅんと胸が高鳴る音を聞いた。暑くなる顔を手で隠す。

 自分の容姿のことさえも記憶から無くなっている彼女は、その様子を不思議そうに見ていた。


 空気をぶち壊すように〈ぎゅぎゅぎゅ~~~!〉と大きな音が辺り一面に響いた。

 音の出所はミツバだ。

 お腹を押さえて羞恥に顔を赤らめている。

 青年が思わず吹き出しそうになる前にガサリと草むらが軋む音が鳴る。

 

 100Mほど先だったが、それが何かはっきりとわかった。

 それは猪だ。

 だが黒いモヤを纏い、目は赤く血走っていた。

 獲物を見つけたと言わんばかりに殺気立ち、今にも駆け出そうと地面を蹴っている。


「なに、あれ……」

「は? 嘘だろ。あれ魔獣か? しばらくここら歩き回ってたけど、あんなの居るなんて知らねーよ」


 目を逸らすと襲ってくるんだっけ? 死んだふり? びしびしとぶつけられる殺気に思考がどんどん死んでいく。

 動けば襲われる? 動けない息苦しさに呼吸は浅くなる。

 ミツバは無意識に後ずさっていたのか、木の根に踵が引っ掛かり転けそうになる。

 それを隙と捉えたのか、猪の魔獣はミツバ達に向かって走り出した。


 

 

 

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