キミダレ?

うめもも さくら

キミダレ?ワタシダレ!?

空の頂きに昇った陽の眩しさが少女の愛らしい桜色の髪と彼女の頭のてっぺんにちょこんと乗せられた王冠を煌めかせていた。

前に編まれた三つ編みを留めた星形の髪飾りと薄紅色の大きなリボン、そして黄金色こがねいろの王冠が愛らしさの中にも高貴さを思わせる。

外出先から家路につく彼女の姿はただそれだけで美しい一枚の絵のようだった。

その優雅な光景は一瞬で一変した。

少女は悲鳴をあげる間もなく家の庭先でひっくり返った。

ガゴンッという鈍い音が先程までの優雅で穏やかな午後の空気を壊していく。

顔を赤らめて慌てて立ち上がろうとした少女の頭上から心底楽しそうな笑い声が降ってきた。

「あーー!ノエルが転んでるッス!イタズラ大成功!あははは」

声の主は黒く鋭い角が深紅と漆黒を織りまぜたような髪から覗いている。

長く太い爪を先につけた手はまるで人のものとは違い獰猛な獣のそれに似ている。

だが、それ以外は人間とほとんど変わらない美しい女性だ。

その女性がノエルと呼ばれた桜色の髪の少女を指を指して笑っている。

転がったノエルの足元には散らばったたくさんの本とゴムひもが一本。

彼女のイタズラという言葉からもわかるように誰かが転ぶようにワナが仕掛けられていたのだろう。

その声を浴びているノエルはうつ伏せたまま全てを察したような顔で小さくなにかを呟く。

すると強く大きな光が弓から放たれた矢のように真っ直ぐに女性に向かい、彼女の頬を掠めたその光は女性の後ろの塀を粉微塵に砕いた。

誰がどうみてもわかる。

ノエルは女性に向かい攻撃したのだ。

直撃していたらと考えるだけでも恐ろしい。

「ははは……は?」

女性の笑い声が楽しげなものから乾いた声に変わりそして最後は疑問符がついたものに変わる。

「ちっ!はずしたっ!」

「何してくれちゃってんすかっ!危ないッスね!まともにくらってたら危うく滅されちゃうとこだったッスよ!」

「当てる気だったのに。次は当てるから避けないでよディアナ」

立ち上がりながら心底残念そうにノエルは呟く。

「純度100%で殺意!もう!許さないッスよ!!」

詠唱するノエルを前にディアナも鋭い爪を構える。

そして二人の力がぶつかったとき先程とは比べ物にならない大きくまばゆい光が二人だけでなく家をまるごと呑み込む。

「「えっ……?」」

二人は声を揃えてその光を見た。

そしてその光は音もなくただ目を開けてられないほどの眩しさに宿しながら強く弾けて消えた。


そんな事があったとは露知らずその強い光を陽光だと思いのんきに目を覚ましたのは冬の空のような白銀色の髪の少女だ。

「あれ?寝ぼけたかな?」

ベッドで寝たと思ったのに椅子に座っていたことを少々疑問に思ったようだが、彼女はあまり考えず朝の身仕度を始める。

彼女はあくびをしながら大きく伸びをすると、いつもの髪型にしようとするがうまくいかない。

慣れているため鏡を使わなかったせいかもと自身で納得して髪を結ぶのを後回しにした。

彼女はすぐにでも見たいものがあった。

それは昨日の読んでいた本の続きだ。

すぐさま彼女は本を開いた。

『血みどろサイコサスペンス地獄の連続狂気事件』

「……っきゃーーーっ!!!」

そして彼女は悲鳴をあげて待ち望んでいたはずの本を放り投げて部屋を飛び出した。

そして飛び出した先で彼女は再び大きく悲鳴をあげることになる。


慌てて部屋を飛び出した時、目の前に人がいることに彼女は気づかなかった。

普通に廊下を歩いていた亜麻色の髪の少女は突然部屋から飛び出して来た少女を瞬時に眼で捉えて間一髪で衝突をかわし、尚且つ飛び出してきた少女が転ばないよう体を支える。

無事ぶつかることもなかったというのに飛び出してきた少女はあり得ないものを見るような眼をして、大きな悲鳴をあげた。

その悲鳴に亜麻色の髪の少女は耳を軽くおさえながら抗議の声をあげる。

「ビックリした!なんだよ、急に大きな声で…大丈夫か?つむぎ」

「……しが………る……」

小さくか細いその声は言葉の全てを捉えることができずなんと言っているか聞き取れない。

もう一度亜麻色の髪の少女がつむぎと呼ばれた少女に向かい心配そうな顔で問う。

「大丈夫か?つむ「私が……いる!!」

その問いは最後まで言い終えることなくつむぎという少女は声をあげた。

「へ?何を言ってるんだ?つむぎ」

そう亜麻色の髪の少女は問いかけたとき、目の前の少女の栗色の瞳の中に映る自分の姿を眼で捉えた。

栗色の瞳に映っている少女は場所と立ち位置から自分以外はあり得ない。

けれどその少女の姿は自分とは全く異なる見慣れた少女の姿だった。

驚きのあまりその少女の名を思わず呼んだ。

「華恋っ!?」

「そうだよぅ!!私が二人いるぅ!!」

「えっ……?いや、キミはつむぎだろ?」

「えっ?」

つむぎの手を引いて亜麻色の髪の少女は鏡の前まで行くと白銀色の髪の少女を前に立たせた。

「つむぎっ!?えっ!?なんで私がつむぎになってるの!?」

「……状況を整理して、推測するにキミは華恋なんだな?」

華恋の姿をした少女はつむぎの姿の少女にそう問いかけた。

「そうだよぅ!!朝起きたらベッドじゃなくて机に向かって椅子に座ってるし、髪は結びにくいし、楽しみにしてた本は『血みどろサイコサスペンス地獄の連続狂気事件』とかいう超怖い本になってるし!読みかけのラブコメ返してぇ!!」

涙目になりながら華恋は自分の体にすがりつく。

「髪が結びにくかったのは長さが違うから、本が変わっていたのは本じゃなくて部屋自体が変わっていたからではないか?なんといってもキミが飛び出してきたのは紛れもなくつむぎの部屋だった」

「へ?そのしゃべり方……レオン?」

「ご名答!ボクは皐月レオンだ、見た目は華恋、キミの姿だけどね」

「じゃあ、レオンの体は?」

華恋がそう尋ねるとレオンは少し慌てたように自室に向かう。

「キミはベッドじゃなくて机に向かってたと言ったね?つまり、それはつむぎの体がキミになる前につむぎ自身が机に向かっていたんじゃないかと推測できる。だとすると少々まずい……。ボクはキミの体になる前にしていたのは……」

そう言って自室のドアをレオンが勢いよく開けると目の前、本当にほんの僅か目の前を何か煌めくものが通りすぎていった。

「なに!?コレ!!」

刀や銃を前にしてなかなか見ることのない怯えた表情をしたレオンの姿を二人は捉えた。

恐らくレオンの中の人は突然目の前にたくさんの武器があって驚いて持っていたものを放り投げたのだろう。

当たらなくてよかったと内心レオンは心臓が早鐘を打っていた。

華恋より先に部屋に入ったのもそうだが今レオンは華恋の体に入っている。

華恋の体を傷つけることがなかったことに安堵していた。

そして息を整えてレオンは言う。

「ボクの大事なものだよ」

レオンのその言葉に前から見える両サイドだけ長い金色の髪を揺らしながら訝しげな表情でレオンの体は二人に近づいてきた。

「ボクの大事なもの?これ華恋の?レオンのじゃなくて?どうでもいいけどわたしの部屋にこんな物騒なもの置かないで!!」

「厳密に言うとここはボクの部屋なんだけど」

「なに言ってるの?ここはわたしの部屋よ?それより華恋、あたしのカチューシャ知らない?」

「カチューシャ?あぁ、綾乃だったのか。綾乃よく周りを見て?ここはボクの部屋だよ」

言われたとおり綾乃は周りを見渡し驚いた。

そこは今の今までいた自分の部屋ではなかった。

「どういうこと?」

綾乃の問いにまだ全てを把握しているわけではないレオンは曖昧に笑って見せた。


「何がどうなってるの!?私が目の前に!またあのイタズラバカの仕業ね!?」

「待ってディアナさん、落ち着いて」

「ディアナさん……って?」

本日何度目かの住人の大きな声に三人は慌てて声が聞こえた方へ向かうとそこにいたのはノエルの姿とディアナの姿だった。

「……何という事っ……」

この世の終わりかのように絶望した様子のディアナを慰めるように支えるノエルの姿。

通常では決して見ることのできない光景に思えた。

「私が目の前にって言っていた様子からディアナの中にいるのはノエルね?」

「ディアナさんって言ってたからノエルの中はつむぎだと思う!」

綾乃と華恋がクイズの正解を言うように答えるとノエルとつむぎのもとまで向かい、答え合わせと今までの経緯や状況を説明した。

「なるほど、私は本のポップを作っていたはずなのに突然ここにいたの」

それで華恋が机に向かっていたのだと納得した様子で笑った。

「でもなんでこんなことに?ノエルさん何か知ってる?」

ノエルはディアナの顔で青ざめた表情を浮かべながら冷や汗をだらだらと流しながら俯いていた。

その姿を見たこの場の全員が察した。

「何があったんだ?ノエル」

ノエルは観念したように事の真相を話し初めた。


「つまり、ディアナとノエルのケンカで使った力の暴走によってこうなったと」

「おそらくたぶん」

ノエルの話によると全く相反した力同士のぶつかりによって全く違う効果を持つ魔法に変化して制御不能になったその魔法はこの家全体にかかってしまったとの事、そして効果には限りがあり、時間の経過によってとけるはずだという事だった。

「今日1日ぐらいでとけるはずだけど」

ノエルはこれから怒られる子供のようにしゅんと背中を丸め床とにらめっこしている。

ディアナの姿とはいえ中身はノエルだと改めて実感しながら4人は困ったように笑ってみせた。

「まぁ、時間で戻るならいいかな」

「そうね!突然の目の前の武器には驚いたけどね」

「華恋さん、私の読みかけの本はどうでした?」

「知らないよぉ!ちょうど読んだところがめっちゃ怖いシーンですぐに飛び出しちゃったもん!!」

そんな様子の4人を見てようやくノエルも弱々しくだけれど笑った。


「それより、そういえばもう一人の原因はどこにいるのかなぁ?」

「そもそもを言えばあっちが元凶だろう……」

「つまり、ディアナさんが入っているのは……」

「綾乃の体ということになるね」

「わたしの体にイタズラしたらただじゃおかないからっ!」

5人は綾乃の体を持つディアナのもとへ向かった。

「あの時、わたしは部屋で服に墨がついたから着替えていたの」

5人は考えるだけでも恐ろしいイタズラを各々頭に思い浮かべながら足早に綾乃の部屋へと向かった。


綾乃が勢いに任せてドアをぶち破るかのように思いっきり開けるとそこに綾乃の姿はあった。

「わたしのよりは小さいかなぁ」

のんきな声で下着姿の綾乃は胸元に手をあてて、そう呟いた。

その瞬間、レオンの横にいたはずの綾乃は目にも止まらぬ早さで自分の体を持つディアナを蹴り飛ばした。

「綾乃!落ち着いて!!それ綾乃の体だから!!」

「知ったことかっ!!これでケガしても甘んじて受け入れるわっ!!」

「何気に綾乃は強いな。今の動きかなりできる!」

「家、壊さないでほしいな」

「つむぎ、ツッコミどころはそこじゃないよ」

やっと全員揃ったキミラノメンバーはみんなそれぞれいつもと違う状況だというのにまるでいつもと変わらない日常の騒がしい1日が始まる。

みんなが揃えばどんな状況でも楽しい日常になるから不思議だ。

こんな騒がしい日々もわるくない、たまにならね。と楽しそうに笑う少女たちの声がそう言っているようだった。








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