飾り者シリーズ「ほたるの髪飾り」①

「え…と、確かここら辺に…浴衣があったはずなんだけどなー…あった!うん、まだ綺麗だ」

 浴衣を机に置き、椅子に座って外に目を向けた。

 夕立がすぎ、隠れていた夕日が顔を出す。まだ微かに残る雨と濡れた土の匂いが夏の暑さを際立たせる。こんな時はいつも思い出す。

「いなりとあった時もこんな感じだったなー」

 そんなことを考えながらぼーっとしていたら、カランコロンと誰かが近づく音が聞こえて、振り返ると彼が部屋の入口いた。

「俺がなんだって」

 と少し眉を細めて仏頂面で私のことを見つめながらたずねてきた。

 しまった、声にでていたかと思いつつ

「別に何でもないよ。おかえり…って、あれ、帰ってくるの早いね。今日は夏祭りだから忙しいんじゃないの」と言葉を返す。

「ただいま、また後で出ていくよ。休憩時間に抜け出してきた。忙しいって言っても、俺は見ているだけで何にもすることないからさ。いてもいなくてもそんなに変わらない。ほたるこそ今日は起きてて大丈夫なのか」

 今日もまた心配そうに尋ねてくる。いなりは心配性だ。私が起きて椅子に腰をかけているだけで気にかけてくる。料理や掃除をした時なんかには、それはそれは青ざめてとても面白い顔になる。

 私的には、彼の心配性な面も好きなのだが……正直鬱陶しい時も山ほどある。

 「何言ってんの。いなりはもうすぐ神様になるんでしょ。もしかして、また私が心配で帰ってきたんじゃないの。もう少し私を信用してくれてもいいじゃんか」

 「信用はしてるさ。けど、それと心配しないのとは別だろ。それに……」

 いなりの視線は机に向いていた。

 あ…しまった。私が明らかに動揺している姿を見つつ、少しづつカランコロン音を響かせながら近づいてくる。

「俺だってほたるが無茶をしなければ何も言わない。だけど……ほら、やっぱり。夏祭り行こうとしているだろ。それを無茶だというんだ。医者にも止められているだろ」

「大丈夫、最近体調いいから」

とにっこり笑顔でえっへんと腕を腰にあてて言ってみたが

「あほか」

と返されたうえ、私の頭に手をのせて顔を覗き込む。

「あのーいなりさんや、すこーしだけでいいから、お祭りにいきたいでごわす」

「自分の状況わかっていますかい。ほたるさんや」

と言いながら、笑顔で私の頭の上に置いた手に力が入る。

うん。わかってた。冗談交じりでいってもノリには乗ってくれないことは…。そう簡単にはいかないよね。仕方がない必殺技を使おう。これはいなりと出会って学んだ技だ。悲しそうな顔で

「おねがい、花火みたらすぐかえるから」

 よし、完璧だ。ちなみにポイントは少し目を潤ませること。題して『雨の日の子犬作戦』だ。どこかで読んだ本に書いてあった。これぞ惚れた弱味、いや、その場合は『惚れられた強み』か。

「……はあ、どうせ止めても俺が居ない隙に、祭りにいこうとするんだろ。わかってたよ。どーせそんなことだろうと思って時間空けておいてよかったよ。俺も、一緒に行くから」

 勝った。祭りの主役に等しい人間を連れまわすのは少し…いやかなり気が引けるけど、どうしても花火が見たかった。

「ありがと。でも、少しだけ待って。やっておきたいことがあるから」

「やりたいこと?」

「うん。手紙を書こうと思って。すぐ終わるから」

「いーよ。ゆっくり書きな。ほたるが手紙書くなんて珍しい。コーヒーでも淹れてくるよ」

 というと、いなりは、ずっと私の頭の上にあった手で少し私の髪を撫でてから、台所へ向かった。

「ありがとう。それじゃあ…何から書こうかな」








 拝啓 この手紙を読む人へ

 あなたは自分の名前は好きですか。

 私は自分の名前が嫌いでした。  

                 』

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飾り者シリーズ 若葉 萌 @kazarimono

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