飾り者シリーズ
若葉 萌
飾り者シリーズ「飾り者たちに革命を」①
俺が神様になった日から、世界は大忙しだ。前の神様は、儚い世界を創り出した。それは美しく、誠実で、触れてしまうと崩れそうなくらい繊細な世界だった。
彼とは、何度か話をしたことがある。彼自身も儚く繊細な人で、彼の世界が終わりを迎える時、全てを悟ったのか、終わりを迎えることに泣くのではなく始まる世界……つまりは俺のために涙をながしてくれた。今思えば、彼が最初で最後の良き理解者だったのかもしれない。
俺が創り出した世界は、彼の世界とは一変して、誰もが仮面を被り、真の名を隠し、偽りの姿を写した。仮面は、顔の上半分が隠れる。口元が笑っていても、目は笑っていないかもしれない。誰も、信じることができない……いや、信じる手段をいくつか失った世界。俺が望んだ世界と言われてみればそうかもしれないが、別にこれを望んだわけではない。どちらかというと、付属品やおまけのようなものだ。
そして、ここで間違えてはいけないのは、これは代償や生贄みたいなものではないということだ。もちろん世界を創り出すことは、簡単ではないし、理を変えてしまうのだから代償はいる。しかし、これは、代償ではない。そもそも、俺自身が不幸や損をした気持ちを持っていない。故に、これは付属品やおまけと変わらない。
「ほたるがこの世界を見たらなんというだろう」
ほたるとは前の世界で出会った。自分より他人を優先するような人だ。笑顔が朝日のようにまぶしく、優しさが夕日の寂しさのように美しかった。俺は、無償で助ける彼女が、嫌いと同時に守りたいと思った。
しかし、その願いは叶うことはなかった。
俺は美しく繊細な世界に絶望したのだ。もちろん、今の世界も……。今の世界も、俺の願いや目的のために創り出したはずだった。しかし、その願いが届くことも、目的を達成することも出来なかった。
そんな中で、一つの灯が道を照らした。そう…今、目の前に……小さな橋の上で、仮面を外し、セーラー服と二つに結んだ髪をなびかせながら立つ少女だ。裸足で夕日に照らされながら、黄昏ている姿が妙に可笑しかった。
「この世界で、ここまで自分をさらけだしている人は彼女しかいないだろう」
俺はその姿が、眩しく思えた……。
さて、せっかく来たんだから、話をしてみたい。しかし、どう話しかけるべきだろうか。いきなり、成人した男が少女に声をかけるのは、変態ストーカーや不審者に間違えられる可能性がある。かといって、話しかけるチャンスを逃すわけにはいかない。
よし……少し高めに声を作り……笑顔で……そっと…通りすがり風に。
「ちょっと、そこのあなたぁ……どうしたのぉ、裸足じゃない? あたしは神様。困っている人の味方よ」
どうだ。少し女口調にしてみた。これで、女同士風で、しかも近所に居そうな面倒見の良い人に見えるはずだ。完璧すぎるくらい完璧だ。きっと親近感が湧くはず……。だが、普段言い慣れていない言葉は案外恥ずかしいものだ。
俺はじわじわくる恥ずかしさに下を向いた。
少女はどんな表情なのだろう、どんな言葉が返ってくるだろう……きっと、素敵な可愛い返事が返ってくるだろう……少しの期待を抱かせ、下を向きながら考えていると……
「……消えてください」
予想通りの愛らしい声と、予想とは違う第一声が、衝撃的すぎて思わず上を向いた。
彼女は無表情だった。真新しい白いセーラー服が薄暗くなる景色によく映える。その姿に、俺は……確信した。
「あら、仮面まで外して、ダメよぉ」
彼女はそっと、目の下に雫が描いてある仮面を付けながら、
「もう一度言います…消えてください。」
さっきよりも強い口調になった。
「あなたに会いに来たの。いきなり、話しかけてごめんなさいね」
「……」
少女の口が少し開き、驚いたようにみえた。少し間が空いて、言葉がかえってきた。
「……嘘です。私は、あなたを知らない」
「あら、やだ。つれないわね」
「……」
「あたし、あなたに手伝ってほしいことがあるのぉ」
「嫌です」
今度は、即答で返事が返ってきた。俺は無視して、話を続けた。
「一緒にこの世界の秘密を
少女は無表情のままだったが、仮面の下にある目の奥には一瞬好奇心が見えたように思えた。
「けってぇーい。詳しいことは、また明日話すわね。今日はもう暗いから帰りましょ」
「……まだ、私はするとは言っていません」
「そうねぇ、呼び方がないと不便よね」
「だから、まだするとは…」
「でも、あなた、世界の秘密を知りたくないの」
俺は少し意地悪をした。嫌です。と、即答していない時点で、彼女の心は決まっているのことに気が付いていた。しかし、あえて言葉にだしてほしいと思ったからだ。
「……知りたいです」
「決まりね。呼び方だけど……そうね……君は今日から『電柱ちゃん』って呼ぶことにするわ。あたしは、『神様』と呼んでね」
「なんで、電柱なんですか」
「え、さっきから棒のように突っ立ってるからよ」
嘘だ。俺にとっては、少女が灯…道しるべだからなんてことは、恥ずかしくて言えない。
「じゃあ、私も『変神様』と読みますね」
少女は少し笑みを見せた。俺はその笑みに懐かしさを感じた。
「えぇ、変ってなによぉ。ふふふ、よろしくね」
「よろしく......お願いします」
さあ、始めよう、この世界を壊す準備は整った。
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